「拝啓、田口壮選手。」


ほぼにちわ。

田口壮さんと糸井重里の対談
「野球の人。〜田口壮、21年目の選択〜」は、
現在の厳しい状況を乗り越えていこうとされる
田口さんの姿に、たくさんの反響がありました。

さらに対談後半に登場された、
奥さま・恵美子さんの
爆笑してしまうおもしろいお話
(でも、田口さんの真摯な姿が
 よりくっきりと浮かんでくる)とあいまって、
おもしろかった、と
うれしい感想をたくさんいただきました。

メールにはみなさんが、田口さんにあてて、
ご自分の状況がどういったものか、
そしてどういうふうに田口さんのお話に
励まされたか、綴られたものが、多くありました。

人生の困難な時期を、人は、いかにすごしているか。

ぜひ、みなさんのメールをお読みください。
涙もろい方、ハンカチなどご用意されたほうが
いいかもしれません。

メールアイコン 旭川に在住しております、40歳、男性です。
私は職業は教師です。高校生を教えております。

このたび、田口選手に伝えたいことがあり、
筆を取った(キーを打った)次第です。
田口選手の生き方、というか、
選択について、応援します。

私は、顧問として
バドミントン部を持っております。
生徒に伝えたいことは、
もちろん勝負事ですので、
競技を通して相手に勝つことです。
技術しかり、体力しかり、戦術しかり、です。
運もあります。

ですが、なお、勝利よりも
大切なことがあるのだ、
と伝えたいと思っています。

バドミントンの話で恐縮ですが、
団体戦のベンチには7人入れます。
ですが、強い選手が2人いれば、
勝っていけます。
勝利至上主義で行けば、2人を強制的に
育成することが全くの早道です。

しかし、人としての成長過程にある高校生には、
人のために何ができるかを
わかって欲しいと思っているので、
そんなことはしません。

試合に出る選手は、チームの代表として
コートに立っているという気持ちをもって、
「あいつがいるから、俺はコートで戦うのだ」
と、ベンチにいる選手は、技術や体力では
劣るけれども、
「あいつのために、僕はベンチで精一杯応援し、
 普段は練習環境を整えるのだ」と、
思って欲しいのです。

それは、なかなかに難しいことですが、
たとえて言えばバドミントンの試合を通じて、
その生き方が、人を感動させるのだと
思っています。
その感動こそが、変化と進化の原動力だと、
思います。

田口選手のこのたびの決断を、応援します。
ぜひ復活する姿を見たいと思います。
私はその感動を、生徒に伝えたいと思います。

今日はつまらないことで、生徒を怒ってしまい
反省しているところでしたが、
やはり、感動を伝えることが私の職業の
素晴らしいところだと再認識しました。
ほぼ日の連載に感謝し、
田口選手の行く末を
ぜひ一緒にみたいと思いました。
ありがとうございます。

それでは、リハビリは
なかなかに辛いことと存じますが、
お体をご自愛ください。
(k)



メールアイコン 田口壮さま
こんにちは。

仕事が煮詰まって煮詰まって、とにかく
もがき苦しんでいた2005年の初夏でした。

私は15年働いていたそれまでの福岡の職場を
思い切って離れ、妻と幼い子ども2人を説得して
家族にセントルイスに渡りました。

世界で通用する成果をあげる
という夢を果たすまでは、
日本に帰らないつもりでいました。

渡米してしばらくは慣れない環境と
見えない将来にとても心細い日々が続きました。
でもまもなく、このセントルイスに地には、
渡米後2Aにまで降下したにも関わらず
不屈の闘志でメジャーに昇格し活躍していた
日本人の野球選手がいることを知りました。

近所の住人は、
「彼は日本選手じゃない。made in USAだ。」
と口々に言っていました。

「世界一をつかむ」という夢を追い続けていた
田口さんでした。

その姿を見て、
田口さんもがんばってるんだから、
自分もがんばらなくちゃと、
私はいつも心に言い聞かせていました。
心の中で静かに田口さんの活躍も応援しつつ、
私はセントルイスの
セントラルウエストエンドにある大学の
任期付ポジションで仕事をしていました。

