今日のダーリン「リハビリ」へのメール


お久しぶりです。
です。

先日糸井重里が
「リハビリ」中の方にお会いして感じたことを
「今日のダーリン」に書いたところ、
静かな、しかし強い反響がありました。

たくさんの熱いメールが次々届く、というのではなく
(もちろんそういう時は別の楽しさがあります)、
ひとつひとつ、真剣にことばを選んで、
心から思っていることを
とつとつと書かれたメールばかり、
数は多くないのですが、届いたのです。

リハビリする家族を支えている方、
今現在リハビリ中の方、
それを助ける医療従事者の方。

どれも、わたしたちだけで読んでいるのは
もったいないと思いましたので、
すこしですがご紹介いたします。

まずはその日の「今日のダーリン」を再掲載します。

・「リハビリ」ということばを、
 ぼくらはわりあいと安易に使っている。
 「リハビリは大変でしたか?」なんて具合にね。
 それは、だいたいスポーツ選手が故障した後やら、
 手術した後の回復するまでの「過程」くらいの感じで、
 さらっと四文字のカタカナとして語られるわけだ。
 もっとも、軽くなく「リハビリ」を語るのもどうだろう。
 経験しない者が、いかにもわかったような顔で、
 「リハビリ」のほんとうのところについて語るのも、
 なんだかわきまえがないような気がする。

 昨日「リハビリ」中の人に会いに行って、
 なんというのだろう、じぶんのこころのなかに、
 不思議な、はじめての気持ちがあるのを知った。
 この方のは、スポーツ選手の「リハビリ」ではなく、
 一般の生活に戻るために努力しているもの。
 大きく健康を損なって、さまざまな能力を奪われた。
 その失ったものを、専門の医療関係者や、
 家族や周囲の人たちの助けを借りて、
 一ミリずつでも取り戻そうという「リハビリ」だ。
 主導しているのは、ご本人というよりはご家族だが、
 「リハビリ」する主体は、もちろんご本人なのだ。
 ドラマにある主人公たちのような、
 強い意志やら、人並み外れた努力が見えるわけじゃない。
 でも、はじめて発音するかのような一音節一音節が、
 動く左手で幼子がするように手本に習って書く文字が、
 持ち続けてきた希望のかけらのように輝いていた。

 ぼくは、なにかを上手にできる人に向けてではなく、
 そのなにかをうまくできない人に対して、
 こころの底からの「尊敬」を感じた。
 穏やかで、真剣で、
 他の人たちがふつうにできることができないでいる人。
 思えば、昔からやさしくて穏やかな人だったけれど、
 こんなふうに、目を見てまっすぐに話しあったのは、
 初めてだったような気がする。 

 ぼくは、同じような場面で、
 こんなふうな人でいられるだろうかと自問した。
 「きっとできるよ」と信じるのが礼儀のような気がした。

今日も、「ほぼ日」に来てくれてありがとうございます。
「ぼくはどうだろう」と考えるのは、なんにせよ練習です。

 (2015年4月14日「今日のダーリン」より)



メールアイコン 「今日のダーリン」、
胸に、ずーん‥‥ときました。

夏に父が脳梗塞になり、
その後、「リハビリ」をしました。
いろいろな訓練をしていましたが、
たどたどしい文字で自分の名前を書いた
その文字を見たとき、
初めて父を、
父のこれまで歩んできた人生を、
心の底から尊敬する思いが
湧き上がってきました。

一画一画を、
一生懸命に書く老父の姿のむこうがわに、
これまで父が一歩一歩、
丁寧に歩んできた
彼の人生を垣間見た気がしました。

できるかできないか、が、
人の価値のようにとらえられがちですが、
そんなことじゃない尊さを
初めて実感した時でした。

(k)



メールアイコン 夫が、脳内出血で左半身にマヒが残り、
リハビリをしています。
1年になりました。
回復の見込み無しという事で、
打ち切りになるそうです。

家族(新婚1ヶ月で夫が倒れました。
花屋で、年末最終の花市場の
競りの最中でした。)の私は、
できない事はできないままで、
違う回路が開けると信じていて、
今も同じです。

