「また会おう」岩田聡さんへ(3)

 

先週の岩田聡さんの訃報以来、
読者のみなさんから「ほぼ日」へ届き続ける
メールをご紹介しています(1回め2回め)。

多くの方が、なぜ面識のない自分がこんなに悲しいのか、
考え、語られています。
そのことばがまさに、岩田聡さんという存在が
どういうものかを、表し続けているようように感じます。

では、前回再掲載した
7月14日の「今日のダーリン」につづき、
7月15日の「今日のダーリン」を再掲載し、
みなさんのメールをご紹介します。

・「じぶんのことは、なんでも後回しにして、
 ずっといつも、だれかの助けになろうとしていた」と、
 そういう人は、ほんとうにいるわけです。

 その人が、「ほんとうにやりたいことをやってごらん」
 と言われたら、なにをするんだろうね、
 と、本人と話したことがあります。
 「なんだろうなぁ」と、本人はにやにやしました。
 そして「たぶん、その、だれかの助けになることを、
 したいんじゃないでしょうかねぇ」と言いました。
 ぼくも、「そうなんだろうねぇ」と納得しました。
 「だって、それ以上に
 じぶんが一所懸命にやれてうれしいことって、
 ないんじゃないかと思うんですよね」
 うちの犬のボールを拾っては投げてやりながら、
 いつものような会話が続いていました。 
 ぼくが京都の家にいるときには、
 かならずこんな時間が流れていました。

 目の前に問題が置かれると解決したくなる病。
 ぼくは、そう言ってからかっていたのですが、
 だれかの助けになって「よかった」と思われるのが、
 とにかくいちばんの大好物だったのです。
 ちなみに、なるべく気づかれないようにしていたけれど、
 嫌いなものはたったひとつで、漬け物でした。

 目の前に解決されたい問題があると、
 ついついなんとかしたくなるという病の人は、
 目の前にお菓子があると、なくなるまで食べます。
 これも問題解決の病気だね、と、おもしろがって、
 うちの会社にきたときには、わざと、
 目の前にお菓子を山積みするようなわるい人もいました。

 急に遠くへ行ってしまったご本人の顔を見ながら、
 ぼくは「だめじゃんっ」と言ってしまいました。
 でも、しばらくして、心からそれを謝りました。
 彼は、じぶんの体内にある病という問題にだって、
 なんとか解決しようとしていたに決まってますから。
 お医者さんたちや家族や会社の助けになることを、
 ほんとうに一所懸命にやったはずなのですよね。
 そんなに一所懸命にやった人に、なんにも言えません。

今日も、「ほぼ日」に来てくれてありがとうございます。
そう、今日は、遊んでもらってた犬の誕生日でもあるんだ。

 (2015年7月15日「今日のダーリン」より)



メールアイコン わたしは、会いたい有名な人は?
と言う問いに
「岩田聡さん」と答えていました。

その願いを叶えるため、
8年前に任天堂の株主になりました。
株主総会にはじめていった時は、
社長にあえる嬉しさで手が震えました。
どんな有名な人に会えるとしても
そんな気持ちになることはありません。
岩田社長はわたしにとって
そういう存在でした。

8年間、株主総会には毎回出席しました。
昨年、社長が病気で
はじめて株主総会を欠席しました。
わたしの父も似たような病気でした。
社長は神様みたいな存在でしたので、
病気だと聞き、
おなじ人間なんだと思いました。

今年の株主総会にもいきました。
社長は出席していました。
お話しの中に、
「わたしも人間ですから、
 命もいつか尽きます」
という言葉がでてきました。
深くは考えませんでしたが、
すこし気になりました。
そんな言葉は命と向き合った時に
出てくる言葉だからです。

あと、社長は話のつなぎに決して
「ええと、、」「あのー、、」とかいう
つなぎ言葉を使うことはなかったのですが、
今年の株主総会では
何度か使っていたのも気になりました。
勝手な推測ですが、
きっと身体がつらかったんだろうとおもいます。
そんな中、しっかり前を向き、
しっかりとした口調で
株主の人たちの質問に答える社長の姿と声が
忘れられません。
私たち株主を本当に大切に思ってくれてるのが
伝わってきました。

社長からするとわたしは見ず知らずの人です。
見ず知らずの人でもこんなに悲しむんです。
それはすごいことだと思います。

昨年、父も亡くなり、
悲しい別れが続いていますが、
生きてれば色々ある。当たり前なんてない。
と自分に言い聞かせ、
毎日を楽しく過ごしています。
それが、生きるってことなんだと。

岩田社長にまたそれを教えられた気がします。
生きてる限り、
岩田社長のファンでいつづけます。

(S)



メールアイコン 私は30代前半で、物心つくころには
家にファミコンがありました。
ゲームの進化とともに育ってきた世代です。
ゲームはずっと大好きですが、
大人になってやはり子供時代ほどには
遊ぶ時間が確保できません。

そんな私でも必ず毎日遊びに行く
「どうぶつの森」。
コンテンツ「とびだせ どうぶつの森は、
なんでたのしいんだろ?」のなかで
6年半「おいでよ どうぶつの森」を
遊び続けたりかさんに
「ああ、ありがたいです。」
「ほんとうにうれしいですね。」と
おっしゃった岩田さん。
人の喜ぶことが大好きな、
優しいお人柄が伝わってくるようで
私まで嬉しくなったんです。
「私もずっと遊んでるよ!」と伝えたら、
同じように喜んでくださったでしょうか?

