おいしい店とのつきあい方。
サカキシンイチロウの秘密のノート。
(四冊目のノート)

海外ではあまり見つけることができない、
でも、日本では昔から脈々と続いている
レストランのスタイルに、
「メニューを用意していないお店」というのがあります。
先週まで、ずっと話してきた寿司屋もそのひとつ。
お決まり、であるとか、
一人前の定食、であるとかをたのむのであれば、明朗会計。
値段もどのような料理がでてくるのかも
一目瞭然ではありますが、
カウンターに座って好きなものでもたべましょうか、
ということになると、
メニューなんて概念そのものが無駄になります。

ネタケースに魚が並んでいるだけ。
あるいは、高級な店になると、
ネタケースもなく、今日は何があるのか
お店の人に聞いてみるまでわからない。
‥‥、そんな店がたくさんあります。
カウンターの後ろ。
握り手が背にしている壁に、
今日のネタが木札に書かれて
ぶら下がっているところもあります。
が、たいていは、それぞれのネタがいくらになるのか、
値段までは書かれていない。

メニューに、値段がついていない料理がある。
海外にない、というわけではありません。
シーフードレストランなんかに行くと、
メニューの商品名の横にマーケットプライス、
と書かれている料理をいくつか見つけることがあります。
たいていが、ロブスターやカニのような甲殻類。
あるいは魚一匹のグリル‥‥、のようなお料理で、
つまり市場の相場によって日々、
激しく仕入れ値が変わるような
食材を使ってつくる料理の値段。
しかもその素材を焼いただけとか、蒸しただけとか。
つまり調理技術を買ってもらうのでなく、
素材そのものをたのしんでもらうようなそれらの料理は、
食材の値段がかわると、そのままそれが売値に直接、
反映される。
だから、事前に印刷したメニューでは
あつかいにこまっちゃうんですね。

それでマーケットプライス。
市場の値段。
つまり、仕入によって今日の売価を決めさせていただきます。
‥‥、ということですネ。

良心的、の証です。

しかも「今日のロブスターって、いくらぐらいなの?」って、
お店の人をつかまえて値段を聞く、というたのしみを
マーケットプライスという表示が作ってくれる。
つまり、コミュニケーションをするきっかけです。

アメリカのお気に入りレストランの一つに、
活きたボストンロブスターを売り物にした
シーフードレストランがあります。
昨日、市場にあがったばかりのロブスターを
空輸したのを、そのまま炭火の上に置く。
活きたままのロブスターが、
業火にあぶられ真っ赤になって、
どんどんおいしくなってゆくのをたのしむという、
焼かれるエビさんにとっては地獄のような、
でも食べ手にとってはまさに天国のようなレストラン。
ロブスター以外にもステーキだとか
魚のグリルだとかがあります。
イタリア系のシェフが作るパスタなんかも
とてもおいしく、でもとっておきはロブスター。
さて、今日はぜいたくをして
みんなでロブスターを食べてやるぞ‥‥。
と、そう決まると、テーブルにつくやすばやく、
お店に人に一言叫ぶ。

「ロブスターを見せてください!」

目をキラキラさせながら、舌なめずりして、そう一言。
するともうお店の中は大騒ぎ。
厨房の中からウェイターが
ボールの中にロブスターを入れ、
あるいはサイズの違うのを両手に一尾づつ握りしめて、
やってきます。
活きたロブスターはびっくりして、爪をふりまわし、
のたうちまわって逃げようとする。
そうはさせじと、手際よく、胴体つかんで突き出して、
それで彼らはこう言います。

「こっちは○○ポンドだから、80ドル。
 こっちだと50ドルくらいになりますが‥‥」

ならばその中間の65ドルくらいで食べられるのが、
厨房のどっかに隠れてないの?

なんていう、たのしいやり取りがあとに続いたりする。
マーケットプライスは
コミュニケーションの最高のきっかけ。
お店の人となかよくなるための、
すてきなてがかりだったりするのです。

が‥‥。

とはいえ、マーケットプライス商品というのは、
料理全体の中で限られたモノでしかない、
というのが世界的常識、でしょう。
せいぜい多くても両手の指を折れば
数え終わる程度の数で、
メニューの料理名の横がほとんど真っ白。
値段が書かれてあるべき場所が
空白のまま残されているような店は、
やっぱり日本独特だろう、と思います。

日本の値段の書かれていないお店で、
ひとつひとつの料理名を指さして、
これはいくらになるんですか? って聞いていたら、
たぶん、永遠に注文がおわらない。
コミュニケーションのきっかけをはるかに超えた、
神秘の領域。
‥‥、ということができるでしょう。

そうしたお店。
なかには、価格が書かれていないだけじゃなく、
どんな料理がだされるのかすら、わからないお店もある。
メニューというものが存在せず、
お店の人との口頭のやりとりを通して
今日、食べるものを決めてゆく‥‥、
というシステムのレストラン。
これまた日本ならではのシステムでしょう。

そしてこうしたお店のほとんどが、
「一見さん、お断り」。
あるいは「要紹介者」レストラン、であったりする。

紹介者を必要とするレストラン。
いったい、ナニモノ?
なぜ、紹介者が必要で、
その紹介者とは、いったいどういう役割を
果たす人であるのでありましょう?

 
2007-04-05-THU