なるべくならば、お客様に売りたくはないテーブル。
そういう席がレストランには大抵あります。

厨房のすぐそばで、食前酒を飲んでいる最中に
もうのぼせてしまうほどに暑い席。
お店に出入りするドアが開くたび、
外の空気が流れこんできて、
冬にはコートを脱ぐことすらできないような寒い席。
そうした構造的にお客様に迷惑をかけるテーブルを
なるべくなくすように、
店作りの段階で一生懸命努力をする。
キレイで立派なお店になるより、
どこに座っても快適なお店になろうと、
良心的な経営者たちは心がけてお店をつくる。
けれど、それでも問題がおきるのですね。
構造上の問題ではなく、別の問題。
ボクらのお店にも、その晩、どうにこうにも
お客様を案内する気にならないテーブルがひとつ、
できてしまったのです。





ほぼ満席の夜でした。
顔なじみのお客様が数組。
顔なじみとまではいかないけれど、見知った顔のお客様。
そしてありがたいことに、噂を聞きつけ
今日、はじめてお越しになったというお客様。
ひとテーブルを残してすべての席が
予約ですでに埋まっていました。
すべてのお客様が、ユックリと時間をかけて
お酒と一緒にたのしみましょう‥‥、
というご要望のお客様で、だから厨房の中の調理も、
客席側でのサービスも比較的楽なありがたい夜。
予約をいただけなかった、残りひとつのテーブル。
ボクたちのお店には、ちょっと奥まったところに
半分、個室のような空間があり、
そこに二人掛けにして4テーブル。
つまり8人分のスペースがあった。
その1テーブル分が予約で埋まらなかったのだけれど、
その日はずっと売らずにおこうとボクらは思った。

それというのも、残り3つのテーブルを
6人連れのお客様に使ってもらった。
予約のときに、
ちょっとした仕事上のお祝いでお酒が進んで
ちょっと騒いでしまうかもしれませんので‥‥、
と言われたもので、
目立たぬちょっと隔離された
一番奥のテーブルに座っていただくことにしたのです。
案の定、やってくるなりシャンパンを抜き、
かなりのスピードで飲み進む。
そして徐々に、声が大きくなって
ゴキゲンモードが発動します。
決してうるさいというほどではない。
けれど、その横のテーブルに
誰かに座っていただくことは、
ちょっとはばかられる状態で、
それでそこは今晩使わずとっておこう。
お酒がすすめば単価も上がる。
1テーブル分くらいは
残りの6席が稼いでくれるに違いない。
そう思って、覚悟を決めた。




お酒で食卓がたのしくなると、
料理を食べるスピードがユックリします。
冷たい前菜。
それに続いて温前菜。
野菜の料理がでた段階で、もう1時間。
すでにテーブルの上には
今晩、空けたボトルが3本並んで、
彼らの声が他の客席にまで
響いてくるようになってきました。
思案のしどころ。
これ以上、注文されるがままに
お酒を持っていくのがいいのか、
それとも何か一言、言うべきか‥‥。

入り口のドアがそっと開きます。
見ればそこには、好々爺氏が‥‥。
「今日はテーブル、あいていますか?」と。
ここ数回、お越しになるたび満席で
ずっとお断りし続けていた。
あのテーブルは空いている。
けれど、それは断るべきテーブルで、
でも「また来ますね」と
さみしい背中を見るのがつらくて、
ボクはこう答えます。

ひとテーブルだけはあいてるんです。
でも、隣のお客様がとてもにぎやかで、
ご迷惑をかけそうなので
他のお客様はお断りしているんですよ‥‥、と。
彼はいいます。
「もし、隣の人達が嫌でなければ、
 どんなテーブルでも私は気にはしませんよ」‥‥、と。
外でちょっとお待ちいただき、
ボクは急いで彼らのテーブルに向かって飛んでいきます。
ここにお客様をお連れしてもよろしいですか? と。
自分たちの世界の中ですっかり盛り上がってしまってる、
彼らに断る理由は何もなかったのでしょう。
いいよ、いいよと言われてボクは、
好々爺氏をおそるおそるお連れする。
おじゃましますよ‥‥、と彼は頭を軽く下げ、
テーブルにつき食事を早速スタートします。

