おいしい店とのつきあい方。
サカキシンイチロウの秘密のノート。




失礼じゃないキャンセルは、
どのようにすればいいのでしょうか?

まず予約のキャンセルはなるべくしない方が良い、
これが大原則です。

レストランのおもてなしは
予約した時点から始まっているのです。

レストランにおける予約とは、
単純にテーブルを確保する、
ということにとどまらない一大事です。
あなたが何気なく入れた
一週間後の金曜日のディナーの予約に対して、
レストランの人達は着々と準備を進めます。
献立を立てる。
それにあわせて食材を発注する。
場合によってはその日のスタッフの配属計画を立て直す。
テーブルの配置を考え、
どこにどのお客様に座っていただくかイメージする。
まだ見ぬあなたのために、これだけのことをし、
そして水曜日ごろから発注した食材の納品が始まります。
木曜日には大体の準備が完了し、そして当日、金曜日。
その日の予約状況に合わせた
最終のお出迎えの準備がなされます。
生鮮食材の仕入れであったり、
テーブルの位置を変えたりまでして、
あなたがやってくるのを待っています。

レストランのおもてなしは、
実は予約したその瞬間から始まっているのです。
しかも、お金を払わっているわけではないのに、
そのおもてなしは粛々として進行する。
それをキャンセルする、ということはつまり、
食い逃げに匹敵することになります。
だからなるべくしない方が良い。
するなら、早ければ早いほど良い、ということ。
肝に銘じましょう。
出来ることなら3日以上前。
遅くとも前日まで。
生鮮食品は当日の仕入れが原則です。
食材の仕入れが完了してしまったその日では、
もう手遅れなんだ、と思いましょう。

予約キャンセルを悪事に使う同業者。

中野に小さな寿司屋があります。
ご主人一人がきりもりをする、たった6席ほどの、
本当に小さな店なのですが、
若いのに確実な仕事をするというのが評判で、
開業早々、予約がなかなか取りづらいので有名な
評判の店となりました。
‥‥安くはないです。
座って寿司をつまんでひとり3万円ほどでしょうか?
それでもこの店の寿司でなくては‥‥、
というお客様がどんどん増えて、
だからますます予約を通すのが難しくなる。

その店で実はこんな出来事がありました。
月曜日定休で平日は夜だけの営業。
日曜日だけ昼間の営業をします。
その代わり夜はお休み。
従って日曜の午後2時の店じまいから
翌週火曜日の仕入れを始める明け方まで、
ほぼ30時間の休養がとれる、ということで、
日曜の昼の寿司はなかなかに元気で粋で良い。
瀕死の白鳥が最後の力を振り絞って踊る舞のようで
(‥‥ってそれってどんな寿司なんだろう?
 と書いた自分も思いますが)、
それはそれは素晴らしい。
そんな寿司を楽しみたいから、と
貸し切りの予約が入りました。
とびきりの寿司をお願いしますネ、
というリクエストにご主人は
とびきりのネタを仕入れて待っていた。
その日の12時。‥‥お客様は現れない。
10分、20分と待っても音沙汰なく、
予約の時に頂いた番号に電話をかけると、
使われていません、の機械音。
‥‥やられた、と思いました。
嫌がらせでしょう。
新進で評判のお店に対する同業者の嫌がらせ。

そうした嫌がらせの被害にあって一人前、
と業界ではよく言われます。
俺も一人前になったんだ、と思おうとしても
さすがにガックリ来た、と言います。
座って一人3万円で6人前の仕入れと言えば、
どのくらいになると思います?
10万円近くです。
しかも日曜日の昼が終われば火曜日の夜まで
寿司を握ろうにも握ることが出来ぬ店。
従って、みすみすこの10万円近くの食材を
捨ててしまわなくてはならないのですから。
ここまで計画的で良くできた嫌がらせを仕組んだ、
見ず知らずの人に感心すると同時に、
負けてたまるか、とも思ったと言います。
ご主人、10万円分のネタを切り刻み、
炊いたばかりのシャリとあわせてちらし寿司にし、
それをなじみのお客様に配って回りました。
5人の人にただで配って、
その代わりにこのエピソードを聞いて貰って
ストレスを晴らしたのです。

大変だなぁ、とちらし寿司を貰ったお人好しのお客様は、
そのハナシをその日のうちに友人にして、
一人が平均5人の人にこう言いました。

「中野のまじめな寿司屋がこんなに苦労しているよ。
 きっぷのいいご主人だから、
 ひいきにしてやってヨね」‥‥と。
その5人がまた数人の友人にこのハナシをし、
そしてまたその友人が‥‥、の繰り返しで、
数日のうちにこの店のこのエピソードは、
都市伝説の勢いを得て広がりました。
そしてますます予約が取りづらい名店となったのでした。

ハッピーエンドで終わった非常に幸せで
しかし、まれなキャンセルエピソードです。
大抵のキャンセルは悪質ないやがらせ、
としてハナシを終える。
キャンセルした側に対した悪意はなくとも、
お店にとっては深刻な問題となるのです。
だから不幸な知らせはなるべく早い機会に伝えましょう。

キャンセルの電話はこんなふうに。

「すいません、10分後の予約なんですが、
急にいけなくなっちゃいました。‥‥ごめんなさい」
そんな電話に対しても
お店の人は丁寧にこう答えるでしょう。
「そうですか。残念ですが、
 またのご予約をお待ち申し上げております!」
でもこの答えの本質は実はこうです。

「そうですか‥‥。
 また食材を無駄にして
 残念なことをしてしまいました。
 しかも2組も予約、断っちゃったんですよネ、
 あなたの予約のせいで。
 だからお店のスタッフ一堂、もう二度と、
 あなたが予約してくれないことを願っております。
 さようなら」
声にならぬ悲痛な叫び。
レストランの人にとってキャンセルは
本当に悲しい出来事なのです。

だから、キャンセルするときには
お店の人のショックを和らげる工夫もわすれずに。
まずいけなくなった理由を簡潔に。
出来れば、代わりの日程を用意して。

「今回は仕事のスケジュールが変更になって
 行けなくなったのですが、
 次の週の同じく金曜日で
 予約をまたとって頂けませんか?」
あなたのお店がワタシにとって
必要なくなったワケではない。
あくまでワタシの都合が
悪くなってしまっただけなんですヨ、
ということを教えてくれれば、
お店は人はどれだけ救われることでしょう。

そして最後に、予約のキャンセルは予約をした人がする。
‥‥最低限のエチケットです。


illustration = ポー・ワング

2004-08-12
-THU

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