おいしい店とのつきあい方。
サカキシンイチロウの秘密のノート。
(三冊目のノート)

友人と食事をしたときのことです。
友人は、レストランの予約をとる名人。
ボクはその秘伝を教わった弟子でした。

そこは、鳴り物入りで海外からやってきた、
「超」に「スーパー」を付けても足りないような
有名フランス料理店。
開業をする前から、しばらくは予約をとるのは至難の業、
といわれていた店でした。

予約をとりづらい、と聞けば聞くほど、
よしみていろ‥‥、と闘争心がふつふつと
沸くようになっていたその頃のボクらにとって、
格好の挑戦相手です。

どっちが先に予約をとるか?

なかば競争のようにそれぞれがチャレンジし、
得意のお店の人たちの自尊心をくすぐる系予約の
手練手管を駆使して、二人分のテーブルをぶんどるのです。

予約を先にとったのはボク、でした。

しかもちょっと遅い時間帯ではあるけれど、
週末のテーブル。
「ほらみろ」とばかりに、ボクらは意気揚々と、
その店に2人で出かけました。



◆たどりついたその2人席とは‥‥?!


見るからにお金のかかった店でした。
期待感をいやおう無しに煽るがごとき
ロマンティックなアプローチ。
この上もなく重厚な、
開ける人の心構えを試すかのようなドアに、
ピカピカに磨き上げられた真鍮の取っ手。

押し開けようとするや否や、
まるで自動ドアのごとくスッとそれは開いて、
いらっしゃいませ。

うやうやしさを絵に描いたような笑顔に
ボクらは迎えられました。

「予約をしておりました、サカキです」

そう言うボクと、一緒に立っているボクの友人を見て、
ドアを開けてくれたその人の表情が一瞬、曇りました。

ボクはちょっと心配になり、
「8時半で二人のテーブルを
 いただいておりましたが‥‥」
と、念を押すように彼に言います。

「ええ、確かに伺っております。
 今すぐご案内いたしましょうか?」

当然のように、お願いしますとボクは答える。
そして彼の背中に促され、
ボクらはダイニングホールを歩く人となったのでした。

さすがに、お店はほぼ満席でした。
「ほぼ」の部分は、ボクらが座るべきテーブルを残して、
と言う意味でありますね。
いくつものテーブルが散らばるように配された
ほど良い大きさの親密な空間の先には窓。
窓の向こうには庭園、という
これまたこの上も無くロマンティックな
ダイニングルームの一番、真ん中。

庭の中にちょっとせり出すように
しつらえられた出窓の前に、
まだ来ぬ主をそっと待っているテーブル一つ。

ボク達のテーブル、でした。

文句なく良いテーブル、です。
おそらくこのレストランにいる誰もが、
あのテーブルに座ってみたいな、
と思うであろうテーブルで、
でもすべての人にとって良いテーブルか?
というと、そこにちょっとした問題があり、
それで案内されたボクらの足取りは、
近づくにつれ徐々に重たくなってきたのでした。

小さめの丸いテーブルに淡いピンクのテーブルクロス。
真ん中に小さな花瓶に花が生けられ、
その横には仄かな火をともした蝋燭1本。
2つの椅子が、寄り添うように
横に並んで置かれたテーブル。

こりゃ、オトコ2人が座るべき席じゃないよな?
恋人同士が座るべきテーブルだろうヨ‥‥、と。
あそこにボクらが座るんだ、と思うと
今までのワクワクはどこかに飛んでなくなり、
急に憂鬱になっちゃった。

とはいえ、他にあいたテーブルがあるわけでなく、
そこに着席。

座るとその居心地の悪さは、想像以上のものでした。
2人の真ん中にストンと1本、ピンスポット。
お互いの目に入るのは目の前の庭園の
ロマンティックな景色と、
相手の顔だけという息苦しさで、
周りからボクらはどう見えているんだろう、
と考えれば考えるほど気もそぞろ。

「椅子を隣り同士ではなく、
 向かいあわせにしましょうか?」
ってお店の人にも気をつかわれる始末。

ただそうなると依怙地になって、
いえ、大丈夫ですから、と強がって、
結局、そのまま食事をスタートすることとなる。

もうやけくそでした。



◆恋人同士のためのテーブル!


