おいしい店とのつきあい方。
サカキシンイチロウの秘密のノート。




ここでレストランの経営数値のハナシを
もう一度しましょう。
一般的なレストランは原料費と人件費を30%づつ。
それに雑費が13%、
家賃や設備投資の回収費用として20%、
結果、利益が7%くらい。でしたネ。

これらの原価のほとんどは、
もっともっとたくさん儲けようと、
お店の人が節約してしまうと、
お店のレベルが下がってしまう。
原料費をけちるとそれなりの料理しかできませんし、
人件費を少なくするとサービスが行き届かなくなる。
テーブルが傾きそうなほど老朽化してしまった店なのに、
改装もしないでいたら、
当然、楽しい食ができる環境ではなくなります。

お客様に迷惑をかけないで、
節約できる原価はないのでしょうか?
‥‥あります。
ヒントは雑費の中です。

宣伝上手な店は、おもてなし下手!

私達は飲食店の雑費のことを
「諸経費」と呼んだりします。
「諸」経費というぐらいですから、
いろんな種類の原価が含まれます。
なかには節約したくないものもあれば、
出来ることならば使いたくないものまで、いろいろです。

例えば「水道光熱費」。
節約したくない経費の代表格です。
照度を落としてムードを出して
テーブルごとに置かれたキャンドルの明かりで食事する
フランス料理の店は素敵でしょうけれど、
電気代を払えなくて止められてしまった照明の代わりに
ロウソクを頼りに食事せざるをえない定食屋、
なんてイヤでしょう?
真冬にガス代を払ってないがために、
コートを着込んで震えながら
サラダをつつかなくちゃならない
イタリアンレストランなんて哀しいでしょう?

例えば「備品購入費」。
柄がとれそうなナイフフォークで
どうやってエレガントに食事しろ、と言うんでしょう。

例えば「消耗品費」。
爪楊枝下さい、と頼んでも、
そんなもの置いてません、って言われたら
泣きながら飛び出したくなっちゃうでしょう?

例えば「リネン費」。
前のお客様が汚したテーブルクロス、
見たくもないでしょう?

例えば「広告宣伝費」‥‥。
ん?
これは使っても使わなくても、
お客様である僕たちに、直接、関係があるわけじゃない。
お馴染みのお客様で十分に流行っている店であれば、
ことさら使う必要があるワケじゃなく、
だからできることならば節約したい経費。
そう、それが広告宣伝費です。

世の中には派手な宣伝を次々とする店がありますね。
チラシを新聞に折り込んだり、
駅前で店名入りのティッシュペーパーを
いつも配っていたり。宣伝上手というのでしょう。
いつかは行ってみたいな、と思わせる機会は増えるけれど、
そういう店に限って実際に行くと大抵、後悔をします。
大量に宣伝費を使うということは、
その予算をどこかから捻出しないといけない、
ということで、それは大概、
原料費か人件費が削られる、ということを意味するのです。

宣伝上手な店は、おもてなし下手。

素晴らしいお店というのは、自ら宣伝をしなくても
「口コミ」でお客様を集めることが出来ます。
お店のことを宣伝してくれる
いいお客様に巡り会った店は非常にしあわせだ、
と言うことも出来るのです。
だから、今日行った店が凄く良かったと思ったら、
みんなに言いふらしましょう。
良い店を発見した幸せなお客様の義務と思って、
みんなに言いふらしましょう。
「行ってごらんヨ、すごく楽しい店だから!」って。
ボクは最低でも5人の友達に教えることを
自ら義務づけているくらいです。

教えたくない? いいえ、
ぜひ教えてあげてください!

ニューヨークにミートパッキングエリアという
地区があります。
ここは、以前は街の人が気軽に足を向ける
場所ではありませんでした。
昼でも殺伐とした雰囲気で、
まして夜になると普通の人は
絶対に寄りつくような場所ではありませんでした。

しかしそう言う場所は家賃が安い。
しかも、ここにある食肉の卸し市場に
肉を仕入れに来るシェフ達が集まる場所でもあって、
だからここでレストランを開業したら
流行るに違いない、と思った情熱的な経営者がいました。
今から10年ほど前、
彼はフレンチをベースにした
ビストロをオープンさせました。

フレンドリーなサービス、
新鮮な食材と的確な調理方法で作られる情熱的な料理。
瞬く間に噂が広まり、口コミで人が集まり、
いつのまにか、予約が取れないことで有名な
レストランの一つとなったのです。

そんな評判をききつけ、
ボクがそこを訪れたときのコトです。
噂に違わず素晴らしい状態で、
ボクはとても楽しく食事をすませました。
店長らしき人がやってきて、どうだった?
と聞くものだから、
「素晴らしかったですよ!」と正直に答えました。
そしたら彼はこう言いました。
「そう思ったら、あなたの友達に
 この店のことを宣伝して下さいヨ」って。
そしてこうも続けました。

「昔、この界隈は本当に怖くて
 人が集まらない場所でした。
 でも、うちが出来てから
 少なくとも10軒のレストランが出来たんです。
 そのどの店もが素晴らしい。
 情熱的で一生懸命でね。
 他にもまだまだたくさんの
 レストラン向けの物件があるし、
 どんどん新しい店が出来れば
 この街ももっともっとにぎやかになります。
 にぎやかになれば
 レストラン以外の店も出来るだろうし、
 この地域の評価そのものも変わって来るでしょう。
 そうなれば、僕らも嬉しい。
 だから、この場所をもっとたくさんの人に
 知って貰うためにも、どんどん友達に紹介して!
 今晩、素晴らしいレストランで食事をしたヨ、
 って言って下さい!」

今、ミートパッキングエリアは
ニューヨークでももっともおしゃれで
注目を集める地区の一つになっています。
人が集まる場所になると、夜の治安も良くなるし、
当然、昼間だって楽しめる街になります。
街が生まれ変わった、ということです。
それもこれも、彼のようなチャレンジ精神旺盛で、
一生懸命なレストランの人達がいたから。
そして彼らの努力を素直に認め、
それを「言いふらした」人がいたからでしょう。

幸せなレストランにはこんな力があるんですネ。
人を変え、街を変える。
幸せな人がどんどん増える。
シアワセがシアワセを作る、ということでしょうか。

だから、言いふらそうよ。
いいお店にであったならば。

そのお店に不満でも、
悪口を言いふらすのはよくないよ。

ところで、お店の悪いところを
吹聴するような人は駄目ですネ。
確かにひどいお店もあります。
二度と行くもんか、と思う店もあるのだけれど、
それはたまたまボクが行ったその日の
その時の状態が悪かったのかもしれないし、
あるいは単純に個人的な好き嫌いが産んだ
偏見かもしれない。
そんな程度のことで、
お店の人を傷つけるのはイヤだから、
特定のお店に対する悪い印象は
静かに心の中に閉じこめておきましょう。

「こんどあの店に行こうと思うのだけれど、どう?」
と聞かれたらはじめて
「ボクはあまいりいいとは思わなかったヨ」
と答えればいいんです。
「たしかにおいしいけれど、
 料理が出てくるのに時間がものすごくかかったから、
 連れの人とたっぷりハナシが出来るように
 話題を仕入れていった方がいいと思うヨ」とか、
「全体的にわるくないんだけど、
 メインディッシュはパッとしなかったな。
 だから前菜をたっぷり食べて
 メインは二人で一個くらいにしておいた方が
 いいかもしれないネ」とか、
これから行こうとしている人達の
「防衛策的アドバイス」を加えてあげると
より親切なんじゃないのかな?

レストランが好きで仕方ない人が一人でも多くなれば、
その気持ちに応えて素敵なレストランがどんどん増えます。
だから、レストランが嫌いで仕方ない人を増やす行為は、
慎みましょう。
だって私達だって誰かから悪口を言われていると思ったら
なんだか無性に悲しくなるでしょう?
同じコト。

さてそろそろ楽しいお店との付き合い方の
総まとめをする段階までたどり着きました。
次回は、「マイアドレスブック」というお話です。

illustration = ポー・ワング

2004-06-17-THU

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