そして、2006年に田口さんはついに
念願のチャンピオンリングを手にしました。
私もちょうどそのころ仕事の成果が出始め
ボスから評価されはじめたころでした。

くじけずに働くことができ
そして念願の成果が出たのは、
同じセントルイスの地で
勇気と希望を与え続けてくれていた
田口さんのおかげだったと今も思っています。

どうしても一言心からお礼が言いたくて、
ガラリア1Fの帽子屋さんで行われた
サイン会の行列に家族と並びました。

「おめでとうございます。」ではなく
「ありがとうございます。」と申しあげたら、
その時田口さんは
とても不思議そうな顔をされてました。

その後、私は田口さんより先に帰国し、
米国時代の成果が認められて
京都に職を得ることができました。
そしてまもなく、田口さんも
神戸に戻ってこられました。

セントルイスではあれほど身近で、
日本語教室を通じて奥さまや寛くんとも
仲良くさせていただけた(と勝手に思っていた)
田口ファミリーでしたが、
やっぱり日本ではスーパースター。
日本では私のような一般人が
近寄れるような近い存在ではないことを
改めて感じました。
本当にセントルイスでの生活が夢のようでした。

そして私は今、仙台に住んでいます。
1年前の大震災で被災してしまいました。
幸い家族は無事で、家も軽微な被害でした。
でも新しい職場も機能を一時停止してしまい、
街中のモチベーションも下がってしまって
絶望感でいっぱいだった混乱の1年でした。

そんな中、田口さんは
もう一度野球人として復活するために、
肩にメスを入れたと聞きました。
何の故障もしていない私は、
こんな震災ごときで
くじけている場合じゃないと、
田口さんの決断に再び
勇気をいただいているところです。
しっかりと復興に向けて
前に進んでいけそうな気がしています。

野球選手田口壮さんへの応援というよりも、
感謝の気持ちをもういちど言いたくて、
こうしてメールを書かせていただきました。
不屈の精神で夢をつかもうとする
田口さんのプロとしての姿勢に、
私の人生は何度も何度も救われたのです。

あのときに帽子にいただいた直筆のサインも、
今はずいぶんとかすれて
見えなくなってしまいましたが、
99の数字だけがかすかに読める状態です。

いつか田口さんがもう一度
夢を実現されたときには、
またその帽子を持って一言お礼を申し上げに
参上いたしたいと思っています。

(F)



メールアイコン こんにちわ。

ボクは今年40歳になります。
若いころからずっと
音楽一筋で生きてまいりました。

何度も止めるキッカケ
(チャンスといっても良いかもしれません)は、
モチロンありました。
だけどどうしても続けてしまう。
また続いてしまってる‥‥。
いや何よりもやっぱり続けたいのだと思います。

そんな人生をずっと送っています。
多分これからも。
21年の付き合いの嫁さんは
殆どアキラメの境地で見守ってくれているように
思います。

今回、田口さんと糸井さんと
田口さんのお嫁さんの対談テキストを
読ませていただき、
なんだか無性にうれしくなり、
元気を頂き、んで、
やっぱりうれしくなったあまり
メールさせていただきました。

野球のような人生を。人生のような野球を。

応援しています!

(I)



メールアイコン ドキドキしながら初めてメールします、
妙齢の独身女子です。

野球のこと、全っ然分かりません。
ルールもチームも分かりません。

でも、田口さんのほぼ日のこのコーナーだけは、
かかさずに、読んでます。
私の唯一の野球部分です。

なかなか更新されないから、読み返したりすら、
してしまってます!

音楽にあきた長距離ドライブ途中には、
助手席で、朗読したりもしちゃってます!

だって、田口選手のお話を読んだ後は、
やる気がどんどん湧いてきちゃうんです!

やっとの更新!
待ってました!田口選手!

「今の田口さん、ほんと、カッコイイです!
 一生、野球の人をがんばってください!
 お話聞けるの、いつも待ってます!」

すてきな奥様のことも、応援しています!

