おいしい店とのつきあい方。
サカキシンイチロウの秘密のノート。
(四冊目のノート)
アメリカでも一番の美食の街‥‥、ニューヨーク。
とはいえ、おいしいモノが食べられるところが
アメリカにはたくさんあって、
ニューヨークにあるものだけがおいしい、
というコトではないけれど、
世界中のおいしい料理が考えうる限り
良い状態で集まっている、という点では
やはりニューヨークが
アメリカで一番の街でありましょう。
ちょうど、どこにいっても料理がおいしい日本にあって、
それでも東京にくれば世界中のおいしいモノを
食べることが出来る。
‥‥、というのと同じような状況でしょうか。
ちょっと乱暴な比喩かもしれないけれど、そんな感覚。

当然、おいしい寿司を食べさせてくれる店が
たくさんあります。
特に20世紀と21世紀を跨ぐくらいの頃から、
ニューヨークの寿司はどんどんおいしくなって、
今ではへんてこりんな日本の寿司屋で
寿司のようなものを食べるくらいなら、
ニューヨークの寿司を食べたほうがよかったりする。
美食と健康的なライフスタイルに関心を持つ
ニューヨーカーであれば、
携帯電話の中に一軒くらいは
いきつけの寿司バーの電話番号を入れておかなくちゃ、
話にならない。
つまり、ニューヨーカーは寿司に恋をしている。
そんな状態でもあるわけです。


とはいえ、やはり寿司バーのカウンターといえば
汚れが目立たぬものがほとんど。
ボクが1980年代にカナダで作った
大理石系のカウンターか、
木造りであっても漆をかけたり、
色をのせたりして掃除し易く
加工されているものがほとんどでした。

白木のカウンターを置く店もありはしました。
けれどそのほとんどは、
日本からの駐在員向けのお店であって、
地元のグルメ誌をにぎわすような
話題の寿司バーのカウンターは、
あいもかわらず、昔ながらでありました。

が‥‥。

数年ほど前、ニューヨークで話題の
商業施設に出店をした、寿司バー。
ココが見事な白木の寿司カウンターをしつらえた。
ビックリしました。
日本人を狙った店ではなくて、ニューヨークの人。
ニューヨークのみならず、
アメリカ中やヨーロッパから
ニューヨークに来たついでに寄ってみようか‥‥、
と思っていただくように仕掛けた店で、
白木のカウンターで勝負をしかける。

ボクは興味津々で、そこのお店を訪ねました。
開店してから半年ほどたった頃‥‥、でありましょうか?
なにしろ予約がとりづらく、
そのお店の予約にあわせて
ニューヨーク出張の日程を調整したほどの
オオゴトでありました。

10人ほど座れるカウンター。
開店して早々で、
だから磨きこまなくてもまだうつくしく、
角が取れてなめらか‥‥、とまではいかないけれど、
しかし日本の程よき寿司屋のあるべき姿。
それにいくつかのテーブルと個室があって、
ちょうど寿司レストランのような趣の店であります。
銀座的‥‥、というより西麻布的な
適度なくらいのお洒落具合が、
なかなかたのしく、居心地の良いレストランだなぁ‥‥、
とまずはそう思いました。

やはりお客様はカウンターを目指してやってくる。
カウンターを‥‥、と予約をしてやってくるのでしょう。
テーブルはまだ半分ほどしか埋まってはおらず、
でもカウンターはほぼ満席。
日本人はボクを含めて4名で、
リピーターらしい陽気なニューヨーカーの
小さなグループと、
アメリカのどこからやってきたんだろう。
ちょっとテキサスっぽい
おおらかな英語をしゃべる中年夫婦、という顔ぶれでした。

お任せいただければ、
今日のおいしいところをたのしんでいただけますが、
いかがしましょう?

それではどうぞおねがいします‥‥、
とみんなはご主人まかせの気楽なおいしい旅、
を選んだのでありました。


ここにくるのは初めてであろう、
したがって多分、寿司バーのカウンターが
このように白くてデリケートな木で出来ている、
ということをはじめて目にしたのでありましょう。
中年夫婦のご夫人は、
そっと手でカウンターを撫でながら、
こんなことを言いました。

これじゃあ、汚れて大変でしょうにネ。

ボクらをはさんで
そのご夫婦の反対側に座っていたグループのみんなが
クスッと笑ったような気がしました。
理由はすぐにわかりました。
彼は寿司の上に醤油をササッと刷毛で塗って、
それからボクらの前に出す。
江戸前の高級なお店がするやり方です。
醤油をあらかじめ施して出せば、
なるほど、寿司とはわさび醤油を味わうのでなく、
魚とシャリを味わうものだ‥‥、
という寿司の真髄がわかってもらえる。
それと同時に、寿司そのものを醤油の刷毛のようにして、
カウンターにボトボト、
醤油をたらして汚すようなコトからまぬかれる、
のであります。
ニューヨークにして、賢いやり方。
感心しました。

とはいえ、刺身とか巻モノのようないくつかのものは、
どうしても自ら醤油をつけて口に運ばなくちゃいけない。
気をつけなくちゃ‥‥、と思っていたら、
そのご夫人が「あらあら」と声を上げる。

みると、ポタンと醤油が一滴、手元に落ちて、
それがみるみる、まるで海綿が水を吸い込むように
しみ込んで、不吉な染みをドヨンと作る。

あら、どうしましょう‥‥、
と一生懸命、擦って染みを取ろうとする彼女に向かって、
ご主人はこう、一言いいます。

ノープロブレム。
ご心配なく。
汚れて当然、形あるもの、壊れて当然。
ワタクシ、実は、その染みをきれいに取り除く
日本の魔法を知っております。
ご心配なく。

流暢ではないけれど、
はっきりとしたまるで芝居の口上のような言い回し。
開店してから同じようなシチュエーションを
何度も経験したのでしょう。
そのたび、同じようなことを言ってお客様を安心させて、
それですらすら、
なれぬ英語が口から出てくるようになったのでしょう。
そんな不思議でたのしいしゃべり方。

言われたご夫人。
ちょっと安心。
それでにこやかにこうたずねます。

その魔法ってどんな魔法なのかしら‥‥?

さて来週です。
どんな魔法が、その結末は来週までのお預けでございます。
あしからず。
 
2007-02-22-THU