「また会おう」岩田聡さんへ


2015年7月11日、
任天堂社長で「ほぼ日」の電脳部長、
岩田聡さんが、逝去されました。

「ほぼ日」ができる時から関わってくださり、
何度もコンテンツにご登場いただき
ずっと、陰に表に、
「ほぼ日」を支え続けてくださいました。

公式の発表があってから、
「ほぼ日」にはたくさんの
メールが届き続けています。
その日の「今日のダーリン」とともに、
ほんの一部ですが、
みなさんのメールをご紹介いたします。

・どんな別れのときにでも、
 「また会おう」と言えばいいのだと思う。
 ともだちだから、また、会う。
 それはちっともおかしくない。
 うん。また会おうや。

 ずいぶんと遠くまで旅に行くんだって。
 もっとずっと先の予定だったのにね。
 いちばん似あう服を着て、
 「急のことですみません」と、
 ことばには出さないけれど、そう言ってた。

 じぶんのことは、なんでも後回しにして、
 ずっといつも、だれかの助けになろうとしていた。
 そういうともだちのことだから、
 この旅は、はじめてのわがままなのかもしれない。

 ほんとうは、まだ、なんにも信じてないんだけどね。
 ひょいっとメールがきて、
 食事の約束とかしそうな気がしている。
 いつものように、
 「もし、お時間があるようでしたら」と、
 いつでも誘ってくれてかまわない。
 なんだったら、ぼくのほうも誘いますよ。

 とにかくさ、「また会おう」。
 いつでも、どこでも呼んでくれたらいいし、
 ぼくも声をかけるからさ。
 なにかと相談したいこともあるし、
 いいこと考えたら伝えたいしさ。

 また会おう。
 いや、いまも、ここで会ってる。

今日も、「ほぼ日」に来てくれてありがとうございます。
無力のできることが、なにか見つかったような気がします。

 (2015年7月13日「今日のダーリン」より)



メールアイコン きょうは、岩田社長の訃報、
かなしくて、
帰宅してから泣いてばかりです。

ほぼ日のコンテンツで
岩田社長のことを拝見して好きになって、
会ったことなんてもちろんないけれど、
ずっと尊敬しています。

私に、岩田社長のことを教えてくれた、
糸井さん、ほぼ日のみなさんに、
本当に感謝です。

「星空の下の仕事観」
なんど読み直したでしょう。
気軽に、バカモンって、
言ってもらえるタイプの
自分じゃなかったから、
どうしたらそんな人になれるのか、
ぜひうかがいたかったです。
(ボールのように弾むこと?)
他のコンテンツも、
また読み返したいと思います。

岩田社長、電脳部長、
本当にお疲れさまでした。

笑顔ばかりが、
思い出されます。
オチャメで素敵だったなぁ。

(きみよ)



メールアイコン いつも楽しく読ませてもらっています。

そのせいか、
会ったことのない糸井さんの気持ちを
考えています。
糸井さんの悲しい気持ちを思って、
私のことのようにとてもさみしい気持ちです。

先日、6年前に亡くなった
祖母に似た人を見ました。
後ろ姿がそっくりで、
「ばあちゃん!」って声をかけたら
振り返って嬉しそうに手をふってくれそうで。
違う人だけれども、
確かにそこにはばあちゃんがいました。

若輩者の私が言うのもおこがましいですが、
呼べばいつでも、すぐに会いに来てくれる。
そんな気がします。

(マイコ)



メールアイコン 本当に
本当に本当に本当に
素敵な大人って
なんでこうも早く
旅に出かけてしまうんでしょう。

もっといろんなお話
ここで聞きたかったです。
もっともっと面白いゲーム
作って欲しかったです。

さっきニュースで見たばかりで
まだあまり実感ないんですけど
また
ここに残された言葉を
読み返していきたいと思います。

どうかどうか、素敵な旅を。

(f)



メールアイコン 任天堂の岩田社長が
亡くなられたことを知りました。
私はゲームは全くしません。
なので任天堂という会社に
特別な愛着があるわけではありません。

そもそも任天堂のことも、
岩田社長のことも、
ほぼ日の中でしか知りません。

それなのに、永眠のニュースを見て、
なぜだか泣きたくなりました。
自分でも驚きました。

きっと、
とってもいい方だったんだろうな、
と思うのです。
こういう方が、同じ世の中にいてくれて、
ありがたいと思うような。

こういうお方を間接的にでも知れて、
本当に良かったのだと思います。
残念なニュースなのですが、
なんだかお礼を言いたい気がして
メールしました。

失礼だったら申し訳ありません。
毎日、楽しみにしています。
これからもよろしくお願いします。

(k)



メールアイコン 涙が止まりません。
今日のダーリンは、
あまりにも切なくて、優しくて、
そして強くて‥‥。

最後の
「また会おう。
 いや、いまも、ここで会っている。」
とてもよくわかります。
いまも、友人はすぐ隣りにいて、
糸井さんのすること、書くことを
微笑みながら見ていると思う。

母が急死して、もう半年が過ぎましたが、
いつも一緒にいる気がしています。
いつも話をしています。
朝は、ごはんとお茶を供え、
仕事から帰ってくると「ただいま」と言い、
寝る前にには「おやすみ」と言っています。

しばらく涙とは縁が切れていたのですが、
今日のダーリンは、
あまりにも心のど真ん中に落ちてしまいました。

岩田さんのご冥福をお祈りしています。

(ひるね小僧@長岡)