お二人と一緒に、私もこっそりがんばります!
今回もありがとうございました☆

(大阪在住Dawnchild)



メールアイコン 本当に、本当に素敵な連載でした。

私は38歳で、5歳の子供と主人との
三人暮らしです。

昨年の冬から子供にダンスを教えることになり、
ひさびさの社会復帰やら、なにやらかにやらで、
精神的に参っていました。

人から見たら、
とても小さなハードルなのかもしれませんが、
出産前は会社務めのOLでしたから、
自分が商売をすることになって
いっぱいいっぱいなのです。
ダンスがあんなに好きだったのに
見るのもやになったりします。

野球につかまってしまったなんて、
選ばれた人なんですね。

そんなに、好きなものを人生に持ってるなんて、
本当に素敵です。

がんばってください!!!
本当に応援してます!!!!!

(ポジティプに憧れるママ)



メールアイコン 田口さん、はじめまして。

28歳の(妙齢の?)独身女性です。
この連載で初めて田口さんの事を知りました、
すっごくファンになりました!

付き合って3カ月目の
今年34歳になった私の彼は、
社会人野球の選手でピッチャーをやっています。

去年ベストナインという賞を
もらったそうなのですが、
その話を聞いた時、ナインというくらいだから
例えば今年はピッチャーが多めで5人選ばれて、
その他4人で合わせて9人のうちの
1人に選ばれたのかな? くらいに
思っていたほど野球を知りませんでした。

努力している途中のところは見せたくない、
言いたくないというのがとてもある人で、
私は野球も電車も何もかも相手のことを
知らない事ばかりで
しかも付き合い始めなので
とてもさびしいというか不安だったのですが、
連載を読んで、今日の部分を読んで、
少しだけそういうことの「かっこよさ」を
味わえるようになれるかもしれない、
と思いました。

田口さん、かっこいいです。

もしかしたら私の彼も、
かっこいいのかもしれない。

奥さまにもよろしくお伝えください。
リハビリ、どうぞ気をつけて
がんばってください。
マウンドに立つ姿を拝見できる事を
楽しみにしています。

(i)



メールアイコン 野球につかまった。

すごく解る表現です。納得できます。
なぜならボクは
ラグビーに捕まった男なんで‥‥。

今年で37才。
家族に今年だけ、今年までといいながら、
もう25年になります。

悔しいこと、ツラいことも、色々あったけど、
ラグビーを通じて僕が得たものは、
数えきれないです。

そんな今年も、毎年のように、
今年まで‥‥今年まで‥‥、といいながら
オフシーズンを自主トレに励んでいたのですが、
仕事中に事故にあってしまい
指を切断してしまいました。

もう、最初はこれで
ラグビー生活も終わりだなぁ〜と
何となく思っていたのですが、
逆にこのままでは終われないという風に
思うようになりました。

まだ、家族には内緒ですが、
またユニフォームを来てグラウンドに戻ります。

体力も落ちてきてるし、指もないから
不利なことだらけなんですが、
自分が続けることで、何かしら
チームに新しいものを残せるんじゃないかな、
とも思っています。

下の子が、生まれたばっかりなんで、
ラグビーしている姿を見せたこともないから、
下の子にも、わからなくても
その姿を見てほしいし‥‥。

今はリハビリとトレーニングの毎日です。

こないだは退院してから初練習に行きました。
まだ、ボールはうまくとれないし、
投げれないけど、楽しくてたまりません。
ラグビーの楽しさを再確認。

田口さんの頑張り、野球への愛を、
自分に重ねてしまい、
最終話を見ながら涙が止まりませんでした。

怪我をしたときは泣くこともなかったんですが、
この田口さんの話で、
何か救われたような気がします。

ホントにありがとう。

お互いにジャンルは違いますが、
納得するまでとことん楽しみましょう。

ボクは野球はベイスターズのファンなんですが、
田口さんが復帰されたら、
どの球団でも応援にいきます!

そのニュースを楽しみに待っています

ボクも頑張ります。

ブログも楽しみに拝見しています
また、ほぼ日にも来てもらえると嬉しいなぁ♪

それでは、お元気で!

