「ほぼ日」には、まいにちたくさんのメールが届きます。
みんなで読んで、
「この感想はうれしいなぁ」とか、
「なるほどこういうご意見も」とか、
「このばかばかしさは素晴らしい!」なーんて、
しょっちゅう、よろこんだり、びっくりしたりしています。

「これ、乗組員だけで読んでるのはもったいないよねぇ」
というようなお便りは、
ときどきここでご紹介していきますね!

今日のダーリン「夢に手足を。」(3)

 

こんにちは。です。

1月27日(水)、28日(木)の「今日のダーリン」、
「夢に手足を。」を読んで、
さらに読者からの反響メールを読んで、
まだまだ感想メールが届き続けています。

前回、前々回に続き、
こんかいもその二日間の「今日のダーリン」を掲載し、
続けてみなさんからのメールをご紹介します。


・「ほぼ日」って、なにをしている会社なんですか。
 そう言われたときの、なにかいい答え方を考えていた。
 ずっと考えていた。あえて言えば17年以上。
 それをことばで言えたほうがいいだろうとは思っていた。

 「Only is not Lonely」が、
 「ほぼ日」をスタートさせたときのことばだ。
 なにをしている会社なのかは言ってないけれど、
 そういう思いで、インターネットの新聞をはじめた。
 しばらくして、必要にあわせてとりあえず、
 「ゴキゲンを創造する中くらいのメディア」と記した。
 まったくまちがっていないし、十分とも言えることばだ
 ‥‥ただ、おもしろくない。
 陰影がないというか、寸法が合いすぎている。
 いつまでも「ゴキゲンを創造する中くらいのメディア」
 なのか、というと、そういうことでもないように思う。
 だから、いつしか、このことばは前に出されなくなった。

 やがて、「やさしく、つよく、おもしろく」
 というぼくらの姿勢を言うことばができた。
 あくまでも、やさしく、つよく、おもしろく、
 という順でないといけない。
 人格はやさしくで、お役に立つにはつよくが必要で、
 価値を生み稼ぐにはおもしろくなくてはならない。
 この姿勢を表すことばは、しばらく使っているけれど、
 なかなか朽ちないので、このままいけそうだと思う。
 しかし、これでは「なにをやる会社なの?」
 という質問に答えられてはいない。
 
 あんまりぴったりのことばがあったら、
 それは、きっと鋳型として役に立つとは思うのだ。
 おそらく流通や保存には便利になるだろうけれど、
 もっとやわらかな、じぶんの頭をつかう余地のある
 そういう「うちは、こういう会社です」がほしかった。
 ない答えを探しているような気持ちで、十数年経った。
 そして、昨日、これだと思う答えが見つかった。
 夢に手足を。
 これが、ほぼ日刊イトイ新聞をつくっている
 株式会社東京糸井重里事務所のやることです。 
 
今日も、「ほぼ日」に来てくれてありがとうございます。
社内の人たちに話すことを、先にここで文字に書きました。

 (2016年1月27日「今日のダーリン」より)



・昨日のこの場所で、
 株式会社東京糸井重里事務所が
 どういうことを考えて、
 どういうことをしていく会社なのか、
 やっとことばになったということをお知らせしました。
 そしたら、ずいぶん反響がありました。
 唐突に生まれたことばに、
 たくさんの拍手をもらったようで、
 とても、うれしかったです。
 
 実は、あのことばには、もう少し続きがありました。
 たった五文字のことばの、余韻のように書いたものです。
 社内で配ったその続きについても、
 ここでお分けしておこうと思いました。 
 
夢に手足を。

 夢には翼しかついていない。
 足をつけて、
 歩き出させよう。
 手をつけて、
 なにかをこしらえたり、
 つなぎあったりさせよう。
 やがて、目が見開き、
 耳が音を聞きはじめ、
 口は話したり歌ったりしはじめる。