新しいハードを開発中だったんですってね。
楽しみです。
岩田さんが愛したゲームと、ほぼ日を、
わたしはきっとこの先も
大好きでいると思います。

そういえば、と思って、
昨日3DSのMii広場に行きました。
すれ違ったたくさんの人たちの中に、
ご本人とそっくりにニコニコした
岩田さんのスペシャルMiiがいました。

きっと今もニコニコと、
ご家族や親しかった方たちを
見守っているんだろうな。
旅立った先では、
少しはゆっくりできるでしょうか。
どうか、安らかに。心よりお祈りしています。

(モガティ)



メールアイコン 僕は就活生です。

就活のあり方に納得がいかず
はたらくとはどういうことか、
調べるうちに
ほぼ日の岩田さんの記事を読み、
こんな考え方の社長がいるんだ!と
とても勇気づけられました。

好きなゲームをつくっている人が
やっぱりすごくすてきな人だとわかって
うれしくなったのです。

だからびっくりしてとても悲しいです。
何も知らないけれど
もっと居てほしかったと思います。

(ナル)



メールアイコン どちらかというと、
ゲーム業界の岩田さんではなく、
私にとっては、経営者としての
岩田さんのニュースに接してきたほうが
多いと思います。

糸井さんの今日のダーリンが、毎日、
切なすぎて、毎日、もらい泣きしています。

私は8名の小さな会社をやっていますが、
ある社員が、土曜日の夜、
辞めたいとメールをしてきました。
心の病がある人で、これまで、お休みしつつ、
がんばってきましたが、
糸がプッツンと切れてしまったようでした。

そのメールを前に、悶々とした週末を過ごし、
月曜日に岩田さんの訃報に接しました。
そして、「星空の下の仕事観」を拝見しました。

こういう話を、辞めたいと言ってきた社員に
してきてあげればよかったと思いました。
でも、「バカもん!」と言い合える関係が
作れなかったのも事実で、
自分の未熟さを痛感しています。

でも、ここではないどこかで、
また頑張れるように、「星空の下の仕事観」を
読んでもらいたいと思います。
彼女を送り出すのに、ふさわしいプレゼントが
見つかったと思います。
岩田さん、ありがとうございます。

(とうろこ@東京46歳)



メールアイコン 岩田社長の訃報、
あまりにも突然で、驚いて、悲しくて‥‥。

でも、ゲームが好きな友達と話しながら、
ほぼ日のコンテンツを読みながら、
「また会おう」岩田聡さんへを読みながら、
こうして人と分かち合うことができるのって
幸せだなあと思ったりしました。

私はいてもたってもいられなくて
スーパーファミコンで
久しぶりに「MOTHER2」を遊んでます。
もう内容は暗記してるくらいなのですが
改めてここが好きだった、ここも好きだったと
ひとつひとつ味わっているところです。

ただ、
「ふじさんのみえるソフトハウス
 HALけんきゅうじょ」の
らくがきを見て、涙が出たのは初めてでした。

引き続き、冒険をしながら
岩田社長と、糸井さんと、乗組員のみなさんに
精いっぱい、感謝をしたいと思います。

(ぴ)



メールアイコン しばらくテレビゲームから遠ざかっていた私を
引き戻したのは、ほぼ日の
岩田社長のコンテンツがきっかけでした。

任天堂のハードはスーファミを最後に
遊んでおらず、
今の社長は岩田というのか‥‥と
軽い気持ちで読み始めました。

そして、読み始めたが最後。
すぐに岩田社長の魅力に
取り憑かれしまいました。
岩田社長のコンテンツを全て読み切り、
任天堂の「社長が訊く」も読み、
子供達にWii、DSを買い、
一気に任天堂ファンとなりました。

ニンテンドーダイレクトでの岩田社長は、
コンテンツで読んだイメージ通りの人柄で、
相手に媚びず、偉ぶらず、
ただひたすらに作ったゲームを届けたい、
遊んで喜んでもらいたい、
そんな想いが溢れていたように思います。

ご病気をされてからお痩せになり、
心配をしていたところの急な悲しい知らせ。
仕事が手につかなくなるくらい動揺しました。

岩田社長から、
ゲームの面白さを再認識させていただき、
人生観、仕事観など、自分の考え方に
大きな影響を与えていただきました。

最後に。

岩田社長、ありがとうございました。
新たな旅立ちを祝福したいと思います。

(38才 3児のおとうさん)



メールアイコン 私は普段ゲームをしない人なので、
どういう方かはほとんど知りません。
ただ、子供たちが育つなかで、
とてもお世話になったなあと思っています。

うちの子たちがつらいとき、楽しいとき、
いつも任天堂のゲームがかたわらにありました。

なにか、親として、
大人の子供たちに対する善意を
間接的に感じられるのがうれしかったです。

そういう子供たちの気持ちを知ってみたいと
「どうぶつの森」をしばらくやってみました。
楽しかった。
車での移動、そして電車のなか、病気のとき、
どんなに世界中のこどもたちが楽しめただろう、
と思いました。
そして、DSのミニゲームのなかに
楽しそうに登場する岩田さんの誠実さに
ほっこりしました。

また、ほぼ日のコンテンツをみて、
同世代として、どう働くというか、
はたらくことでどう社会に貢献するかの
ひとつのモデルとして、頼もしくみていました。

仕事はがまんだと働いている人が
おおい世の中で、
ほんとはそうじゃないんだなあと
信じられました。
岩田さん、ありがとうございました。
ご冥福をお祈りします。

(epo)



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2015-07-23-THU

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