(ムツゴロウ)



メールアイコン 子どもの頃から
パ・リーグのチームを応援しています。
なので、田口選手が内野手だった頃も
知っています。
イチロー選手たちと鉄壁の外野陣を
築いていたのもよく覚えています。
敵ながら羨ましく思っていました。

最近は選手寿命が長くなっています。
昨年引退された工藤公康さんをはじめ、
現役では中日の山本昌選手・山崎武司選手、
阪神の金本知憲選手もそうですね。

こうした息の長い選手が
活躍されていることを思う度に、
いつも考えることがあります。
それは、子どもの頃にやっていた
「野球ゲーム」にいた選手が、
「まだ」現役で野球を
バリバリやっていることに、本当に驚くんです。

最終回で守備の美学について
触れられていました。
とても「内野手的な考え方だなぁ」と
感じました。
難しい打球を何のことはなく
捌くことに美学を持つというのは、
内野手で「名手」と言われる(言われた)選手に
共通している気がします。
そういう意味では、やはり田口選手は
内野手もやっていた名残かもしれませんし、
本当に野球が好きなファンは、
そういうも楽しんでいます。

私自身のことなのですが、
学校の先生を目指しながら、大学を卒業し、
その後、学校での非常勤の仕事に就いたものの、
椎間板ヘルニアを患い、日常生活もままならない
日々が続いていました。
仕事は1年でやめざるを得ませんでしたが、
仕事をしていた頃に、身体をかばいながら
無理をしてしまったことが災いし、
ヘルニアが治まった後も、
重い腰痛を抱えることになりました。

今ではなんとか良くなりましたが、
気づけば年月だけが過ぎ、年齢も重ね、
さてここからどうしようと
途方に暮れていました。
就職活動もうまくいかず、
夢もはるか遠くに見えなくなってしまったと、
絶望に似たものを日々持っていました。

しかし、田口選手の連載を読んでいて、
思い直しました。
絶望するのも、途方に暮れるのも自由。
でも、胸に秘めた思いを叶えようと努力して
実現させるのも自由、なんですね。

自分に言い訳せず、
もう一度、挑戦すると決めました。

こんな人間がいる、ということだけでも。

応援しています。
また、選手として
グラウンドに戻ってくる日まで。

p.s.
「野球をまともに習ったことがない」
という言葉。驚きました。
ずっと先になるでしょうが、
指導者になった時も、楽しみですね。

(u)



メールアイコン 田口壮さま

いつも新聞記事とかブログなどで
田口さんの生き方を横目に見ながら
暮らしている工藤健と申します。

このたびほぼ日の「野球の人。」を
毎日楽しく読ませていただいていたのですが、
後半奥さんが出てくるあたりから、
爆笑しながらも涙が溢れ出てきました。
こんなにおもしろい話を読みながら、
もう涙は涸れてしまっているのではないかと
疑っていた自分が、泣けて泣けて‥‥。
うまく説明できませんが、
なにか「腑に落ちた」のです。

同じ時代に、こんなおもしろい家族が、
信頼し合って、どこかに居て、
今日も野球のためにせっせと何かを
前に投げている。

私は45歳、大学教授、
出来損ないの地球科学者をしています。
定職に就くまで8回「移籍」しました。
自分の意見が研究プロジェクトの「士気?」を
乱すと言われ、居づらくなり、
当時3歳の子供とかみさんを連れて
無職になったこともあります。
研究計画書をもって1〜3年契約の研究を
させて頂けるところを求めて
方々渡り歩きました。
研究成果が出なくなった時点で
足を洗わなければいけない世界でしたが、
絶体絶命の時にいつも実力以上のところに
引き上げてくださる方が現れて、
実力ではなく食いつないで来れた者です。

分野は全く違うので、
全く見当違いかもしれませんが、
田口さんのボスが変わるたび、
私にはその都度自分が世話になった人たちの顔が
リアルにダブり、今回は練習だけ
しっかりしていればいいのだろうな、とか、
今回は自分のアイディアを出して行けるね、
とか、今回は野球以外の事でツライだろうな、
とか、勝手に想像しながら、
七転八倒される田口さんの姿(失礼!)を
傍受しながら、自らの励みにもしておりました。
相当キツいはずのことを
サラッと書かれる田口さんの文章に、
わたしの邪悪な心は何度たしなめられたか
知れません。

私の世代の男子なら、ほぼ全員が一度は
夢に見た「野球の人。」。
今日まで続ける事ができる確率は、
ほとんど奇跡に近いですよね。
私も中学までは毎日、
エンピツ持たない日はあっても、
グローブはめてパンパンしない日は
ありませんでした。

