おいしい店とのつきあい方。
サカキシンイチロウの秘密のノート。
(四冊目のノート)
そうそう、セレブ気分といえばお見送りです。

突然の来店でお出迎えの準備が整わないようなことは
よくあるハナシ。
今日はおしのびなので、
大げさなコトは勘弁してくださいネ‥‥、
というセレブリティを大げさなお出迎えや
サービスでおもてなしすることはご法度。
まるで普通のお客様のように扱って差し上げる、
というのが最上級のサービスなのでありますネ。

‥‥、なのだけど。
お見送りとあれば、心置きなく大げさに。
それこそ従業員全員がお店の出口にズラリとならび、
○○さま、ありがとうございました、と挨拶をする。
見送られた方にしたって、
もうお店にはいないわけですから、
あとは野となれ山となれ、
のような感じで許せるのでもありましょう。
それをみた他のお客様が、ああ、やっぱりあの人、
有名人だったんだ、と思って
レストラン全体がざわつくようなその雰囲気。
粋な趣向。
最高の思い出、であるに違いない。

だからお見送り。
すてきなレストランを満たす一連のすてきなサービスの
最後の最後の仕上げとしてのお見送り。
楽しまなくちゃ勿体無い。
終わりよければすべて良し。
このことわざは、
レストランで食事するときにも当てはまる、
真理なのであります。


なのに。

誰もお見送りに出てくれない。
一人でドアを開けて、
一人でお店を寂しくあとにする、というようなコト。
せっかくお金を払って、
お客様として尊敬されてしかるべきなのに、
だれからも見送られずにそっと退場。
そんなことはやっちゃいけないのです。
絶対に。

そのためにテーブルを立つタイミングや、
お店をあとにするタイミングを
見計らわなくちゃいけないんですヨ、
というコトを、前に書いたことがありました。

ホールスタッフの人たちが
忙しくテーブルの間をかけずり回っているようなときに
テーブルをたつ。
5人ほどのグループ客が席を立って、
レジのところで割り勘の計算をしている、
その真っ最中に席をたつ。
どちらも気持ちよく店をあとにするには
見事に最低なバッドタイミング。

レストランのサービスの大原則に、
「お出迎えとお見送りを大切にしろ」というのがあります。
どんなにお店をキレイに磨いてお出迎えの準備をしても、
笑顔で「いらっしゃいませ」と
ドアを開けて差し上げることができなければ、
人知れずしたすべての努力が無駄になる。
どんなにすばらしい料理を作り、
ステキなサービスを提供することが出来たとしても、
「ありがとうございました」と、
元気にお見送りすることができなければ、
それまでの数時間の努力が、
これまたみんな無駄になってしまうのです。
レストランで働く人たちの、
努力を一瞬にして無駄にしてしまうような、
そんな失礼なことをしてしまわないのが、
ステキなお客様の条件でもある。
だから、予約と席を立つタイミング。
これを守ることがとても大切なコトなのですね。
‥‥再確認。

しかも。

せっかくお見送りをしてもらうのであれば、
一人ではなく二人、三人。
できればそのとき、お店で働いている人たちみんなに、
お見送りしてくれるような、
そんなステキなお客様になりたいなぁ‥‥、
なんて思いませんか?

例えばオーナーシェフのお店に行く。
楽しく食事をさせてもらって、そこをあとにするときに、
親密ですばらしいサービスをしてくれた
マダムにお見送りをしてもらう。
「どうもありがとうございます」なんていわれながら、
マダムが笑顔でお店のドアを開けてくれる。
それはそれでステキなことです。
でも、一緒にソムリエまでが、
「ありがとうございました」と出口のところまでやってくる。
「いかがでしたか?」とにこやかに。
今日のワイン、本当にステキですばらしかったですネ、
とかって一言、二言、彼と言葉を交わしながら、
お辞儀をする。
シアワセです。
と、そこにシェフが小走りにかけよってくる。
エプロンで手を軽くぬぐうようにしながら、小走りに。
「お料理、楽しんでいただけましたか?」
って言いながら、両手を軽く差し出すようにしながら
ボクの方に近づいてくる。
握手です。
自然にお互いの手を握りしめながら、
「すばらしかったです、ありがとう」
‥‥、のようなコトを繰り返す。

またきてくださいね、お待ちしてます。
そういう気持ちがシェフの両手から伝わってきます。
お店のエントランスからレストランの中をみると、
サービススタッフの人たちが、
ボクらの方を見つめているのがわかります。
厨房からもボクらの方にむかって、
感謝の気持ちが押し寄せるような、
そんな気持ちにさえなってきます。



ああ、ボクはこんなに多くの人たちに
おもてなしをしてもらっていたんだ。

そんな具合に思えるシアワセ。
それこそがすばらしいお見送り。
それこそがレストランにおけるシアワセな時間の、
完璧なる終わらせ方じゃないか、と思うのです。

社会的にはセレブリティでもなんでもない。
普通に無名のボクたちが、
でもそのレストランを出るときだけは、
どんなセレブリティよりも
レストランの人たちに大切にしてもらえる。
‥‥ようなコトが起こりうる。
それがレストランという場所の奇跡的でステキなところ。
さて、その奇跡。
どうすれば起きるのでしょう?
 
2006-10-19-THU