テーブルクロス。

コストのかかる贅沢です。
レストランを開業するとき、
「どんなお店を作りたいですか?」
とそのオーナーに聞くときにまず質問をするのが、
テーブルクロスを引くのか
それとも引かないのかという質問。
テーブルクロスを引くというコトは、
少々、コストがかかっても、
贅沢な時間と空間を提供しようと
覚悟しているというコトなのです。

お腹一杯のためじゃない。
ココロを満たす豊かな空間。
それがテーブルクロスがあるレストランの
意味するところ。
当然、テーブルクロスに恥じぬような、
料理やサービスを提供し続ける覚悟が
なければならないわけです。

例外がいくつかあって、
例えば大衆的な食堂や喫茶店のテーブルを覆っている、
塩化ビニールなどで作られたテーブルクロス。
あるいはホテルなどの宴会場の
大きなテーブルを覆った白いテーブルクロス。
どちらも安っぽいテーブルを覆って隠すための小道具で、
そこに座る人にお行儀良さを
強要するモノではありません。
けれどほどよきサイズのテーブルに、
かかった白い布のクロス。
お皿を置くと、スタッとあるべき場所におさまり、
すべって動くコトはない。
ワイングラスを置くときも、
音がしなくて会話の妨げになることがない。
パン屑などで汚れても、すぐに分かって対応できる。
サービスをおねだりするようなテーブルでもあり、
なにより、お客様がかわるたびに
テーブルクロスが交換される。
いつも新しいテーブルとしてお客様を出迎える、
プレタポルテではなくオートクチュールのような
「誂えテーブル」。
それがテーブルクロスがひかれたテーブルなのです。





ボクらもお店を作るとき、迷いました。

コストのことも気になった。
なにより「ココは高級なお店なのか」と
ただ思われるのがちょっと心配で、
けれどボクは自分でもし
レストランを経営することがあったら絶対、
テーブルクロスレストランにしたいとずっと思っていた。
理由はこんな母の思い出ばなしが、
ずっとココロに残っていたから。

横浜に母が大好きだった喫茶店がありました。
四角い小さなテーブルにテーブルクロスがかかっている、
ちょっとパリのカフェ風の店。
一杯一杯サイフォンで入れるコーヒーがおいしくて、
何時間でもいられそうな
のどかな雰囲気が心地良くはある。
けれど値段もたかくて、全体的に古臭く、
それでかいつも空いてた。
そのお店の近所には、もっと新しくて気軽で
その分、安いお店がいっぱいあるのに、
なぜだか母はその店ばかりを贔屓する。

なんでそんなにこのお店のコトがすきなの‥‥、
って聞いたら
「テーブルクロスのあるお店って
 ロマンティックだから好きなの」と。

そしてこんな昔話をはなしてくれた。
母と父が、まだ恋人だった頃のコト。
高校生の頃からずっと交際していた父と母。

デートといえば、映画を見て、
喫茶店でお茶を飲んでそれでおしまい。
でもたのしかった。
昔から、男のくせにおしゃべりで
いろんな話をしてくれて、私はニコニコ、うなずくだけ。
それからあの人は、かならず
小さなプレゼントを一個、もってくるの。
大したものじゃなかったの。
読み終わった本だとか、
卓球のラケットのラバーだとかを持ってきて、
テーブルの上にそっとおくのよ。
白いレースのテーブルクロスの上に置かれた、
大したものじゃないモノが、本当にステキに見えた。
私のコトを大切に、
思ってくれているんだなぁ‥‥、って。

そんなある日。
いつものように、いつもの店にやってきて、
けれどなぜだかお父さんがソワソワしてる。
いつものようにおしゃべりじゃなく、
何かあったのかなぁと思ったら、
彼、前のめりになって小さな声で‥‥。
テーブルクロスの下で
手をちょっと伸ばしてみて、っていうの。
そっと手を伸ばしたら、
紙切れのようなモノが手にふれる。
取ってって言われてそれを掴んでみたら、封筒だった。
そっけのない茶封筒。
中にはこれまた普通の便箋一枚に、
「ボクと一緒にしあわせな家庭を作ってくれませんか」
と大きな文字が書かれてた。

プロポーズの手紙だったの。
断られるかもしれないって、不安な気持ちが
テーブルの上にこれを置かせなかったのでしょう。
でもなんだかとてもうれしかった。
他のお客様がいる中で、
その手紙のコトをしっているのは
私とお父さんとふたりきり。
だから今でもテーブルクロスをみるとなんだか、
ロマンティックな気持ちになるのよ‥‥、
乙女でしょう。




レストランという公の場所。
みんなに見られて当然のその空間に、ただひとつだけ、
テーブルクロスの下はそこに座った人のためだけにある
プライベートな空間である。
それでボクはテーブルクロスにこだわった。

エンゲージリングをこれみよがしに
テーブルの上におくことまかりならぬ。
もしも彼女が、指輪を受取る準備が
できていなかったらば、
二人が気まずくなるばかりじゃなく、
周りのお客様までどうしようかって戸惑ってしまう。
そっとテーブルクロスの下から手渡して、
運を天にまかすがよかろう。
押し付けがましさは愛の終わり。
ごきげんうかがいは愛の始まり‥‥、
ってそう、店頭に書いておこうかと思ったくらい。
残念ながら、そんな出来事は一度も起こらず、
ただただ毎日、テーブルクロスを変える日々。

それにしてもボクのお店のテーブルクロス。
不思議なほどに汚れてくれた。
そのほとんどが、
ソースや料理を食べこぼした跡のよごれで、
どうしてこんなに汚れるんだろう。
お行儀の悪いお客様はほとんどいない、なのになぜ?
と不思議に思ってボクはしばらく、観察をした。
結果はなるほど‥‥、テーブルの上にあるもの、
あるいはなかったものが理由であった。
また来週。



2011-05-05-THU


© HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN