ニューヨークでは、朝はここ、
と決めているレストランがあります。

キッカケは、あるファッション誌の
ニューヨーク特集で取り上げられていたコトでした。
雑誌で紹介されるレストラン。
その内容を鵜呑みしないようにとしてはいます。
特に、最近できたお洒落なお店。
内容のいいお店よりも、
写真うつりのいいお店が優遇される傾向があって、
実際行くとがっかりしちゃうコトが多い。
でもそのお店。
紹介されていたお店の写真は、
古ぼけていて、どこといって特別なところのない
食堂っぽいインテリア。
そして一言。

「50年間、ニューヨーカーに
 最も愛され続けた朝食の店」

これは行かねば、と思いました。
住宅地のど真ん中。
本当にこんな場所でいいのか?
と、地図をたよりにはじめて行ったときには
不安になるほどに周りは静か。
お店の前にたどり着いても、
果たしてココがニューヨーカーに最も愛された店なのか、
ピンとこぬほど地味な佇まい。
おそるおそる、ドアを開けます。
実用的などこにでもあるような
テーブルと椅子が並んだ簡素な空間。
60席ほどの、アメリカにしては小さなお店で
半分くらいのテーブルが埋まっていたでしょうか?
おいしい匂いと、心地よいざわめきに満たされた
良い店のように思えるものの、
果たしてココがその雑誌が言うような
名店なのかどうかはにわかに判断つきかねる、
普通のお店。
ただ、ひとつだけ確実なのは、
そこにいる人達がみんな、
トラベラーではなくて、
ニューヨーカーであるということ。
しかもおそらく、近所に住んでいる人だろうということ。
期待通りでなかったとしても、
朝食に費やすコストは
旅の予算計画をゆるがすものでは決してない。
なによりお腹はペコペコです。
すすめられたテーブルにつき、
ボクは目当てのものを注文しました。

スモークサーモンとクリームチーズの
ベーグルサンドイッチ。

その雑誌には
「ここのスモークサーモンと
 クリームチーズのベーグルサンドイッチは
 ニューヨークで一番おいしいから」と紹介されてた。
しかもお店のメニューを見ると、一番目立つ場所に、
フォント指定で言うなら
「Helvetica, bald, 12pt」
な具合にひときわ大きく、太い文字にて、
「New York #1 Sandwich」とまで
書いてあった。
だから迷わず。

人見知りげなウェイターはニコリともせず注文をとり、
まずコーヒーにオレンジジュースが
テーブルの上に並びます。
そして一言、こう聞きます。
「from Tokyo?」
はい、と答えると、
最近、なぜだか日本からのゲストは
みんな、このサンドイッチを注文するんだ。
たしかにこんなおいしい
スモークサーモンクリームチーズを売ってる店は
他にないからいいんだけどな‥‥。





しばらくして彼は楕円形の大きなプレートを手に持ち、
ボクのテーブルに置く。
うつくしき一皿。
二枚に開いたベーグルの上に、クリームチーズ。
オレンジがかったピンク色をした
分厚いスモークサーモンが、
キラキラ、朝日を受けて輝く艶っぽい様。
スライスオニオンにディルの緑が色合いをそえ、
手づかみするとトーストベーグルの熱さに、
はっと目がさめる。
ネットリとしたスモークサーモン独特の食感、
そして甘い香りがなるほどこれは、
今まで食べたどんなスモークサーモンクリーム
チーズサンドイッチよりおいしくて、
雑誌の記事もまんざら嘘じゃないんだなぁ‥‥、
と感心します。

辛味をほとんどもたぬ生のたまねぎの、
あまりの美味にうっとりしながら、
明日の朝食はどこにしようか? と考えてると、
カサカサバリバリ、
ビニール袋が擦れ合う音と一緒に
おじいさまが入ってきます。
手にクリーニングが仕上がったばかりの
スーツやシャツが下がったハンガーを持ち、
最初、クリーニング屋さんかしらとボクは思った。
けれどおじいさま。
クリーニングものを入り口脇の
コートハンガーに無造作にかけ、テーブルにつく。
正真正銘のご近所さんなのでありましょう。
おもむろに新聞を開いて読み始める、
彼のテーブルにコーヒー、そしてオレンジジュース。
何も注文することなく、
次々、朝を迎えるさまざまが運ばれ並んで、
そして最後に大きなプレート。
そこにはボクが今まで
一度も見たことがない料理がこんもり。

遠くから見るそれはまるで、
出来損ないのオムレツみたいで
ボクはたちまち釘付けになる。
ほのかに漂う甘い香りと、
ひと匙ごとに中から湧き出る大量の湯気。
冷静になって周りを見れば、
スモークサーモンとクリームチーズなんて
冷たいものを食べてる客は
ボクと明らかに他の街から来たのであろう、
観光客然とした人ばかり。
それ以外の人たちは、
オムレツみたいなモノを食べてる。

よし明日の朝ごはんもココに来よう。
そしてあの「こんもりプレート」を
たのんで食べよう‥‥、そう思ってその日は帰った。

ニューヨーク滞在、
二日目の朝はあっという間にやってきます。
心地良い空腹と一緒に、
地下鉄Aラインにのり、
ボクは昨日の店を目指します。




2010-11-18-THU
 
© HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN