おいしい店とのつきあい方。
サカキシンイチロウの秘密のノート。



そうそう、すっかり忘れていました、チーズの存在。

フランス料理とかイタリア料理とか、
高級なレストランに行くと
食事が終わって次はデザートという直前に
「チーズでもいかがですか?」
と、聞かれることがあります。

ごはんは終わったはずなのになんでチーズ?

食事がもう「終わり」だなんて
ちょっとさびしくないですか?

あなたのテーブルには
ワインがまだ残っていたりします。

あるいは、今までの楽しかった時間が名残惜しくて、
その余韻を楽しみたくなることもあります。

でも、「デザート下さい!」
と言った途端に、テーブルはあわただしくなりますよネ。
レストランの部の営業が終わって、
これからはカフェの部の営業が始まる、
と言わんばかりの忙しさでテーブルをキレイにし、
それまでの空間がリセットされますよネ。

急いでいるときはそれもいいでしょう。

ここに至るまでの一時間と少々が
忘れてしまいたいくらいに絶望的だった時は、
早く片付けてさっさとデザートを出して頂戴、
というコトにもなるでしょう。

でも素晴らしく楽しい食事であったとしたら?

テーブルの上に散らかっているパン屑すらもイトオシイ。
取り分けした時にチョッとこぼしたソースの染みが、
テーブルクロスを彩る美しい模様のように感じてしまう。

もう少し、今晩の思い出を語り合いましょうヨ。

そして運良く、ワインもあるし。

と、そんな時、チーズです。

「チーズ、どんなものがありますか?
 すこしいただいてみたいんですが‥‥」
そんなふうにあなたが言ったとしたら、
お店の人はこう思います。

ああ、今日の食事をこの人たちは堪能してくれた。
喜んでくれたんだ。

そしてすみやかにチーズのワゴン、
あるいはトレーが運ばれてくるでしょう。
恭しくも麗々しく、チーズがあなたの前にやってきます。

でもなぜ「チーズ」なんでしょう???

ところでなぜほかの食べものではなく
「チーズ」なんでしょう?

ちょっとハナシの寄り道をしますネ。

エアラインに乗ると、それぞれの国の
「贅沢な食事」に対する考え方が良く分かります。

ビジネスクラス以上を利用すると、
食事は大抵、コース仕立てになっています。
そのコースのどの部分に力を入れるか、
それがお国柄となって現れるのです。

例えばアメリカ系のエアラインは
文句無くキャビアに気合が入っています。
パンケーキを添えますか? トーストですか?
ゆで卵は乗せますか?
乗せるとするなら白身だけですか?
それとも黄身も一緒に?
玉葱は? それともスカリオン?
サワークリームはどうましょう?
──としつこいくらいの質問を経て、
皿てんこ盛りのキャビアがふるまわれます。

当然、食事の始めにです。

これだけでお腹一杯になっちゃうくらいのキャビア、
イコール「豪勢な振る舞い」なんですネ。
つまりアメリカ人にとって贅沢な食事は
「パーティーフーズ」であって、
だからシャンペンとキャビア。
コレが無くては豪華な食事は始まらないんです。

イギリス系のエアライン、
特に彼の地のナショナルフラッグを利用すると、
紅茶を頼まなくちゃ損、と言う具合になりますネ。
アールグレーをミルクティーで、
と頼んだりすると、
無愛想を絵に描いたようなパーサーが
笑顔を作り、背筋を伸ばして注いでくれます。
「ミルクは先でしょうか?、それとも後に?」
とか言いながら。
ついでにスコーンにクロテッドクリームかなんかを
頼んだりしたら、
キスしてくれんがばかりの喜びようで飛んできます。

