おいしい店とのつきあい方。
サカキシンイチロウの秘密のノート。



ピザを注文したらナイフフォークが並べられたのですが、
どうすればいいのですか?

ピザ‥‥!
面白いものでこの料理が日本に一番最初にやってきたとき、
それはアメリカを代表する料理としてでした。

今でこそ美味しいピザを売る店のシェフは、
イタリアのピッツェリアで修行した、
というようなことを売り物にしていますけれど、
昔、美味しいピザを食べに行くということは
アメリカからやってきたチェーンストアで食べる、
ということに他ならなかったのです。
そう、今からたった10年ほど前まで、
ピザを食べるということはそういうことでした。

手づかみで豪快に食べる
カジュアルなストリートフードとしてのピザ。

たいていが頑丈で、分厚くて、
具材がタップリ乗っかっている。

具材がタップリ乗っかっているのだけれど、
それ以上にクラストの部分が屈強にできているので、
手で持ち上げても決してヘタることなく、
テーブルに水平の状態を見事に保ってくれる、そんなピザ。

ビールやコーラを片手に、気軽につまんで
気持ち良くおなか一杯になるための料理ですネ。

あるいは、ソファの上に胡坐をかいて、
膝の上にピザのデリバリーボックスを置き
テレビを見ながら、あるいはみんなで
ワイワイガヤガヤしながら食べるための料理。

アメリカ人は手で食べる料理を美味しく作る天才でしょう。

ハンバーガー、フライドチキン、ホットドッグ、
そしてピザ。

どれも屋台で売られる代表的な料理であって、
レストランで食べるときには
ナイフやフォークが添えられることもあるけれど、
やっぱり手づかみでバクバクやるのが
美味しいように出来ています。

ナイフとフォークで食べるのはイタリアのピザ!
理由その1は、そのほうが食べやすいから。

それに比べて、後からやってきた
イタリア料理としてのピザ。

薄くてデリケートで、それはレストランで作られ
レストランで食べられるピザである、
という特徴を持っています。

客席から大きなピザ釜が見え、
運がよければその中に薪が放り込まれて
驚くほどの火の力でピザが放り込まれることを待っている。

‥‥ピザ投入。

灼熱の釜の中で一瞬にして出来上がるピザの表面は、
ソースとチーズが沸騰するかのような状態。

白いお皿に恭しく盛り付けられて、
テーブルに運ばれる十数歩の道中も
ピザの表面はフツフツ、沸騰し続ける状態で、
そしてそうしたピザには、
たいていナイフフォークが添えられる。

グツグツグツグツ。

知らずにつかんで口に運んでしまったら、
必ず、確実に口の中は大騒ぎです。

舌を焼きます。

上あごの粘膜がベロンとめくれて、
そこから先の料理の味を楽しむなんて
ちょっと無理な相談状態になっちゃいます。

そんなピザ、とり皿にとってナイフフォークで
「ちょうどいい温度になれ、ちょうどいい温度になれ‥‥」
といいながら一口分を切り取る。

折りたたんだり、丸めたりしてフォークで
扱いやすい形に整えてそれで口の中に放り込む。

程よい温度に冷めたからって、手で端をつまんで
持ち上げたりするとペロンと真ん中が折れ曲がって、
垂れ下がる。

しかも上に乗っかった美味しい部分がズルンと剥げて、
お皿にドバッと落ちたりする。

だからやっぱりナイフフォークを操って食べた方が、
キチンと楽しむことが出来るようになっているんですね。

美味しいものを美味しいままで、
しかも一番自然に食べられる方法を、
食べ手のお客様の気持ちを先回りして考えた結果としての
ナイフとフォーク。

というわけです。

理由その2は、そこがレストランだから、です。

でも実は、この食べやすさ以上に
イタリアンレストランのテーブルの上の
ナイフとフォークには大切な意味があります。

メッセージがあるんです。

それは、「どうぞ、この空間にふさわしい方法で
召し上がってくださいネ」というメッセージ。

どういうことか?

こういうことです。

ピザが美味しいレストランであっても
すべてのお客様が一斉にピザを食べるわけじゃない。

ある人は前菜を食べている。

あるテーブルではメインディッシュと格闘していて、
またあるテーブルではもうデザートに突入している、
ような光景。

それが普通のレストランでの食事風景。

そこでの基本はやはり、
ナイフとフォーク、あるいはスプーン。

手づかみというシーンはまずありえない。

みんなが背筋を伸ばして食事しているその場所で、
一テーブルの人だけが手づかみで
背中を丸めてピザを食べてる。

ちょっと違和感がありますね。

ピザを食べている本人は
そんな風には思わないかもしれないけれど、
客観的に見ればやっぱりそれは変でしょう。

逆説的に、こんな楽しみ方も!