料理が決まり、お飲み物は何にしましょう‥‥。
いつもは紹興酒をオンザロックを最初の一杯にされる方。
ボクはてっきり、そうされるものと思って聞いた。
けれど答えは意外でした。

「あのお茶は、まだありますかな?」





共同経営者の友人が、
台湾からワザワザ買って
大切なお客様にだけおすすめしていた
とびきりのお茶の名前を彼は言う。
ええ、ございます。
そういうボクに、彼はこう続けます。
「あのお茶をもう一度、飲みたくって
 今日はワザワザきたようなモノ。
 今日は本当にラッキーですな」と。
ひときわ大きな声で言う、
彼の言葉に隣の彼らが反応します。
「そんなにおいしいお茶なのですか?」と。
好々爺氏はニマリとしながら、
「よろしければ、お試しになってみますかな?」
はい、よろしくと話はまとまり、
お茶のポットを全部で3つ。
ひとつは彼に。
ふたつは彼らに。
そして茶碗を人数分。

それまでそこの一角に、漂っていた酒の匂いが、
麝香にも似た甘くて濃密なお茶の香りにとってかわられ、
サービスしているボクまで気持ちが明るくなってく。

中国茶はね、まずは香りをたのしんで、
口の中で転がしながら
ワインをたのしむように飲めばいいんですよ、
と彼は彼らにひとくさり。
なるほど、確かにと、彼らはお茶を味わって、
それにつれてお酒のペースが落ちていく。
不思議なほどに彼と彼らは和気藹々と、
互いにお茶を注ぎつ、つがれつ。
彼らのテーブルからにじみだしてた
不穏な気配と緊張感が、すっかりなくなり、
店全体の空気までもがやさしくなった。

テキパキ料理を片付けている好々爺氏。
彼らが食事を終える前には、全てを食べ終え、
おいしかったとお勘定。
気づいて彼らが彼にいいます。
「ゴチソウになったお茶のお代は、
 ボクらに払わせていただけませんか?」と。
「お騒がせしたお詫びもかねて」
そう付け加える彼らに言います。
「ひとりよりも大勢でたのしむ食事は、
 お金で買えぬ贅沢ですから。
 私がおすすめしたものは、
 私が払うというコトで‥‥」

お見送りするボクに彼は一言。

今日はとってもたのしかった‥‥。
厄介なテーブルであればあるほど、
そこでたのしんでやろうって闘士がわくってもんだ。
と、いってニッコリ。
またくるネ、と後ろ姿もさっそうと、帰っていかれた。






ボクはこの晩、二つのコトを学びました。
お酒がたのしくすすみすぎ、
賑やかが過ぎはじめてきたお客様には、
まずはお茶をすすめよう。
お酒を控えてくださいませんか‥‥、
と口に出して言えば角が立つシチュエーション。
「珍しいお茶をちょっとためしていただけませんか?」
と、そっと勧めて、それでわからぬお客様なら、
まぁ、そこそこにお付き合いをすれば良いだけ。
それで気づいていただける、
お客様なら末の永いお付き合いを、
こちらの方からお願いすればよい訳です。
その日の彼ら。
それからずっと、何かたのしいコトがある度、
ボクらの店でお祝いをしてくれる
ステキな馴染みになっていただけた。

それからもひとつ。
どんなに予約が殺到しても、毎晩、1卓。
予約を取らぬテーブルを作るルールをボクらは作った。
その名も「訳ありテーブル」。
毎日、毎日、その日の天気や状況にあわせた
「訳」をボクらは考え、
そんな「訳あり」をたのしんでいただける人にだけ
使っていただこうと、
そんな勝手なルールがたのしい結果を生んだ。
また来週。





2011-06-09-THU


© HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN