おいしい店とのつきあい方。
サカキシンイチロウの秘密のノート。
(四冊目のノート)
レストランで同じ食卓を囲むというコト。
しかも2時間近くも、同じテーブルを挟んで
一緒の時間を過ごすというコト。
それはあたかも、豪華客船にのって
太平洋の島々を訪ねてまわる船旅のような出来事、
であるのです。

最初は見るものすべてが珍しく、
ワクワクドキドキ。
あっという間に時間が過ぎてしまいます。
でもその興奮も最初のうちだけ。
旅のほとんどは見渡す限りの大海原で、
景色がそれほど変わるわけでもない。
下手をすると嵐に巻き込まれたり、
船酔いに襲われたりと、
大変な災難がふりかかってくることさえあります。
退屈と災難を克服すること。
それが船旅を楽しむ最大のポイントで、
それはレストランで食事する
長丁場を乗り切るのとまったく同じなんですネ。
そしてその退屈の克服の、
頼りになるのが同じ船にのっている旅の仲間。
あるいは同じテーブルを囲んでいる仲間との、
楽しい会話である、というコト。
忘れちゃいけない基本中の基本です。

そして、もっと大切なコト。
それは、誰かひとりだけが一生懸命もりあげようとして、
その人以外がみんな受身でボンヤリしてる。
そんなことだけはあってはならない、というコトです。
旅はみんなで盛り上げるもの。
食事はみんなで楽しむもの‥‥、であるからです。

昔、コノ連載で、食事をみんなで楽しむためには
コンセプトを決めてレストランに挑みましょう‥‥、
というようなコトをいったことがありました。
クラシックなイタリアンレストランに行くときには
まるでマフィアのようにとか、
出来たばかりのお洒落な中国料理店に行くときには、
香港の映画スターになったような気持ちで‥‥、とか。
でも、それ以上に大切なのが「役割分担」。
ひとりひとりがもれなく一つの役割を果たして
その時間を楽しむということ。
これ、いい工夫です。
例えばこんな具合にです。


4人でイタリアンレストランに行くことになりました。
オープンしたばっかりの店。
有名なスターシェフの店で
ずっと二番手をつとめていた若いシェフが独立した、
というので話題の店で、
なかなか取れないという予約が
幸運なことにもとれたというので、みんなワクワク。
せっかくだから、印象に残るお客様になってやろうヨ。
しかもこの4人がみんな、
印象的なお客様としてお店の人に
覚えてもらえるようにがんばろうヨ、と、
それでひとりにひとつ、役割分担。

さあどんな役割で店に行こうか‥‥、
とみんなであれこれお茶を飲みながら打ち合わせする。
まるでその日の予行演習をしているようで、
この段階で、もう楽しい。

まず、ワインを選んでテイスティングする係がひとり。
彼がとりたててワインが詳しい、というワケではなく、
いつもいちばん、量もすすむし飲んで楽しくなる人だ、
ということが理由で任命。
ボクは料理の内容を聞き出す係になってあげるよ、と。
ひとり女性の参加者がいたので、
彼女にはいちばんよい席に座る係になって‥‥、
とお願いをして、彼女は快諾。
やはり女性はすばらしい席に座るべきでありますからネ。
問題はもうひとり。
いちばん落ち着いているフケ顔の男性。
ボクより随分年下なのに、同い年くらいに見える人で、
落ち着いていると言えば聞こえがいいけれど
地味で記憶に残らない人。
はてさてどんな役割を演じればいいんだろう‥‥、
とみんな考えてはみるけれど、
なかなかどんなのがいいのか思い浮かばない。
どうしようか?
万策尽き果てて、ボクはこんな提案をみんなにしました。

「お金を払う人になってみちゃどう?」

実はレストランに人にとって、
誰がお金をはらうのか? というコトは
とても興味深い問題なんです。
同じテーブルを囲む人たちみんなを
等しく楽しませるサービスをするのが、
建前ではありますけれど、
でも楽しませ方、あるいは楽しませる優先順位が実はある。
みんなが同じ立場で、
最後に割り勘でお金をはらいましょうヨ‥‥、
というグループは別。
でも、誰かひとりが
まとめてお金を払いましょう、という会食。
例えば会社の仲間が集まって、
なにかのご苦労さん会のような感じで食事をするとき、
やっぱりいちばん良いサービスを受けるべきは、
お金を最後に払う人。
ところが同じ仲間同士の会食でも、
誰かの誕生日で食事をしましょう‥‥、というとき。
そのときは、その誕生日の人が
いちばん良いサービスを受けるべきであって、
お金を払う会社の上司は、その人の次によいサービス。
これが当然。
接待なんかのときもそうです。
お金を払う人と、
いちばん良いサービスを受けるべき人が違う場合。
お店の人に対して正しい信号を出し忘れると、
せっかくの接待が台無しになったりします。
注意です。

お店の人はまず予約のときの名前を最初のヒントにします。
大抵は予約した名前の人がお金を払う‥‥、
と思うのがいちばん自然、だからです。
ところが誕生日なんかのお祝い。
誕生日の人を本当に喜ばせようとすれば、
その人の名前で予約をする方がステキです。
例えば田中さんの誕生日をボクがお祝いするとしましょう。
ボクの名前で予約すると、
そのお席はサカキ様のお席であって、
お店の人はボクの名前を呼びながらサービスをする。
でも本当に名前を呼んでもらいたいのは
田中さんであって、
ですから予約は田中さんの名前でする方が良い。
とはいえ最後に、お勘定書きが田中さんのところに
置かれることはよろしくない。
だから予約するときに一言添えます。

「その日は田中さんの誕生日なんで、
 田中さんの名前で予約を入れさせていただきます。
 お代はワタクシ、サカキがお払いいたしますから」

お店の人はホッとします。
これでよいサービスの手がかりが
つかめたワケでありますから。
さて、こうした手がかりが
事前に用意されていないテーブル‥‥、どうなるでしょう。
レストランの人たちは一生懸命、
良いサービスをすべき人探しの
ヒントを見つける努力をします。
例えば上座に座っている人は、
その場でいちばん、良いサービスを受ける資格のある人です。
例えばその場で、重大なコトを決定する人。
おそらくその人がこのテーブルのお勘定を払う人‥‥、
であろう、なんていうことを一生懸命探すのです。


ボクは仕事上の公式で重要な接待を兼ねた
会食でないかぎり、
事前にはっきりとしたヒントを
お店に知らせないコトを好みます。
特に初めて訪れるお店の場合。
なるべく普通にサラッと予約。
用意周到を避けるようにするのです。
何故?
ワタシ達がいったい、どういう人たちなんだろう、
とお店の人が興味を持って見つめてもらう。
しかも少々の緊張感とタップリの好奇心をもって
観察してもらう。
そうした彼らに対して魅力的なヒントを
ちょっとづつさりげなく、でも確実にさらけ出してく。
このスリリングなやり取りこそが、
レストランを味わうとてもステキな瞬間である、
とボクはそう信じているからなんですね。

さて、こうして役割がめでたく決まったボクらの会食。
どんな首尾とあいなったのでありましょうや。
 
2006-08-10-THU