逆にその場の雰囲気を考えた上で、
こんなイレギュラーな楽しみ方も出来ます。

あるイタリアンレストラン、ピザが美味しいで有名な、
小さいけれど情熱に溢れた若々しい店での話です。

ピザ釜、しかも薪を豪快にどんどん放り込んで
焼き上げる釜をお店の中の目立つ場所にドカンと置いた、
もしかしたら日本でも最初の店かもしれません。

だからほとんどの人がここにピザを食べに来ていました。

イタリアンレストランに来て
ついでにピザを食べるのじゃなく、
ピザを食べに来たついでに
イタリア料理も食べていこうか‥‥、
というような感じの使い勝手で、
そのピザと一緒に並ぶのはナイフフォークで、
みんなお行儀よく背筋を伸ばして
ピザを切っては口に運ぶ‥‥、を繰り返します。

ピザを食べているのに華やいだ雰囲気で、
どこかしらに緊張感が漂って、
なるほどレストランで食べると
ピザもこんなに素敵なおご馳走になるんだ、
と目からうろこが落ちるような店でした。

今でこそ物凄く有名になって
予約も取れないほどの繁盛振りで、
いつ行っても満席ですが、
でも出来たばかりの当時は忙しいとき、
暇のときの差が驚くほどに大きかった。

知る人ぞ知る店で、その知る人の分量が
それほどは大きくないわけですから、
やっぱり暇な日が出てしまう。

ボク達が訪れたそのときも、
たまたまそうした暇な日でした。

天使に見放されたような状態、とでも言えばいいのか、
つまりボク達以外のお客様がサッパリ来ない、
しかも予約も入っていない、そんな夜。

ボク達の会食の目的は、
高校時代の友達が集まって久しぶりにワイワイやろう、
というもので、メンバーといえば男ばかり。

店には悪いけれど、よかったこれで騒ぎやすいよネ、
と思っていた矢先です。

サービス担当の人がやってきて、
「ご友人の会食ですか?」
というようなことを聞き、
ボク達の予約の目的を確かめると、
厨房の中のオーナーシェフとなにやら相談を始めました。

しばらくして、ホールに出てくるとこう言いながら
作業を始めたのです。

「今日はお客様以外の予約がないものですから、
 少々趣向を変えて、
 プライベートパーティーモードで
 テーブルのセッティング、
 変えさせていただきましょう」

そしてテーブルクロスをはずして、
めいめいの手元に並べられたナイフフォークをどかすと
それを大き目のマグカップに突っ込んで
テーブルの真ん中に置く。

そして水でぬらして軽く絞ったナプキンを
バスケットにいれ、
ナイフフォークの代わりに手元に配ると、こう告げます。

「さあ、もう今日は楽しくやっちゃって下さい。
 ピザレストラン気分で!
 お飲み物は何にされます?
 まずビールからお初めになりますか?」

そう、道具にはヒントがあるんです。

テーブルクロスと手元のナイフフォークが無いだけで、
本当にそこはアメリカンスタイルの
ピザハウスのように見え、
みんなの気持ちは一挙に気軽に、
そして同窓会モードにストンと入ったのでした。

イタリアンレストランでビールを薦められるコトだって、
予想していなかっただけになおさらうれしく、
やっぱりピザにはビールだよネ、とかって言いながら
料理が来る前から盛り上がる。

「熱いですからやけどされませんよう‥‥」
と言いながら運ばれたピザを、
注意深く持ち上げしかめっ面でそっとかじると、
その美味しさに笑顔に変わってモグモグとなる。

みんな一様に手をベタベタにさせ、
汚れた指をしゃぶりながら会話は進み、
ピザのお代わりもどんどん進む。

汚れたテーブルはナプキンでふき取ればまっさらになり、
なんて楽しいんだろう、って、
もう僕らはその店のファンになりました。

ナイフフォーク一つでこんなに気持ちが変わるんだネ、
って思いながら。

逆にデリバリーのアメリカンスタイルのピザを
一切れづつお皿にのせて、
ナイフフォークをつけてご覧なさい。

途端に気分はホームパーティーだし、
ビールやコカコーラじゃなくてワインを抜いてみたくなる。
いつもの食卓に思わずテーブルクロスを
敷きたくなるかもしれない。

その料理をどのような気持ちで食べてほしいのか?

今、この瞬間をどのような雰囲気で楽しんでほしいのか?

それを的確に察知する方法の一つが
それを食べるために用意された「道具」の中にある、
と思って間違いありません。

シーザーサラダのプレートの横に添えられたナイフ。

熱々の小龍包についてやってきた小さなレンゲ。

箸、スプーン、などなどなどなど。

あなたに何かヒントを上げたくて
仕方なくてうずうずしている道具達。

感じてあげて下さいネ。

illustration = ポー・ワング

2005-01-20-THU


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