おいしい店とのつきあい方。
サカキシンイチロウの秘密のノート。



テーブルに案内されて、ほっと一息。
両手を合わせて両肘ついて、
テーブルの大きさも確認しました。
さあ、これから本格的に食事を楽しみましょう‥‥、
というこの瞬間、一番最初に確かめたいのが
「この店は信頼するに値する店なのかどうか?」
ということでしょう。
どういうお店が信頼に値する店なのか?
答えは簡単。
そのお店を代表する人が活き活きしていて、
ステキな人である店、ということになります。

ビストロとかフランス料理の専門店を選ぶときに、
シェフの人となりがとても重要なポイントになる、
ということを前に言いました。
お店に入って料理を選ぶときにも、
シェフの顔を思い浮かべながら注文すると、
失敗が少ないよ、ということも言いましたよね。
料理が主役の専門店を代表する人はシェフだ、ということ。
でもファミリーレストランの主役は料理じゃない。
料理が美味しいことも大切な要素ですけれど、
どちらかというと料理よりもサービスの良し悪しが
良いファミリーレストランであるかどうか?
を判断する大きな要素。
だから、ファミリーレストランを代表しているのは
シェフじゃなくて、店長なんです。
だから、まずファミリーレストランに入って
テーブルについて落ち着いたら、店長を探しましょう。
店長がどんな表情で、どんなふうに働いているか、
観察してみましょう。

ステキな店長さんはこんな感じで働いています。

例えば週末のランチタイムなんかで忙しいとき。
お皿を持ってウェイターやウェイトレスさんが、
あわただしくテーブルの間を
駆け抜けてゆくような時間です。
みんな一生懸命に作業をしている。
そんな中で、一人、悠然とニコニコしながら
客席を見渡しているような人がいる。
ユニフォームの着こなしもキチンとしていて、
背筋がしゃんと伸びて立ち姿も凛々しく爽やか。
コーヒーのお替りが欲しくて、
お店の人を探しているお客様を見つけると、
コーヒーのフラスコポットを持って
熱々を注ぎに歩いてゆく。
見知ったお客様を見つけては、
「いい天気ですね‥‥、ご無沙汰です!」
などと挨拶をしに行く。
ぼんやり手持ち無沙汰にしている
他のスタッフに指示を出していたりする。
その人の胸元を見ると、
「店長」という名札が見つかった。

この店は素晴らしい店です。
安心して食べたいものを頼み、
心行くまでくつろいで楽しめばいい。

かと思うと、こんな店長が
働いているお店もあります。

お店は満席。
てんやわんやの大騒ぎです。
みんな飛び回るようにお皿を運んだり、
汚れた食器を下げて回ったりしています。
なかでも一番忙しそうに、
テーブルからテービルを駆けずり回っている人がいます。
ズボンのお尻のポケットには
注文をとるための端末機械が押し込められて、
だらしなくずり落ちてます。
ワイシャツには汗染みがにじんでいて、
額には汗の粒がいくつも浮き上がっている。
何かお願いしようと思って手を上げても、
料理を届けるべきテーブルの方にしか目が向かず、
しかも一直線にそこに突進してるので、
気づいてくれることもありません。
厨房の奥から「店長っ!」と大きな声で呼ばれると、
汗を拭きふき、まっしぐらにお店の奥に走っていきます。

そう必死の形相で働いている彼が店長。
そんな店で、そんな店長に遭遇したら、
今日はまずコーヒー一杯にとどめておくか、
あるいは一番安くて簡単な料理を
注文するのがいいでしょう。
今日はサービスを受けることが出来ない、
と思った方がいいからです。

良い店長と悪い店長、その違いは?!

二人の違いは、何のために働いているのか?
という心構えの違いにあります。
忙しそうに働いている後者の店長。
彼は「作業をしている」店長です。
ステキで凛々しい前者の店長。
彼は「サービスを心がけている」店長、
ということになるでしょう。

お客様を大切するために心配りをすること。
それがサービス。
だから自分で一生懸命、料理を運んだり
走り回ったりしなくちゃならない店長は、
サービスの責任者としての職務が果たせていない、
ということになるのです。
それにはいくつかの理由が考えられます。

今日、何かの理由でスタッフの数が十分ではなかった。
抜群の接客技術で信頼していた正社員の男の子が、
地下鉄の駅の階段を滑って転んで、足を折った。
飛び切り笑顔のかわいいアルバイトの女性スタッフが、
彼氏とのデートが突然決まって、
ごめんなさいの電話をかけてきた。
ベテランの女性パートのお子さんが熱が出て、
どうしても今日はいけないんです、と謝ってきた。
こんな不幸が偶然、一緒にやってきて、
それでみんながとんでもなく忙しい状態に陥った。
料理の提供は遅れます。
もしかしたら同じように厨房の中も人手が足りず、
だから料理の品質もいつもどおりじゃないかもしれない。
だから今日は、期待しないで待ってましょう。

もっと深刻な理由としては、
店長本人が自分の仕事は作業することだ‥‥、
と思い込んでいる、という場合。
絶望的です。
お店のスタッフは店長を目標にして
良いサービスを目指します。
店長がお客様に気配りしているその様子を見つめながら、
自分のいつかはああなろう、と思いながら
一生懸命がんばるのが、
ステキなレストランのありようです。
なのに店長が作業ばかりをしているお店。
陽気でおしゃべり上手のガイドさんを乗せ忘れた
観光バスのようなものです。
退屈です。
暴走します。

「気配り」と言う名のサービス、
「笑顔」と言う名の装い、
「挨拶」と言う名のおもてなし。

ハワイでの話です。
ホノルルの郊外にある、
ハンバーガーのファストフードチェーンのあるお店に、
とても素晴らしい店長がいます。
笑顔が飛び切り美しくて、
小さいけれどバイタリティーに溢れた女性店長で、
ボクはハワイに行くたびに彼女の働き方を見て、
元気をもらって帰ります。
彼女はお店にいるほとんどの時間を
客席ホールの真ん中で過ごします。
お客様の顔を見て、何か必要なことはないか、
と思いながら笑顔をふりまく。
朝には朝の、昼には昼の挨拶を
何人ものお客様と交わしながら、
従業員が楽しそうに働いているか、気をつかう。
ファストフードといえば、
サービスが伴わないのが当たり前のお店です。
にもかかわらず、このお店には
「気配り」と言う名のサービスがあり、
「笑顔」と言う名の装いがあり、
「挨拶」と言う名のおもてなしがある。
不思議とこのお店のハンバーガーは美味しく感じる。
何しろ安心と信頼がお店の中に満ち満ちていて、
例えば困ったことが起こっても、
店長に声をかければ
すべて問題が解決するということがわかっている。
だから楽しい。
つまり店長が店長の仕事をしているからの
楽しさに他ありません。

お店に行ってテーブルについたら、
まず飛び切りの笑顔を探しましょう。
そしてその笑顔の持ち主が幸運にも店長であったとしたら、
さあ、今日の食事はとても楽しいものになるに違いない。
実際、楽しい食事にするかしないかは
お客様であるあなたの次のアクションの
起こし方次第でもある。
ボールはあなたに投げられたのです。

illustration = ポー・ワング

2005-05-12-THU


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