 夢においしいものを食べさせよう。
 いろんなものを見せたり、
 たくさんのことばや歌を聞かせよう。
 そして、森を駆けたり、
 海を泳いだりもさせてやろう。

 夢は、ぼくたちの姿に似てくるだろう。
 そして、ぼくらは、夢に似ていく。
 夢に手足を。
 そして、手足には夢を。

・手足を持てぬままの夢は消えていくし、
 夢を持てぬままの手足は、切ないです。

今日も、「ほぼ日」に来てくれてありがとうございます。
感想をください。みんなが、とても読みたがっています。

 (2016年1月28日「今日のダーリン」より)



メールアイコン 私は昔から運がいいとよく言われます。
でもそれは私の夢に
手足をつけてくれた人がいたからだと
糸井さんの言葉で気付かされました。

生まれつきの難病を持っている私は、
電動車椅子に乗るほど重度で、
自分で服さえ着れません。

それなのに、出会う人出会う人が、
私に動く手足をつけてくれ、
小学校も中学校も高校も、そして大学も
自分にとっていい方向へ叶いました。

出来るはずのない就職も叶えることができ、
3年が限界と思っていた仕事も
もう8年目を迎えつつあります。

最初から前例のある環境なんて、
学校でも会社でも存在したことはなく、
それなのに、道を開くために、私の夢のために、
たくさんの人が私の手足を強く付けてくれました。

決して人一倍強いわけではありませんし、
くよくよしますし、まだまだ未熟ですが、
夢を叶えてくれた人のために、
今夢を叶えようと必死になっている人のために、
これから何を返していけるかを
考えて生きていきたいと思います。

そんなことを考える機会をいただき、
ありがとうございます。

(まゆこう 29歳)



メールアイコン 夢に手足を。
いいですね。わかりやすくて。

今年45歳になる私は、
夢というほどかっこよくないですが、
去年の初めにやりたいことリストを作りました
(もちろんほぼ日手帳に)。

〇〇に行きたい、ばっかりですが、
書いたことで去年はかなり実現しました。
何年も、下手したら10年以上
思い焦がれていた場所に、いくつも行けました。

きっかけは2つあって、一つは一昨年の11月に
知人が49歳の若さで突然死したこと。
もう一つはウィンブルドンに行かれた
ちょうさんのコンテンツでした。

手足、つけてもらってます。

(小鳥)



メールアイコン デザインの仕事をしており、
仕事とは別に自身のアート作品も作っています。
デザインの仕事は人からいい評価をもらって
ナンボの部分もあります。
好き嫌いもありますし、
ある意味正解がない分野です。

何年も続けてきましたが、途中から、
評価=自分の価値みたいに思ってしまい、
評価されることが嫌になってしまい、
しんどくなったと同時に仕事も減っていきました。
自分で作るアート作品も
人の評価を気にするあまり、
作るのが嫌になっていたこともあります。

私はデザインの仕事は好きでしたし、
アート作品の展覧会を開きたいという
夢を持ちながらも、人の目を気にするあまり、
自分で翼どころか手足をもぎ取っていたのだなと
思いました。
それは自分に対して、
とても残念で悲しいことです。

この糸井さんの文章を読んで、
今は認められなくても自分だけは
自分の夢に手足をつけてあげよう、
逃げていないで本気を出そうと
心の底からムクムクと力が湧いてきました。

(オヤジみかん)



メールアイコン 20代後半のある時、
思いがけずひとつの夢を持ちました。
その夢を叶えるためにと、
勤めていた会社を辞めて、
新しい生き方へと舵を切りました。

それまで必死になって手にしてきた
大切な人達との関係や
安定した生活を犠牲にした事で、
誰かの言う「退路を断つ」選択をしたと
思った自分は、夢の実現へ
着実に近づいていると思っていました。

それから数年。
その間に、退路を断ったはずの僕は結局、
それでも逃げ道をつくって逃げたし、
気がつけば夢はどこかに消え去って。

それまでも何かとうまくいかない事ばかり
だったけど、
「大切なものを失ってでも行動に移す」という
リスクをとった(気になっていた)今回こそは、
やれるんじゃないかと思っていました。

