おいしい店とのつきあい方。
サカキシンイチロウの秘密のノート。



スマートな中座の仕方ってあるんでしょうか?


本格的にフランス料理を食べる、ということに
何が一番、必要になるか?

ボクは迷わず「気力と体力」と答えることにしています。

食事が一旦始まると、
それはえんえん二時間くらい続いて、
その間、ずっと椅子にお行儀良く
座ることが必要となる。

優雅に食事する凛々しい人たちは、
実は水の下で必死に足をバタバタ動かしている、
しかしあくまでエレガントな白鳥と一緒である、
と思うのです。

同じテーブルを囲む仲間は
運命共同体の乗組員のようなものです。

みんなが揃ってこそ楽しい食卓になるのですから、
途中で一人が船を降りるなんて、
あまり格好いいものじゃありません。

いささか失礼。

特にサービスしている人にとって、
一人欠けてしまったテーブルほど
厄介なものはありません。

基本的に同じテーブルの料理は
全員分を同時に運ぶ。
これが良いサービスの鉄則です。

厨房の中も同じテーブル分の料理を
一斉に仕上げよう、と必死に努力しています。
さあそろそろ持って行ける状態になるぞ‥‥、
というその段になって、そのテーブルに目を移すと、
おお、なんということでしょう、一人足りない。

ウェイターは厨房にこう言います。

「ごめんなさい、その料理、
 ちょっと待ってくれますか?」

シェフは途端にご機嫌斜めになっちゃいます。

トイレに行きたかっただけ。

あるいはマナーモードの携帯電話がブルブルなっただけ。

ちょっとした理由で
あなたがしばし持ち位置を離れただけの出来事なのに、
レストランの舞台裏には緊張が走ってしまう。

だから、「中座」には気をつけましょう。

中座するときは、かならずウエイターに一言。

まず中座するとき、テーブルを囲む仲間に一言、
許可をとらなくてはなりません。

これは当然。

ついでお店の人を呼びます。

アイコンタクトでも、
あるいは人差し指をピンと立ててでもかまいません、
サービススタッフに来てもらいます。

そして中座したい旨を伝えて
椅子を引いてもらいましょう。

そうすればその人は厨房にこう報告することが出来る。
「あちらのテーブルのお客様、
 今、席を立たれていますので、
 調理の進行、しばらくとめて下さいネ。」

‥‥悪くありません。


中座するときにお店の人を呼んで
椅子を引いてもらうことのメリットはもう一つあります。

営業中のレストラン、テーブルの上は
優雅な時間が流れていますが、
それ以外の場所、厨房の中や通路は
まるで戦場のような忙しさ。

本来、人にはお見せできぬほどのドタバタ劇が
繰り広げられています。

でもそんなことを気づかれぬよう、悟られぬよう、
お店の人は精一杯の笑顔と
訓練された身のこなしでがんばっています。

そんな時、あなたが不用意に突然、椅子を引く。

‥‥どうなるでしょう。

料理を運んでいる人の進路を妨げる。

邪魔になる。

最悪、彼らと衝突をして
せっかくの一品を台無しにしてしまう。

‥‥ようなコトが起こっても不思議ではない。

だから、椅子はお店の人に引いてもらいましょう。

全員が煙草を吸いに外へ‥‥というのはホントはNG!

ロサンゼルスのとある名店、
ステーキが美味しいので有名な店での話です。

そもそもアメリカでは美味しいステーキに
葉巻やタバコは付き物でした。

牛肉の脂でベトベトになった口に
ほろ苦い煙が入ってくる。
なにやら嫌らしい脂っこさや、獣の匂いが
洗い流されるようにスッキリとする。

それにエスプレッソ。

男たちみんなが、まるでアル・カポネになったような
豪快な気持ちに浸れた、至福の瞬間であります。
かつてはステーキを平らげたあとの
葉巻の一服を楽しみに、
ステーキハウスを晩御飯の場所に選ぶという
シチュエーションもあったほどで、
ワインリストと同じぐらい厳選された
シガーリストがあるということは、すなわち
「男同士でココロおきなく旨いものを喰い、
 楽しんで帰ってください」というメッセージでした。

‥‥のですが、最近のアメリカは
喫煙に対して非常に厳しい。

食事中は当然のこと、食事が終わってからも
紫の煙を吐き出す行為は
一切出来ないようになってしまいました。

その時、その店のそのテーブルを囲んだのは
8人ほどの男ばかりのグループでした。

その店のコンセプト的には非常に正しいグループです。
男同士が心置きなく旨いものを、というテーブルで、
分厚く巨大なステーキと
ボストンから飛んできたオマール海老と格闘をして、
そしてそろそろコーヒーだ、という段階で、
同志のはずの仲間が一人、席を立ちました。
そして立ったっきり戻ってこない。

戻ってこないのに次の一人がまた席を立つ。

‥‥、戻ってこない。

そしてまた一人、と次々、仲間が減ってゆき、
とうとう僕を含む二人を残して
そのテーブルは空っぽになりました。

どうしたことか、とウェイターに聞くと、
皆さん、表でタバコを吸ってらっしゃいますヨ‥‥、と。

案内されて出てみれば、店の玄関脇の軒下、
駐車場の前で、
みんなが仲良く一列になって煙を吐いていました。

もうそれは壮観な光景でした。

あきれる僕に、件のウェイターが近づいてきて、

「せっかくですからこちらで
 コーヒーをご用意しましょうか?」
と‥‥。

それも悪くないね、と言うと
背の高い小さなコーヒーテーブルを
幾つか外まで運んできて、
そこにコーヒーカップを人数分、ストンと置いて
コーヒーの入ったポットをポンっ。

タバコを吸わぬ僕も、表で煙にまみれてコーヒーを飲む、
というデカダンがなかなかに楽しくて、
まるで僕たちマフィアのようだね、
とはしゃいでしまいました。

‥‥楽しい思い出です。

といっても、みんながアル・カポネを
気取りたかったのか、というと
ただのニコチン禁断症状を我慢できなかったから、
なのであるけれど、
聞けば健康の国アメリカにも、
タバコを我慢できない人がたくさんいて、
こうしたサービスはとても喜ばれるんだそうです。

でも、テーブルをすっかり空っぽにしてしまうことは
マナー違反だ、ということをくれぐれもお忘れなく。
もちろんぼくらはその日、チップを弾みました。


普通の場合、テーブルを中座できるのは一人だけです。

中座した人も、残された人のことを考えて
速やかにテーブルに戻る努力をすること。
でないと、食い逃げか? と思われてしまうかもしれない。

冗談ですけど。

まあもしあなたが、食事が終わって
手を洗いに席を立った彼女を追いかけ、
人に隠れてどうしても告白したい何か大切なことがある、
というのであれば、つかの間、
テーブルを空っぽにすることも
決して悪いことではありません。

レストランはロマンスに最適な場所でもあるのですから。


illustration = ポー・ワング

2004-09-16
-THU

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