恐ろしいことに、この世の中には
そこに座った人すべてを、
恋人同士のように見せてしまうテーブル、
というものがあるんですね。

たとえ、それが男同士であれ女同士であれ、
親子であれ上司と部下であったとしても、
恋人のようにしか見えなくしてしまう魔法のテーブル。
そうしたテーブルをボクはたまたまその夜、
ひいてしまったというコトでした。

お前、どうやってこのテーブルをせしめたんだ?
と友人が言う。
予約したときのことを思い出しつつ、
出したボクの答えはこうでした。

──大切な人をどうしてもこの店でもてなしたい。
  思い出に残る素晴らしい時間を
  プレゼントしたいので、できるだけ近い日時で
  良いテーブルが取れる機会を教えて欲しい。

と、答えながら自分でも、これじゃあ聞いた人は
ボクが婚約者か誰かと一緒に来たいんだろうな、
って思うに違いないと改めて、
その予約の仕方に不手際があった、
ということに気がついたのでした。

自分ともう一人分の席を
予約することに成功はしたけれど、
その予約はボクの友人のためでもあった、
ということをすっかり忘れてしまっていたんですネ。

ボクはボクの恋人分の予約はしたけど、
ボクの友人分の予約をし損なった、
ということでありました。

料理は申し分なかった。
サービスも的確で、さすが一流の店だな、
とは思ったけれど、それでもやっぱり
ココロから楽しむことはできなかった。
残念でした。



◆「誰と行くか」をひとこと添えましょう。


さてレッスンです。
「誰と一緒に食事するのか?」という情報は、
良いサービスをしてあげようと
心がけているお店にとって、とても重要な情報である、
ということです。

なぜならその中には、その人がどんな気持ちで
この店を予約しようとしているか?
と言う情報が詰まっているから。

お店の人は「誰と一緒に」と言うキーワードから、
電話の向こうのあなたがして欲しいことを
一所懸命、引き出そうとしてくれます。
例えばこんなやり取り。

「来週の金曜日、母と一緒に
 うかがおうと思っているのですけれど‥‥」

「失礼ですが、お母様は
 お年を召してらっしゃいますか?」

「ええ、そうですね」

「ならばお座敷よりも椅子席をご用意しましょう。
 金曜日でしたらテーブル個室があいておりますが、
 それでもよろしゅうございますか?」

「ああ、助かります。お願いします」

「お献立もあっさりしたお魚中心のものを、
 と料理長に申しておきましょう」

なんたるシアワセ。
なんとスマート。

男同士が楽しく食事ができるカウンター席。
友達同士が誰にも気兼ねなく楽しむことができる
厨房脇の騒々しいけれど楽しい個室。
お店にはありとあらゆるシチュエーションに
最適化された場所があり、
そのことをよく知っている従業員が働いています。

だから一言、誰と一緒に店に行くのか添えてみる。

予約は自分ひとりで、
自分のためだけにするものじゃない。
一緒に食事に出かける人の分も
まとめて予約をするんだ‥‥、ということであります。
忘れずに。
この人と一生一緒にいたいと思うほどに
愛している恋人に、その気持ちを伝えるために
レストランを予約する。
あの日、ボク達が座ってしまった
あのテーブルをあなたのモノにするためにも、
誰と一緒に行くのか正直に。

「恋人と一緒に参ります。食事が終わって、
 彼女を婚約者と呼べるように
 なっていたらシアワセです。
 よろしくお願いいたします。」

レストランは人と人とがシアワセになりあえる場所です。
大丈夫です。

(つづきます)



2005-11-10-THU

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