おいしい店とのつきあい方。
サカキシンイチロウの秘密のノート。



お店に行ってメニューを開いたら
同行者のメニューには値段があるのに
ワタシのメニューには値段が書かれていませんでした。
そんな時、どう注文すればいいのでしょうか?

「値段のないメニュー」なんてものが
世の中には、あるのです。

接待客がほとんどであるような高級店や、
伝統的にこだわる店では
「接待される側用の値段の付いていないメニュー」
が用意されます。
そんなメニューを渡されたらどうすればいいのでしょう。
あるいは、そんなメニューを同伴者が手にしてしまった
ホスト役としてのあなたは、
一体、どうすればいいのでしょうか?

昔、大切なお客様を接待する、というのは一大事でした。
そのころのボクは、
今のようにおなじみのお店をもっているワケではない、
ただの若造です。
お客様をおもてなしする、なんて経験も
それほどあるわけでなく、
したがってまずお店をとりあえず下見することから
スタートする、というようなことを繰り返していました。
老舗中の老舗のような店を選んでしまうのは、
職業柄、あまりほめられたことじゃない。
だから話題の店が中心です。
海外の名店が初めて日本に進出した、
というような店を見つけては、
接待に使うにふさわしいのか、
実際に使うとすればどうすればいいのか、
というようなことを一生懸命勉強していたわけです。
当然、一人で行くわけにもいかず、
たいていがボクのアシスタントをしてくれていた
女性のスタッフと一緒に出かけていました。

ある日のことです。
足が取られそうなフカフカした絨毯に出迎えられて、
テーブルにつきメニューを開きました。
なかなかの品揃え、そして何よりなかなかのお値段でした。
そして手渡されたメニューを見た瞬間、
彼女はこう言いました。
「ワタシ、値段の付いてないメニュー、初めて見ました」
高級な店にはお客様用の値段のついていない
メニューがある、ということを聞いてはいたけれど、
実物を見たのはボクもそのときが初めてでした。
しばらくメニューを眺めていた彼女がこういいます。
「値段をみないでメニューを選ぶのって、
 凄く難しいと思います」
確かにそう。
写真があるわけでなくサンプルを見るでなく、
商品の名前と簡単な説明書きだけで、
自分が食べるべきものを選ぶ、というのは非常に難しい。

メニューを開いて、よし美味しいものを食べてやろう、
と意気込んだとき、知らず知らずに
一番高い料理の名前と説明書きを入念に読んでいること、
ありませんか?
あまり高いものだけじゃなんだから、
二番目に高いもの辺りが無難なのかな、
と思ったりすることって、ありませんか?
料理を注文する際に、
イマジネーションを駆使するのは大切なことです。
イマジネーションを膨らませ、
その想像力を正しい方向に向けるための
的確なヒントを収拾する能力、
その大小が楽しい食事を成功させるかどうかの重要な鍵、
と言ってもいいでしょう。
そしてそのイマジネーションのヒントの一つが
価格である、ということもまぎれも無い事実なのです。

彼女があまりに悩むものだから、
「悩んでないで、食べたいものを幾つか挙げてごらんヨ」
と言いました。
で、彼女が上げた幾つかの料理、
なんとそれぞれが目を剥くような高額商品で、
「お前が頼むモノってそろいも揃って高いんだよな」
とぼやくと、
「だって贅沢そうな名前してますもん、どれもこれも」と。
しばらく悩むとウェイターを呼んでこういいました。
「すいません、ワタシにも値段の載ったメニュー、
 いただけませんか。
 ワタシ達、別に恋人でもなんでもないですから」

「値段のないメニュー」への対処法は?

値段を見ずに注文するのは非常に難しい。
値段を気にせずお好きなものを、
というおもてなし側の心遣いを、
ただただ自然に受け入れるだけの無邪気さ、
というのはよほどの信頼関係か、
あるいはそうしたもてなしに慣れている
よほどの社会的余裕か、
どちらかがなくては発揮されないもの。

いくつかの注意点を考えてみましょう。

まず、そうした幸運にして
厄介なメニューを受け取ったら、
さりげなくそのことを相手に伝えましょう。
あのときのボクのパートナーのように、
「値段のついていないメニューを初めて見ました‥‥、
 ありがとう」
という具合でかまいません。
あるいは
「まるで謎解きゲームみたいで楽しいですネ、
 値段が無いと料理の名前が
 ストレートに飛び込んでくるような気がしますよネ」
なんて、ちょっとおめかし気味の言葉を
メッセージにするのもよいでしょう。
ワタシのメニューには価格が記載されていないんです。
もし高いものばっかり頼んでも、
不可抗力、悪意じゃないんですからネ、とまず断っておく。
言われた方はこう答えましょう。
「心置きなく、なんでも召し上がってくださいネ」と。
覚悟を決めて。
言われた方も覚悟を決めて‥‥。

間違っても、
「ねぇ、上から三番目の料理、高いの?
 五番目のとどっちが高いの?」
なんて無粋なことは聞かぬこと。
あるいは、例えば彼女が頼んだ
「フォアグラのテリーヌ、
 赤座海老のブレゼとキャビアを添えて」
なる前菜の値段にビックリして、
「それも美味しそうだけれど、
 一番下に書いてある本日のサラダもいいんじゃない?」
なんて、間抜けなことをビクビクしながら言わぬこと。
値段が気になって仕方ないのであれば、
値段入りの普通のメニューと
交換してもらえばすむことです。
お客様があまりに窮屈そうで、
料理を決めかねているようであれば、
「普通のメニューを用意してもらいましょうか?」
とたずねて、交換してもらうのもよい方法でしょう。
「すいません、あまり堅苦しい宴席じゃなくて、
 気軽な会食のようなものだから、
 普通のメニューをみなさんにお配りいただけませんか?」
というようなリクエストの仕方が出来れば最高でしょう。
お客様も救われますし、なにより今晩の会食が
とてもカジュアルで会話の弾む楽しいものになることが
保証されるような予感が、瞬間、漂います。
気がきいています。

最後に、もしも接待する立場であるあなたに
値段の入っていないメニューが手渡されたら?
お勘定書きが相手のところに置かれぬよう、
運を天にまかす、あるいはさっとテーブルを立ち、
その勘違いをお店の人に伝えるようにしなきゃいけません。
そして「ホストとして、堂々と見えなかった自分」を
ひそかに思い返して反省しましょう。
二度と同じ失敗を繰り返さないように、です。

illustration = ポー・ワング

2004-10-28
-THU

BACK
戻る