今にして思えば、
糸井さんが以前おっしゃっていた
「どうやって?」を考えたうえでの行動が
抜け落ちていた、
手足をつけないまま翼だけで浮かべた夢でした。

いま、あたらしい夢が僕の中にいます。
性懲りもなく‥‥と思うけれども、
どうしようもなくはっきりといるんです。
でも、また飛ばすのはこわいから、
自分の中に隠したままで。

自分の身の丈には到底見合わないような
大きくてぴかぴかに光っている翼を持った
その夢を前に、
以前の失敗を思い出してしまっていました。

そんな時、糸井さんが置いた、
「夢に手足を。」。
何がいけなかったのか、
いまから何をするべきなのか。
その事に気づくきっかけの言葉でした。

手足を与えてあげること。
飛んで行ってしまうことを抑えるためではなく、
助走をつけて高く飛ぶための手と足。
それをつくるのは、その子を生み出した僕。

もう一度、やってみます。

(FIN.)



メールアイコン 私はずっと、表に出て
みんなを引っ張っていく役割よりも、
誰かを支えて背中を押してあげる、
そんな人になりたいと思っていたし、
その役割のほうが自分には合っていると思って
今まで生きてきました。

でも、そんな自分に引け目も感じていました。
サポート役というのは、結局は傍観者にすぎず、
人生のプレイヤーになり切れていないのではないか
という不安がありました。

「今日のダーリン」を読んで、
そんな私の背中をおしてもらえたような
気がしました。
夢には手足が必要なら、
その手足を一緒に育てていく人も
必要とされているはず。
もしかしたら私みたいな人も、
夢を育てる人として
自分の人生の真ん中を
生きていけるのかもしれない、そう思いました。

たぶん、私は何かを一から創り出すことは
得意ではありません。
それよりも誰かが見た夢を
一緒に形にしていくことのほうが好きで、
そこに生きがいを感じます。

これも一つの夢なのかなあ?
いろんな人の夢をどんどん膨らませて、
形にして現実にしていく。
自分が見始めた夢じゃないけど、
そこに手足をつけて、歩けるように
支えて育てることを仕事にしたいです。

最近、将来やってみたいと思える職業を
見つけました。
それも誰かの想い描いた夢を形にして、
世の中に送り出していく仕事です。
夢をはじめにみた人は自分じゃないけれど
その夢の熱さにこたえて、
一緒に走っていく仕事だと思っています。

激務、そして競争率が高いとは聞いていますが、
挑戦してみたくなりました。
その気持ちは、今日のダーリンを読んで
強いものになりました。

誰かの夢を一緒に育ててその夢の先を見てみたい。
夢を育てるプロになりたい。
今日からまた、がんばっていきます。

(ゆうきゃん)



メールアイコン 最近ずっと、ほぼ日の記事を
更新された順に眺めています。

私は一浪して、地方の小さな大学を出て、
今年社会人5年目の女性です。

ほぼ日のインタビューは
なんでこんなに面白いんだろう、そう思いながら、
明日の更新を楽しみに昼食を取ります。

面白いと思うと同時に、
「インタビューされる人はみんな私と違って、
 すごい人ばっかりだなぁ」と、
ずっと思っていました。

バルミューダの社長さんのお話も、
ソテツに水を上げ続けた彼も、
毎日毎日日々の業務で精一杯な私とは全然違う、
なんて眩しいんだ。
そう思っていました。
焦りのような、憧れのような、
私なんてどうせ、という
いじけたような気持ちを抱いていました。

けれど、夢に手足を。の記事を読み、
少し前のほぼ日手帳の一言、

“「いつできる」は約束できないけれど、
 「いまはじめる」は、「いまできること」だし、
 「夢」とやらを「できること」に千切って、
 「できる順番」にやっていくことなら
 できそうです。”

が、1本の線で繋がりました。

私が眩しいなぁと思っていた人たちは、
出来ることを順番に並べて、
手足を与えていった人たちで、
私は夢だけぽっかり空に浮かべて、
あんな高いところに届かないと
嘆いていただけでした。