1年が過ぎてみて、
桜を病院の外で見る事ができた。
確かに、リハビリしています。
年を取るという事も
同じように感じています。

今朝方、老ねこが亡くなりました。
義父の忘れ形見でした。
義父も昨年末に、
お風呂場で眠るように亡くなりました。

本当に人生は大変だと思います。
私にも新しい回路が開けるように‥‥、
と願っています。

(優しい樹 やさしいみどり)



メールアイコン 僕も今、リハビリ中です。
バイクに乗っていて
車に真横からぶつけられました。
右足と骨盤を骨折して
車椅子の生活です。

今まで当たり前にできた
歩くことやしゃがむこと。
もっと簡単な、
足首や指を曲げる事も出来ません。

でもリハビリを続けていくうちに
少しずつ動かせるようになってきました。

こうやって
動けるようになってくる過程は
まるで赤ちゃんが少しずつ
動けるようになっていく様子に
にていると思います。

あの頃からずっと学び、
積み重ねて来た動くという技術を
もう一度学びなおしているのだなと。
壊れてしまった神経や筋肉、
骨は当人の困惑など気にせず
当たり前のようにまた繋がろうとしています。

見えない彼らが淡々とこなしていく
それを少しでも感じながら
また歩けるように頑張ります。
身体は一つの塊としてあるのではなく
たくさんの小さなものたちの
集合体なんだと思いました。

(a)



メールアイコン リハビリ真っ只中です。
大腿骨骨折で2ヶ月入院。
退院したけどまだ暫く松葉杖生活です。
大腿骨というと、それ以外が大丈夫なら
すぐに歩けるようになるだろうと
考えていましたが、
そうではありませんでした。

膝を動かさずにいた期間が長い為、
膝回りの筋肉が落ちたことと
筋が固まってしまい
膝が曲がらないこと、
これを少しずつ筋トレをして
更に膝を少しずつ曲げるリハビリをしています。

椅子から立ち上がるのに
90度は曲がらないと厳しいのですが、
現在地87度‥‥。
それでも最初は40度くらいから始めて
少しずつ少しずつ。
毎日少しは曲がるようになってるはず。
がんばらなきゃ。

わかってはいるけど、
後ろ向きとも取れる周囲の言葉に
落ち込んだりもして。

糸井さんの「きっとできるよ」と
信じるのが礼儀のような気がした、
という一文に励まされ、
また自分も誰かが
そういった状況になった時に
そういう気持ちを持ちたいと思いました。
(ちえぞう)



メールアイコン 私の夫は、4年前に脳出血で倒れ、
幸い一命は取り留めましたが、
右半身不随と、失語症という障害が残りました。
50歳の時です。

身体の障害は、
何とか受け入れることが出来ているのですが、
言葉の障害「失語症」を受け入れるのは、
とても辛く苦しいことの様です。
本人もそうですが、私たち家族もです。

言語聴覚士の先生が、
「深い海の中に、ひとり取り残された様な孤独」
と、失語症に悩む人の気持ちを
表現していました。

でも、それはもしかして、
周りの人がひとりでも
多く寄り添っていけたら、
孤独な思いを和らげることが
出来るのではと思うのです。

そんな中、糸井さんの
「リハビリ」についてのお話を拝見し、
当事者家族として、とても心強く感じました。
ありがたくも思いました。

世の中には、色々な障害があり、
そしていろんな人がいて、
頑張っている人たちがたくさんいます。

失語症のリハビリは、亀の歩み。
気長に続けなければなりません。
途中で諦めたくなる時もありましたが、
これを読み、勇気付けられ、
また明日から、夫とリハビリ頑張ろう!
と心が温かくなりました。

ひとりでも多くの方に、
この障害を理解していただけたらな
と思います。

(m)



メールアイコン リハビリ専門職の1つ、言語聴覚士です。

1ミリの変化が積もり積もって
大きな進歩になります。
患者さんがみせてくれる底力は、凄いです。

1ミリを取り戻す‥‥
私もガン患者になって、
諦めない医療従事者がそばにいてくれることが
どんなに心強いか、よくわかりました。

患者さんの1ミリを実現するために、
明日も切磋琢磨です。
そう、笑いながらねー。
笑い、大事ですよね、どんな時も。

糸井さんのご友人が
笑顔で進んでいかれますよう
願っています。

(l)


メールをくださったみなさん、
そしてメールに登場するみなさんに、
応援の気持ちを込めまして、
ご紹介させていただきました。

それでは。

2015-04-19-SUN

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