おいしい店とのつきあい方。
サカキシンイチロウの秘密のノート。



デザートの時のスプーンって
なんであんなに大きいんですか?

食事があらかた終わります。
お店の人が、
「それではデザートの用意をさせていただきます」
と言いながら、テーブルの上を一旦、きれいに片づける。
お皿にナイフフォークを乗せて片づけて、
パン屑を丁寧にふき取って、
それからおもむろにデザート用のシルバーを並べ始める。
あなたの横にそっと置かれたの大きなスプーン。
‥‥、まるでカレーライスをこれから食べるみたいな
大きなスプーン。
やってきたのはアイスクリーム。
お皿の上にくるんと丸まるようにころがっていて、
季節のフルーツのコンポートなんかと
一緒に盛りつけられた、でもアイスクリーム。

アイスクリームを食べるんだったら、
もっと小さなスプーンの方がいいのになぁ。
そっちの方が口を大きくあけなくてもいいし、
一口分、おしゃれにきれいにすくい上げることも
出来るだろうし。
なんでこんなに大きなスプーンを持って来るんだろう。
小さなスプーンの用意がないんだろうか?
それとも多分、フランス人の大きな口に合わせて
こんな大きなスプーンを出すことに
決まってるんだろうか‥‥、どうなんだろう。
それにしても不親切。
なんで私達、女性のことを考えてくれないんだろう‥‥!
というようなことを思ったことはありませんか?

そう、なぜレストランのデザートを
食べるときのスプーンは
あんなに大きいスプーンなんでしょう?
それも高級で本格的といわれる
レストランであればあるほど、
頑なにスプーンは大きい。
なんで‥‥でしょう。

大きなデザートスプーンは
どうぞ最後まで背筋を伸ばして楽しんでネ、
のメッセージです。

家でアイスクリームを食べるとき、
ほとんどは一人前分のカップに入った
アイスクリームをそのまま食べるのではないかと思います。
まあとても気軽なおやつです。
必要になるのはスプーンだけし、
汚れてしまって後片付けしなきゃいけない食器も
スプーンだけ。
ますます気軽なおやつです。
用意すべきスプーンのサイズは、というと当然、
コーヒーカップの横に添えるくらいの大きさの
小さなスプーン。
口を大きく開かなくても大丈夫だし、
アイスクリームのカップにも
これならジャストサイズでしょう。

ここでちょっとお洒落をしてみましょうか。
お皿を一枚、持ってきます。
分厚くて大きくて、お客様をおもてなしするとき用の
とっておきのディナープレート。
その真ん中に小さなクロスを置いて、
上にアイスクリームのカップを乗せる。
おやまああれあれ、
ただ買ってきたばかりのアイスクリームが、
おもてなし用のデザートのように見えるから不思議です。
はてさてこのアイスクリーム、どうやって食べるでしょう。
まさかお皿を手に持って
食べるわけにはいかないでしょうから、
カップをテーブルに置いたまま
スプーンにのっけて口まで運ぶ。
すると何度かに一度は口に到達するまでの間に
こぼれてしまう。
あるいは溶けてしまったアイスクリームが、
まさにクリーム状になって膝の上に垂れを作る。
甘やかで幸せなアイスクリームが、
瞬時にして危険な凶器になっちゃうんです。

大きめのスプーンに替えてみましょう。
カレーを食べるときくらいの大きさのスプーンで結構、
それですくって食べると、
途中でこぼしてしまう可能性は
何百分の一程度にまで激減する。

カップで食べるアイスクリームは、
カップを手に持って食べるでしょう。
だからスプーンがカップと口の間を
行ったり来たりする移動距離はとても短い。
お皿に盛った途端に、
食器と口は目眩がしそうなほどに遠くなり、
だから安全に口に運べる道具を必要とする。
それが大きなスプーンだ、ということになるんです。

だからレストランの食後に、
大ぶりのスプーンが並べられてたらこう思いましょう。
それは、
「どうぞ最後まで背筋を伸ばして、
 エレガントにデザートを楽しんでくださいネ」
というお店の人からのメッセージなんだ、って。

レストランのデザートを作り上げるのは
ほかならぬ「あなた」なのです。

もっともシェフが大きなスプーンで
デザートを食べてもらいたい理由が、
その方が安全にしかも優雅に
食事をしていただけるから、だけではありません。
「より美味しくデザートを楽しんでもらう」
ためには小さなスプーンより
大きなスプーンの方が適しているから、
という理由もあるんです。

冷たくひえた大きなお皿に、
ヴァニラアイスクリームと木苺のソルベ、
桃のコンポートにキメ細やかなメレンゲを頂いた
シフォンケーキが少々。
砕いたナッツがパラパラと周りを飾り、
幾種類かのソースが絵を描くように流されている‥‥
ような一皿のデザートが目の前にあるとしましょう。
食べ方は自由です。
アイスクリームを全部食べてから
シフォンを平らげるも良し、
それぞれを一口づつ試してみながら
気に入ったものから征服してゆくのも良し、
その楽しみ方は完全にあなた任せです。
レストランのシェフが作る料理を食べる、ということは、
彼らが用意した物語の中の様々な謎を解読する作業だ、
とボクは思います。
だからある程度の知識と作法にのっとって
楽しませてもらうという姿勢が必要で、
食べ手であるワタシ達の自由は、
あくまで決まった筋書きの中での自由でしかないのですネ。
でもレストランのシェフが作るデザートを食べる、
ということは、彼らが用意した物語の素材を使いながら
あなた自身のストーリーを読み上げるということだ、
と思っています。
自由自在。
お気に召すまま。
天衣無縫。
これがデザートを楽しむ醍醐味で、
だからお皿の上に乗せられたものをどう組み合わせて、
あなたオリジナルの一品を作り上げることが出来るかに
挑戦しなくては、デザートを楽しむ特権を
放棄したのと同じことだ、と思うのです。

ピーチコンポートを少々と木苺のソルベを添えて、
最後にベリーソースをすくい取って口に運ぶ。
シフォンケーキを土台にして
その上にバニラアイスクリームを乗せ、
ついでにメレンゲをちょっとつけてみる。
スプーンの上で盛り合わせる。
つまりスプーンの中に
小さなあなただけのパフェを作るということになりますか。
素敵なデザートは人を無邪気にさせる‥‥、
と言いますけれど
無邪気の分量はスプーンの大きさに比例する、
と考えてもいいんじゃないかと思うのです。

さあ、大きなお皿を用意しましょう。
プリンとアイスクリーム、
量販店の本日の安売りの目玉商品であっても大いに結構。
前衛芸術家・ダリになったつもりで
それを盛ります、飾ります。
テーブルに運んで大きなスプーンで頂きましょう。
きっと背筋が伸びるはず。
きっと笑顔がこぼれるはずです。
まるでそこが素敵なレストランの
食後の景色に見えたりします。
アイスクリームと大きなスプーン、
ちょっとしたマジックでありますですネ。

illustration = ポー・ワング

2004-10-07
-THU

BACK
戻る