おいしい店とのつきあい方。
サカキシンイチロウの秘密のノート。


そうして料理が平らげられました。
ソースの最後の一滴まできれいにパンでぬぐい取って、
まるで洗った後かのような平らげられ方もあれば、
残念ながら期待通りでなかった料理の残骸が
恨めしそうに残っている程度の
平らげられ方もあったりします。

人それぞれの、そのときどきの
さまざまな平らげられ方があるわけで、
だからサービススタッフは大変です。
どのテーブルのお皿を下げるべきで、
どのテーブルはまだ暫く放っておいていいのかどうか、
一目でそれを判断することは絶望的に難しいから。

だからお客様である私達の方から、
そろそろ次の準備に進んで下さい‥‥、
という意志表示をしてあげなくちゃいけません。
でないと、次の料理が出てこない!
出てこないばかりか、
次の料理を作って下さいというキューを
サービススタッフが厨房に向かって
出すことも出来ないんですネ。
食事が永遠に終わらない、
とんでもない悲劇があなたの身を襲うのです。

食べ終わったのか、食べているのか、
ちゃんと意思表示をしましょう。

若い女性ばかりの、
とてもくつろいだテーブルによくある例です。

7割方の料理は片づいている。
ただメインの料理から付け合わせの野菜まで
すべての料理がまんべんなく残っていて、
それが「食べ終わっている」のか、
「食べ続けるために食べ残している」のか、
判断に苦しむ状態。
それでも料理を口元に運ぶ手がパタリと止まったから、
もう終わりにしたのかなぁ、と思っていると、
肉を一欠片切って、思い出したように口に運ぶ。

──ああ、まだ終わってなかったんだ。

で、また暫く手が止まる。

今度こそ終わったんだ、と思ったら
フォークで付け合わせの野菜の位置を幾つか変えて‥‥。
と、やっぱり終わったのか
そうじゃないかもわからない。

そして数十分。

その中の一人が手を上げてこういいます。

「すいません、次の料理はまだですかぁ?」

料理の後かたづけをするおねだりをするのには、
‥‥どうすればいいでしょう?

マナーブックを開くとこう書いてあります。

「ナイフフォークを揃えて並べれば
 その料理が食べ終わった目印です」

ウーン。わかりやすくはありますが、
すべての料理がナイフフォークとともに
提供されるとは限らない、ですよネ。
ましてや、スープを少々残して終わりにしたい時。
パスタをずいぶん残して、
それでも終わりにしてしまいたい時。

どうすればいいのでしょう?

あなたのすべきことは、まず、
ホールでサービスをしている人を探すことです。
自分のテーブルに目を向けてくれたスタッフを
首尾良く見つけたら、目と目を合わせて、
ニコッと笑顔を投げかけてみましょう。
ほほえみながら、「ごちそうさま」と
声に出さずに口だけ動かして見せるのもいいでしょう。

──ああ、あのテーブルは今の料理が終わったんだ。
  片づけなくちゃ。

ということでその人が飛んできます。

決して大声で
「すいませーん、ここのお皿を片づけて下さぁーいっ」
なんて言わないこと。

レストランという親密だけれども
パブリックな空間において、
声と笑い声と香水は適量こそが肝要、
とボクは思っています。
レストラン中に香水の匂いを充満させる女性が、
自己中心的で気配りに欠ける、
つまりエレガンスの正反対にいるように思えるのと
同じように、
大声で従業員を呼びつけたり、
店中に響きわたるようなバカ笑いをするようなお客様は
エレガントじゃありません。
声も笑いも香水も、
自分たちの周辺を満たす程度にとどめておきましょう。
だから「片づけて下さい」という意志表示は、
「笑顔」を合図に。

お皿を下げる瞬間は、
ウェイターとの会話のチャンス!

そして、お皿をあわただしく、
あるいは優雅に下げてくれるその人に、一言かけましょう。
「美味しかったです」とか「素晴らしい一品でした」とか、
その時の素直な感想を付け加えると非常によろしい。
コンサートで一曲終わった後に拍手をするでしょう?
あれと一緒。
次の料理も期待していますからネ、
というアピールです。

料理を片づけるこのタイミング、
実はいろんなことをサービススタッフから聞き出したり、
あるいはお客様である私達のわがままを聞いて貰う、
素晴らしいチャンスでもあります。

例えば、思ったより一皿の分量が多いのだけど、
果たして私達が頼んだものは多すぎるんじゃないだろうか?
あるいはその逆で、このままじゃ足りなくて
お腹一杯にならないんじゃないかしら?
そうした一抹の不安をぶつけて、
答えて貰うチャンスです。
疑問があったら、サービススタッフがお皿を片づける、
この時がベストタイミングですね。

「とても美味しかったのですが、
 思ったよりタップリで最後までたどり着けるのかなぁ、
 ってちょっと心配になりました」

──そうですか? それなら次のお料理を
  お試しになった後、
  どうされるか聞きに参りましょう。

とか、

「本当に上品で、これほど繊細な料理ならば
 二人前は軽くいけちゃいそうですネ?」

──いやいや、このお料理は特別に
  少量になっておりまして、
  次のお料理からはガツンと来ますヨ‥‥、
  楽しみにしておいて下さいネ。

そうやってお互いの情報交換をしながら、
完璧な満足に向かって行く、
ある時は方向転換の、そしてある時は現状維持の
舵取りをする。
だからこの後かたづけの瞬間は大切にしましょう。

でも、やりとりは簡潔に、ネ。

ただ、注意しなくてはならないことが一つ。
それはウェイターを独り占めしないことです。
お店の人と話が出来る。
自分の好みをわかってもらえる。
お店のいろんな貴重な情報を教えてもらえる‥‥、
そうした得難い、
だからこそレストランで食事することの
醍醐味の一つでもあるこの特権を、
ただ一人で行使して、
サービススタッフと延々、話し続けたり
拘束したりして、
他のテーブルへのサービスの妨げをしてしまうのは
“粋”じゃない。

だからやりとりは簡潔に。

簡潔ではあるけれど強烈に自分を印象づけて、
最良の情報を手に入れましょう。

会話術の基本の基本が試される時かもしれませんネ。

ところで。
料理が片づけられて、次の料理がやってくるまでの間、
寂しくなりますネ、‥‥テーブルの上。
それまで僕たちの食卓を飾り立ててくれていた
お料理はなくなっちゃいました。
とても寂しい。
ここで、会話の出番です。

料理がテーブルの上にある時、テーブルの華は料理です。
その時、会話はなりを潜めてしまう。
口は美味しい料理を放り込むためにあるのであって、
会話するためにあるわけじゃない。
口を出るのはため息と、言葉にならない感嘆の声と、
会話の体をなさない感想のやりとりだけで、
そんな時に会話の花を咲かせているようじゃぁ、
料理はどんどん冷めるし、
お店の人からは冷たい目で見られるし、
ろくなことはありません。

でも料理が一旦、テーブルから姿を消したら会話の出番!
‥‥という具合です。
では、次のお料理が出てくるまで、
ひととき、レストランの経営の話をしてみましょうか。
次回は、「客単価」というお話です。

illustration = ポー・ワング

2004-04-08-THU

BACK
戻る