メールアイコン 10年ぶりに、メールします。

ぼくは、個人事業主として15年、
会社組織をつくって8年ほどたちますが、
岩田聡さんのコンテンツには、
たくさんの知恵と勇気をいただきました。

感謝すると共に、
岩田さんのご冥福をお祈りいたします。

ぼくらはいま、数年以内のIPOを目指して、
事業を成長させている最中なんですが、
今日の夜はバーでハイボールでも飲みながら、
岩田聡さんのコンテンツを読み直し、
仕事について、会社について、
そして人生について、、、
これからのことを、
いろいろ考えたいと思います。

(K)



メールアイコン 岩田社長のことは「社長が訊く」で
知ってるだけのはずなんですが、
なんだか最初の訃報に接してから
ずっと泣けてきて、
子供を幼稚園に送ってからで
よかったなぁなんて思いました。
なんでかわからないのですが、
ずっと悲しいのです。

糸井さんや永田さんはじめ、
岩田社長に近しい方々の様々な思いには
遙か及ばないとは思いますが、
家族やママ友さんたちとは、
この悲しみを共有することは
難しそうなので
ちょっとだけ悲しみの列に
参加させてください。

ただの少しゲーム好きなだけの
主婦ですが「社長が訊く」を
読むようになったのは、
ほぼ日さんの「樹の上の秘密基地」が
きっかけでした。
もっとたくさん読みたかったなぁ‥‥。

でも、そろそろ子供を
お迎えに行く時間が近づいているので
いろんな「社長が訊く」を読んで
気持ちを前向きにして、
「せいいっぱいの今日をたのしんで」
行きたいと思います。

最後に岩田社長のご冥福を
心よりお祈りいたします。


(ちょこた)



メールアイコン いつも笑顔の、本当に優しそうな
それでいてゲームが大好きな
それだけじゃない、
素晴らしいプログラマーであり
経営者であった、
岩田さんにもう感謝しかありません。

こどもの頃の夏休み、
プールの後に降りだした夕立が
止むのを待ちながら
校庭のすみっこに集まって
みんなで遊んだポケモン。
MOTHERは私はGBA版から遊び、
1、2、3共々大好きです。
かわいいキャラと素敵な音楽、
アクションが苦手な私でも
夢中になったカービィ。

思い起こせばあの頃から、
きっと私だけではなく
誰かの記憶の中に、
大切な宝物として存在している
ゲームばかりです。

そんな素敵な作品を
たくさん生み出してくださった
岩田さんの言葉を
まとめてくださって嬉しいです。
ありがとうございます。

写真の中で、対談の文字の中で、
そしてゲームの中で
いつでも私達は
岩田さんに会えるんですね。
「今日のダーリン」での
糸井さんの言葉が、
胸にじんと染み込みます。

岩田さんに「ありがとう」と、
「これからもよろしく」を。
これからの任天堂を支える
宮本さん初め、
皆さんにエールを送りたいです。

(よん)



メールアイコン 今日のお昼に訃報を知ってから、
どうにも涙が止まりません。
自分でも、岩田さんのことが
こんなに大好きだったなんて思いませんでした。

ゲームが好きで好きで、仕事にしたくて、
でも憧れすぎて無理だと思っていた私。
働きたくて、でも自分にできることなんか
ない気がして、なんとか社会に出るヒントを
探していたとき、出会ったのがほぼ日と、
「はたらきたい」、そして
岩田さんの仕事感のお話でした。

ゲームを仕事にしたい気持ちと
真正面から向き合って、
専門学校に進む決意ができたのは、
そしてゲームを作る仕事に就けたのは、
その出会いがあったからだと思います。

プログラマーとしての岩田さんの逸話や、
穏やかに、楽しそうに、
ちょっといたずらっぽく、
ゲームやもろもろのお話をされる様子が
好きでした。間違いなく、
私の心のヒーローのお一人だったと思います。

岩田さん、長い間お疲れさまでした。
同じ時代を生きることができて、幸せでした。
本当にありがとうございました。
遠い旅空の向こうで、
にこにこしていてほしいと願います。

(KOU)



メールアイコン 社長にお会いしたのは一回だけでした。
病棟を一つ、会長に建てていただいて、
その竣工式には会長でなく
社長が来られていました。

私は急用のできた後輩の代わりに、
祝賀会の受付に駆り出されていました。
来賓の方にとって、受付員など
ATMや自動改札と一緒です。
お帰りの方の見送りにいたっては、
「本日は誠にありがとうございました」
としゃべる壁。急ごしらえの、素人壁。

しかし、社長は違いました。
受付一人一人に目線を送り、柔らかな笑顔で
「ありがとうございました。」と
丁寧におっしゃり、帰って行かれました。

ほんの一分足らずの出来事です。
難しいことをされた訳ではない、
優しい挨拶をされただけ。
けれども私は、受付業務をほっぽって、
「ファンになりました、握手して下さい!」
と追いかけたい衝動にかられました。

しかしながらあと20年余り
働く予定の職場での体面を思うと
勇気は出ませんでした。
もったいなかったな、と、思うけど、
あの一分は今でも私の宝物です。
時々取り出して眺めます。
いいな、あんな風にきちんと
「ありがとう」を伝えられる人間に
なりたい、と、
思い出すたび心が温まります。

7月13日。今日のダーリンを読んで、
泣きました。
私が持っている思い出の欠片は
たった一個、小さな小さなものです。
それでも、泣けて仕方ありません。
『遠く』が、あまりにも『遠く』て、
泣けて仕方ありません。

(t)


いまも、メールが届き続けています。
「ほぼ日」乗組員も、
とても慰められ、励まされています。
たくさんのお声がけを、ありがとうございます。

岩田聡さん、 「またお会いしましょう」。

2015-07-14-TUE

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