私も、できることを順番に並べて、
手足や羽を与えていこうと思います。

(東京都 / 27歳 / 鯨)



メールアイコン 僕がほぼ日に出会ったのは
そんなに昔のことではなくて、
あれは確か1年ほど前、
NHKのswitchインタビューという番組で、
糸井さんと中井貴一さんが対談しているのを
みてからです。

あの番組で糸井さんがおっしゃっていた、
夢の話がすごく僕の中で重みのあるもので、
もっとこの人の言葉を聞きたいと思ったのが、
ほぼ日を読み始めたきっかけです。

僕はあの番組で中井さんが
おっしゃっていたような、
夢を持てない若者です。

僕は今21歳なのですが、今考えてみると、
物心ついた時から
「将来こうしたい、ああなりたい」
というものがありませんでした。

特に目標も夢もなく、
気づいたら成人していました。

僕の周りには
夢を持った人たちがたくさんいます。
彼ら、彼女らは、恐らく夢に向かって
着々と歩んでいます。
そしてそういう姿は、僕の不安を煽ります。

僕は多分、夢という実体のないものを
追いかける勇気と、覚悟がないのだと思います。

夢というのは語るのは簡単で、
実現するのは難しく、深追いすると怪我をする、
叶えば信じられないほどの幸福感を与えてくれる、
ある意味劇薬のような物だと思います。

あの番組で糸井さんがおっしゃっていた、
夢は小さいほどいいという言葉は、
夢を恐れている僕にとってはとても重要でした。
とりあえず自分の目の前にある時間を
本気で過ごそうと。
大きな夢は未だに持てないけれど、
小さな目標を積み上げていこうと。
それでいいじゃないかと。
とても気持ちが楽になりました。

先日の「夢に手足を」という言葉。
これにも小さな夢と同じように、
僕にある種の安心感を与えてくれました。
なんというか、とても近い物が
この2つにはあると思います。
実体のない夢という物に手足が生えて、
地面を踏みしめて、障害をかき分けて。

手足が生えている夢は、
実現できるかもしれないという希望を
与えてくれます。何より、強さを感じます。

(K)



メールアイコン 私は自ら志望した職種に就いています。
はたからみれば夢を叶えた人なのかな?
と思います。

新卒で入社して、
仕事というもの自体が未知でしたし、
決まった正解が無い仕事なので
どのように折り合いをつけて
向き合えばいいのかがわからず、
とりあえず全力で取り組もう!
全力でぶつかれば何かが見えるはずだ!
と時間も感性も、精神力も体力も捧げてきました。

そんな私のTwitterの下書きには

終わらせたいでも手放せない
楽しくないでも頑張る
もう無理
でも失いたくない

がいっぱいです。

継続は力なりなんて言うけど
こんな生活に意味はあるのか?
力になる前に死んでいく物がたくさんあるのに
それは大切ではないのか?
この辛さは本当に
辿り着きたい場所に繋がっているの?
本当に私の人生の使い方はこれでいいのか?

もちろん毎日こんな負の感情ばかり
感じているわけではありません。
好きだから頑張れます。
でもふとした時に襲ってくるのです。

最近少し信じられるようになったのは、
どうなろうとこの日々は無駄じゃないこと。
おかげで人として成長できたと思いますし、
こんな風に情熱を注げる物に出会えたことを
ラッキーだなと思います。

私にとっての夢は、
きらきら素敵! なものだけではないけれど、
『夢に手足を』を読んで、
それも含めて私を構成してくれている
大切な一部なのかもと思い至りました。
なんだか急に夢が愛おしく思えてきました。

(こだま)



ありがとうございました。
夢が、いったん叶ってしまえば
あとはずっと夢のなか‥‥ではないということも
考えさせられました。

みなさんのご感想も、ぜひお送りください。

2016-02-04-THU

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乗組員みんなで読んでいます。
これからもご意見、ご感想をお寄せください。
アクセスの数字の後ろに「人」の姿が見えると、
乗組員一同、なによりの励みになるのです。

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