おいしい店とのつきあい方。
サカキシンイチロウの秘密のノート。
(四冊目のノート)
たいていの学校は卒業生を3月に送り出します。
高等学校もそう。
大学もそう。
そして調理師学校もほとんどが3月が卒業式‥‥、
であります。
そうして会社やお店に入って、
新たな仕事を始めるのは当然、4月。
レストランの新入社員も、
たいていそんなタイムスケジュールにしたがって
仕事を始めることになります。

最初からお客様の前に立ってサービスできるか?
最初から厨房の中で料理を作ることができるのか?
‥‥、というと決してそんなことはありません。
最初はお店の中でも、お客様の目に触れることが少ない、
仕込み場であったり
食器を洗うための洗浄室であったりといった場所で、
作業をします。
仕事を覚える、というよりも、
レストランという場所の空気と
仕事の流れを感じるのが一番最初の勉強です。
それと同時に、営業の合間。
忙しくない時間帯であったり、
あるいは営業が始まる前とか終わった後に、
いろんな勉強をすることになる。
どんなに調理のことを勉強したり、
どんなにサービスのことを知っていても、
一般的な知識とそのレストランにおける当たり前は、
違うことが普通です。
ですから、そのレストラン標準的な仕事の仕方、
標準的な調理の作り方や、サービスの仕方を教わって、
チームワークを乱さず働くには
どうすればいいのか?
というコトを身につけるのです。


その教育の初期段階。
それが終わって、初めてレストランで作業を始める。
‥‥、というコトになる。
そしてその初期教育が終わる時期がいつか‥‥?
というと、それが6月。
つまり、6月のレストランには、
新人さんがドキドキしながら働き始めているのです。

お客様の前で教育の成果を試すのには良い季節です。
だって、ありがたいことに
それほど忙しいわけではないからです。
そして、そのタイミングで
レストランを開業するというコト。これは
「新しい環境と新しいスタッフでお客様をお迎えする」
新しいレストランとしては
すばらしく理想的な状態である‥‥、と言えるのです。

ちなみにホテルの場合、新人教育がより複雑で、
だから8月から10月に開業するホテルの
サービスクオリティが一番高い、といわれたりします。
8月は宴会であるとかビジネスの宿泊客が
減る時期でもあって、
だからレストランにおける6月のような状況でもある、
からなんですね。

ですからこの時期にレストランが出来た。
そう聞きつけたら、ボクはワクワクしながら
まず、そのレストランを覗いてみよう、と予約します。
過分な期待をするのは無用です。
なぜなら、その時期開店のレストランは
本当の意味で生まれたて。
もしかしたら、まだ発展途上にあるお店である
可能性が高いからです。
4月に入社したばかりのスタッフが
すばらしいサービスをしてくれるはずはないでしょう。
4月に入社したばかりのスタッフが
たくさん働いている厨房は、
チームワークがギクシャクして、
商品提供が少々、遅れがちになるかもしれない。
ただ、情熱だけはタップリある。
元気一杯で、一生懸命がんばろうという
そんな空気を味わいにいこう、
とそんな程度の期待感で行くことにします。

お店に入って、初々しい雰囲気を堪能しながら、
あとは我慢強く。
辛抱強くそのお店のペースに身を任せて、
ユッタリ、たのしむ工夫をすればよいのです。

経験豊富で誰が見てもすばらしい、
それこそその人のサービスを受けるために
そのレストランを選んでしまいそうな、
そんなサービススタッフにもてなされるのも
ステキなコトです。
でも、まだまだ経験をつんではいないけれど、
一生懸命、一流のレストランスタッフになろう、
と努力する人たちのその努力に、笑顔で応えてあげる。
叱咤激励しながら、向上のチャンスを作ってあげる。
‥‥というのも、お客様としての
大切なつとめであろう‥‥、と思ったりもするのです。


ある小さな愛すべきレストランの、
シェフとマダムが一度に体調を崩されたことがある。
そのお店のほとんどすべてのお客様は、
そのシェフが作る料理を食べ、
そのマダムのサービスを楽しみにそのお店に通っていた。
‥‥のでありますが、ある日突然、
その最大の魅力をそのレストランは無くしてしまった。
で、そのレストランはどうなったのか?

そのシェフの下でアシスタントをしていた
若い調理スタッフが一生懸命、料理を作る。
そのマダムと一緒にサービスをしていた女性スタッフが、
マダムの代わりを必死に果たす。
その若々しさに、おなじみのお客様は心動かされ、
シェフとマダムが復帰するまでの数ヶ月間。
かわらず、お店は、常連のお客様で満たされた。
果たして二人が帰ってきて、
そこが昔どおりに戻ったのか‥‥、というと、
決してそんな程度じゃなかった。
見事にシェフ代わりを果たせた人が
アシスタントを勤める厨房。
見事にマダムの不在を埋めた女性スタッフが
ソムリエをするホール。
それはそれは、迫力に満ちさえした
すばらしいレストランになったのです。

新たに開店したお店だけでなく、
例えばずっと通っていたおなじみのレストラン。
そこに一人の、見覚えのない若いスタッフを
ある日、みつけた。
そうしたら、こう聞いてみましょう。
店長にでもいい。
あるいはその人に直接でもいい。

「新しく入られたスタッフの方ですか?」

──そうなんですよ。
  もしよければ、今日は彼を
  担当にさせていただけませんか?
  もし、気づかれたことがあったら、
  ワタクシに教えていただきますれば、
  彼も喜ぶと思います。

そんなふうに新人のスタッフを
紹介してくれるようになったら、
もうあなたはステキなお客様として
認められたということです。
本当にレストランを愛する人になった、
というコトでもありましょう。
 
2007-01-25-THU