イタリア系は紅茶じゃなくてエスプレッソ、
カプチーノに気合いを入れる。

そしてフランス系は絶対にチーズなんです。

只でさえタップリ重たい料理を食べて、
デザートはいいからもう寝ようかな、と思って
シートの背を倒すと、
チーズのワゴンが鼻先を直撃します。
強烈な匂いです。
これを食べるまでは眠らせるものか、
と言わんばかりの暴力的なもてなしをしてくれます。
周りの乗客は──と見まわしてみると、
みんな食べています。
大きめの皿に、十種類はあろうかというチーズの
殆ど全種類を切ってもらって
スライスブレッドに乗っけてムシャムシャ食べています。

多分、それ一皿だけでお腹は十分に一杯になるだろう。
何よりフルマラソンも可能なくらいの
栄養が採れるだろう。
というような具合に真剣に食べています。

それがフランスなんですネ。

「食後を大切にする」という姿勢。
何より満腹になることが食事の目的ではないのだ、
少なくとも自分にとっては、という
主張の一つだと思うんです。
デザートとチーズには、そんな意味が
込められているのでした。

ところで日本系は何でしょう?
炊きたてご飯?
あるいはラーメンとかうどんとかを
美味しくするとお客様が喜ぶと言います。
つくづく日本人って、強欲さにかける、
と思ったりします。

あなたがチーズを頼むということは
店の人にはどんな意味があるでしょう。

さて、チーズ。
食後にチーズを、といっても、無理をして、
沢山貰う必要はないと思います。

例えば
「テーブルに一皿、
 それも一口ずつくらいの分量、
 いただけませんか?」
と頼んでみましょう。
それでも決して失礼じゃない、と思います。

正直に「おなか一杯なものですから」と言い訳しながら、
それでも何故、チーズを頼んだほうがいいのかというと、
チーズはお店の人と親密になるための道具、
そう考えてみたらいいと思います。

だいたいチーズの時間になると、
レストランのホールは
落ち着きを取り戻し始めるものです。

サービス係の人たちはそろそろお皿を下げる、
あるいはお客様がお帰りになる準備をすることくらいしか
仕事がなくなって、
手持ち無沙汰な状態になり始めます。

そんな時、チーズを頼む。

持ってきてくれたトレー一杯のチーズを、
これはどんな味、これはどんな匂い、
今までお飲みだったワインに
ぴったりのを選ぶとしたらこれ、
と説明を聞きながら選んでいく。

忙しいときにサービスや説明をおねだりするのは、
迷惑とは言わないまでも粋な行為じゃありません。

でも比較的、作業の分量が減っている時に
おねだりされるサービスは、
お店の人にとっても楽しく、ありがたく、
自分の腕の見せ所を作ってくれてありがとう、
ということになるんですネ。

そのときに交わされる会話は
別にチーズのことに限ったことじゃありません。

今日の食事の間で思ったいろんな疑問、
あるいは感想をこれを機会にぶつけてみましょう。

「あのお魚の焼き加減は素晴らしかった。
 ビックリしました。」

「普通のお野菜がどうしたら
 あんなに美味しいサラダになるんですか?」

「今日以外のお料理で、シェフの自慢のお料理って
 どんなのがあるんですか?」

などなど、どんな些細で、
初心者的なことでもかまわないから、
お店の人に質問をしてみましょう。

いいお店なら、どんな質問にも
とても丁寧に答えてくれるはずです。
このタイミングでなら。

運がよければ、料理の質問に対して
シェフが厨房から出てきて、
直接、答えてくれるかもしれない。
何より一番この時間で暇になっているのは
シェフのはずですから。

だからチーズ。

頼んでみましょう。

「食後酒はいかがですか?」

‥‥そう聞かれたら、
よし、ワタシもかなりのレストラン通に
思われたに違いないぞ、と、
内心、ムフフと思いつつ、
さて実際に食後酒まで手を出すかどうかは懐具合と、
肝臓の状態に相談しながら、ということに致しましょう。


次回は、お会計と領収書のお話です。

illustration = ポー・ワング

2004-05-20-THU

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