おいしい店とのつきあい方。
サカキシンイチロウの秘密のノート。



こんにちは、サカキシンイチロウです。
ディナーの予約をするとき、
食事の開始時間を何時にすればいいんでしょう?
深く考えすぎなくてけっこう。
答えは単純、あなたがおなかがすいていて
目的のレストランに遅れず到着できる、
考える限り早い時刻で…、ということになります。

ただ。
予約に際して、ボクはちょっとした
テクニックを使うようにしています。
今日は、そのお話をしますネ。

「7時ちょうど」の落とし穴。

「7時ちょうどでお願いします」
ボクは、けっしてそういう言い方はしません。
じゃあ、どう言うかと言うと、こうです。
「7時10分前後になるんじゃないでしょうか?」
あるいは、
「7時15分過ぎ、
 でも7時半は越えないように参りますから…」
という具合なんです。

なぜ、こんなふうに
「ちょっとあいまい」にするんでしょう?
それはまず、「印象的なお客様」になるためです。
そんなへんてこりんな時間をワザワザ指定するなんて…、
と、電話をとったスタッフには、それだけで記憶に残ります。

でも、ただそれだけではありません。
そうすることによる実利もしっかりあるんです。

大体ほとんどの人は
「○○時ちょうど」とか
「何時半ぐらいに」というような予約をします。
でもこれが思わぬ不都合をお店に与えることがあるんです。

例えば週末の7時、なんてのは
沢山のお客様が真っ先に思い浮かべる時間です。
べつにほんとうに
7時ちょうどじゃなくちゃいけない人なんて
そんなにいないと思うんです。
でもなぜか不用意に口に出してしまう時間なんです。
つまり、夜7時は予約のラッシュアワーです。
下手をすると、その晩に利用する
ほとんどすべてのお客様が
「7時ちょうど」の予約かもしれません。
店に行ってみたら入り口に
何十人ものお客様が並んでいて、
案内係の従業員はてんやわんやの大騒ぎ…、
になっていたりすることが
あるかもしれないんです。

でも、まあそんなことが
滅多に起こらないのは、
7時ちょうどと言いながら早く来るお客様がいたり、
遅れがちの人がいたりと、
偶然がもたらす幸せな時間差によって
多くのお客様が鉢合わせしないように
なっているからでしょうネ。
でも偶然は偶然であって、
絶対にてんやわんやが起こることがないのか?
というとそんな保証はどこにもありません。


「7時15分ならあいています」
その意味はいったい‥‥???

あるリゾートホテルでの経験です。
南洋のとあるへんぴな島の
とびきり辺鄙な場所にあるこのホテルでは、
余程のことがない限りホテル内のレストランで
食事をすることになっています。
ホテルの外で、ということになると
車で小一時間ほどかけて
町まで出なくちゃいけなくなる、
そんな場所にあるから仕方ないんです。

ボクは、チェックイン早々に
そのレストランに向かいました。
広い庭の一番端。
太平洋に突き出るようにしつらえられた店で、
その晩の予約をしよう、と思ったわけです。
レセプションに近づくと凛々しい系のオトコの子が
微笑みかけてきます。
May I help you?という感じの笑顔でウェルカム…ですネ。

「今晩の7時なんですが、
 4名でお願いできないでしょうか?」

彼はレセプションブックを眺めて、
申し訳ないが7時の予約は
もう一杯になっている、と言います。
ああ、当日のことだから仕方ないよな…と思いつつ、
ならば何時があいているの? と聞きました。
多分、7時が一杯なら5時とか9時とか、
晩御飯を食べるには少々不適切な時間しか
あいてないんだろうな…、と思いながら。
すると彼はこともなげにこう言ったんです。

「7時前後でしたら7時15分、
 7時30分があいてます。
 7時以前だと6時15分があいてますけど、
 それじゃあ早すぎるでしょう?」と。
 
7時は駄目だけど7時15分ならOKと言う意味が、
その時、にわかには理解できずに、
でもそれなら7時15分でお願いしよう…、
ということになったのです。

そしてその日、太陽がそろりそろりと
西側に傾き始める7時10分に僕達は部屋を出て、
そろりそろりとレストランの方に向かって歩みをとりました。

レストランに近づきます。
エントランスには昼間と違った女性が一人。
名前を告げようと近づく僕達をみるやいなや、
「ミスターサカキ、お待ちしておりました」。

びっくりしちゃいました。
初めてのホテルの始めてのレストランで、
誰も僕の顔を知っているわけでないのに
レセプションの女の子は僕の顔を見るなり確信を持って
「ミスターサカキ」とそう言ったんですから。
思いがけないサービスをされた時、
人は本当に素直に感動するものですネ。
ボクは非常に感動をしました。
でも感動はすぐに大きな不思議に変わりました。

「そう、サカキです」と答えながら、
ボクはその時の不思議の気持ちを
彼女に素直に打ち明けました。

「どうしてあなたは僕のことが
 ミスターサカキだとわかったの?」

彼女はレセプションブックを僕に見せ、
そのからくりをこう説明しました。

「わたし達は15分毎に二組のお客様しか
 予約を取らないようにしております。
 今日の7時15分には、
 ミスターサカキとミスターゴールドマンが
 それぞれ予約をしていただいており、
 ミスターサカキはどう見ても
 ミスターゴールドマンにはお見受けできないので、
 だから私は自信をもってあなたのことを
 ミスターサカキとお呼びしたのです。
 間違ってはおりませんでしたでしょう?
 …私の推察は」

うーん、お見事!
彼らが7時ちょうどの予約は一杯だ、
と言った意味がその時わかりました。
彼らにとって7時ちょうどの
「客席」は空いていたけど、
7時ちょうど分の「サービス」は一杯だったんだネ。
彼らはすべてのお客様を
すばらしい状態でお出迎えしたかった。
だからボクは7時じゃなくて
7時15分に店を訪ねる必要があったわけです。

しかも、すばらしい状態は、
決してお出迎えだけじゃなかったんですよ。
料理の注文をとるタイミング。
料理を提供するタイミング。
ワインを抜くタイミング。
それらすべてが待たせ過ぎることも無く、
すばらしい状態で、それならたくさんの従業員が
万全の体制で働いていたか…、
と言うとそんなこともなく、
でもドタバタ慌てふためく様子もなく、
非常に快適に僕達は1時間半ほどの食事を楽しみました。
二組づつが15分おきにやってきて、
1時間半かけて徐々に満席になったその店のサービスは、
つまりありとあらゆる時間帯で
二組づつ分で十分なわけだから、
なるほど、これは理にかなったシステムなんだな…、
と感心もしました。

同じ時間に律儀に押しかける。
同じ時間に一生懸命注文を押し付ける。
結果、厨房の中はてんやわんやの大騒ぎで、
なんだかせわしないだけだったネ…、
ということにならないように、
予約時刻の設定は一ひねりをしましょう。

夕方の忙しい時間帯を避けて、
8時半くらいを選んで予約してくれるお客様。
あるいは忙しさが始まる前の
開店時間の20分後くらいを選んで来てくれるお客様。
昼は1時以降を必ず選んでくれるお客様。
どれも素敵なお客様です。

ところであなたは誰と一緒に食事しよう…
と考えているのでしょうか?
その人にはどういう店で食事するつもりなのだ、
と正しく伝えることができているのでしょうか?
そしてその人とはどこで待ち合わせて
その店に向かうのでしょう?
次回はそんなお話。「お店に行く準備」です。


illustration = ポー・ワング

2003-08-07-THU

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