おいしい店とのつきあい方。
サカキシンイチロウの秘密のノート。
(四冊目のノート)

仕事が順調を極めます。
すると、自分のお金でなくて、会社のお金をつかって
接待であるとか、ご褒美であるとかをかねた
食事をすることができるようになる。
そうした機会に訪れるには、最高のレストラン。
であります。
こうした無駄を愛するステーキレストランという存在。

それで、しばしばというほどではない、
でもおなじみと呼ばれる程度の利用頻度で、
このレストランを使うことができるようになりました。
注文をとる給仕係の料理の名前を告げるタイミング。
その重み。
その抑揚と声の強弱で、だいたい、
どの料理がいくらくらいなのか、
ということがわかるようになってくる。
それがまたたのしくて、どんどんボクは
このお店における注文の達人、になっていきました。

とはいえ‥‥。

いつもタップリと会社のお金が使えるわけじゃない。
ときには、自分のポケットマネーで
賢く食事をしなくちゃいけない。
でも、このレストランで
大切な人をもてなしたいなぁ‥‥、
と思うようなときがやってくる。

ちょっと困ります。
ドキドキします。
もしメロンをたのまれたらどうしよう。
もしその日、特別のとっておきの料理が
あってしまったらどうしよう。
そんなことを思いながら
びくびくしながらお店にいく。
先味が台無しです。

しかもエスコートしていく立場にとって、
びくびくは大敵です。

それでボクは予約のときに、工夫をしてみることにしました。
高いものは注文できないものですから、よろしくね。
‥‥、そう直接的に伝えることもできるのでしょうけど、
そうすることは、いかにも悔しい。
もし、このお店の給仕長が、
「今日のお勧めはアワビのグリルですけど、
 これはホントに高いです」
‥‥、のようなメニューの説明の仕方をするような
店であるならば、そんな直接的もいいのでしょうが‥‥。

で、こんな具合の工夫です。

今日は領収書をちょうだいできないのです。
と、予約の電話の最後にひとこと。
あまり予算が使えないことをさりげなく伝えます。

すると‥‥。
不思議なことに
品切れしているものがいくつもあるんですね。
毛がにのクオリティが満足のいくものでなかったり、
コンソメスープの出来があまり良くなかったり。
ココではテーブルの上にあらかじめ
お勧めのワインが並べられているのだけれど、
そのワインもこなれた値段の手ごろなものが揃ってる。
とてもうれしい。

そのかわり、当店のバニラアイスクリームは
すばらしくおいしいんですヨ、と薦めてくれる。
ありがたい。
自腹の懐にやさしい料理を情熱的に、
熱烈にすすめてくれるという、この親切。

とはいえ、どんな周到にも予期せぬ事件がつきまといます。

会社の仲間、とてもうちうちの会食でした。
大きな仕事のあとのご苦労さん会を
かねたものではありましたけど、
でも程よき贅沢の範疇に収めよう‥‥、と思っていました。
お店の人にも、その旨をさりげなく伝えてやってきました。

おもしろいようにコストパフォーマンスの高い
料理ばかりをすすめてくれて、みなも満足。
ボクの懐も安堵したまま、食事が終わる、という間際。
ボクたちの隣のテーブルで、
いかにも裕福そうなおじ様たちが
一足先にステーキをペロリと平らげて、デザートを取る。
それがみんな、見事にメロン。
ボクたちの横をそのメロンたちがうやうやしく運ばれる、
そのときの香りがゆたかですばらしいこと。
みんなうっとり。
気持ちはすっかり、あのメロンを食べてみたい‥‥、
の方向に向かっていってしまったのです。

ボクは正直、覚悟しました。
数万円がこれで吹っ飛ぶ。
でもいいや。
みんなも必死にがんばったんだから、
贅沢だけれど仕方ないようなぁ。
そう思ったボクに、給仕長がこう告げます。

デザートのご注文を承りにまいりました。
が、まことに申し訳ないことに、メロンは本日、
先ほどのご注文で品切れとあいなりました。
ごめんなさい。
かわりにすばらしいイチゴがございます。
当然、自家製のバニラアイスクリームも
すばらしい出来でございます。

そういいながら、ボクにニコッ。
感謝しました。
ああ、この店なら信頼できる。
そう思ったのです。

逆に、今日は大きな契約を結ぶことができたお礼の、
大切なご接待なのですよ。
そうお願いすると、ため息が出るほどに
すばらしいワインがボクらを出迎えてくれたりします。
サラダの上にキャビアが散らばっていたり、
あるいは何もいわずとも、
デザートにメロンが一人一皿、配られたりする。
おもてなしする、ボクがとても立派に見える
そんなおもてなしをしてくれるのでありますね。

メニューのない店。
それはメニューがただないのでなくて、
お客様にあわせて日々、
あるいは刻々と書き換えられ続けるために、
紙に書き込まれていないだけ。
‥‥、だということなのです。

 
2007-05-10-THU