小学生時代は日が暮れるまで
2塁までボールの届かないキャッチャーをやり、
負け試合では泣きながら打席に立ち、
中学時代はベンチの隅で
2ケタの背番号背負って、
誰が怪我したら自分の出番が?
などととんでもない事を
つい考えている自分に悩み、
そのうち何となく自分で悟り
はじめて野球から遠ざかって行きました。
ですから大リーグに挑んで行った田口さんを、
忘れかけていた夢を託すような気持ちで
見ていました。
そして知らなかった世界を見せて頂きました。

ほんとうにありがとうございます。

これからの田口さんには、
是非とも俺たちの夢を背負って
現役続行してくれ!
なのか、
指導者としても一流になってください
なのか、
野球の面白さをもっと伝える人になってください
なのか、
どれもしっくりきません。

ただ
「このひとが何もなかったように、
 また打席に立つ姿を目にすることが
 できたなら、きっと感動するだろうな。」
という私の勝手な想像が確かにあるだけで、
田口さんに何かをお願いして背負わせるのは、
一寸違う気がしております。

孤独に乗り越えなければならない仕事に
出くわすたび、
これからもブログを覗かせて頂きます。

では。

(K)



メールアイコン 田口選手

はじめまして。
ファンレターというものを
書いたことがないですし、
練習などを観に行ったこともないので、
本当に、はじめまして、です。

ほぼ日で話しておられた妙齢、というのに
あてはまるのか微妙なラインだと思いますが、
34歳、女性、です。

私は、野球が大好きです。
自分ではしませんが、本当に大好きです。
大阪に住んでいるので、震災後の
「がんばろう神戸」は
特別な想いで観ていました。
とはいえ、私は、阪神ファンです。
オリックスをFAになった田口選手が、
来てくれたらいいなと思ったあたりから、
田口選手という存在に
特別に注目するようになりました。

そして、阪神には
いらっしゃらなかったけれども、
大リーグでやっておられて、
うまく言えませんが、
ずっと、好きだなーと思っていました。
ブログが好きだったのかもしれません。
あまり、プレーを観ることは
できませんでしたから。
(我が家はぎりぎりまで
 アナログだったので‥‥)。

ブログがおもしろい! というのは
関西人にとっては重要でしたが、
ブログから伝わる、野球が大好き! とか、
人間関係の築き方とか、
物ごととの向き合い方とか、人となりとか、
生き方、とか
なんだか憧れるぞ、この人からは
学ぶことが多い! と思うようになりました。

そして、ほぼ日の連載!
連載が始まり、田口さんの生き方を伺い、
大好きだ! と思いました。

個人的なことですが、私は、来月、
司法試験を受けます。
いろいろと制度が変わり、
今回で最後の受験になります。
弁護士を志して、長く、
受験生を続けてきましたが、これで、最後です。
これでだめなら、人生リセットです。

田口さんの最初の連載の2008年は、
自分の司法試験受験が
あと5年以内に3回のみに決まった、
最初の年でした。
守備は準備、というのを読んで、
そうよ、準備よ。準備。と思い、
田口さんは、野球の神様に
お願いごとをできるほど努力しているのだから、
私も、受験の神様にお願いごとが
できるところまでがんばろうと、
5月の試験を控えて、何度も何度も、
読み直していました。

2009年の連載では、自分の環境から
(しんどくても)多くを学び取っておられる姿に
自分もこうありたいと、
この人のように生きたいと、思いました。
それに、メジャー昇格!努力とか信念とか、
想いはかなうのだと、
大喜びをしました。ほんとうに、うれしかった。

そして、日本に帰ってこられて、
田口さんがオリックスの監督になられたら、
オリックスファンになる、
と周りに宣言していました。

昨年は、阪神戦でタイムリーを打って、
お立ち台でしたね。
今回の対談で糸井さんが言っておられましたが、
大好きなのに、大好きなのに、大好きなのに、
阪神戦では打っていいけど
点は入らないでーと思ってしまうのです。
自分って、まったくしょーもないな、
と思います。

スライディングキャッチじゃなくて、
さらっと取ってしまうプレースタイル、
いつも落ち着いている(ように見える)
バッターボックスで立つ姿、
肝心なときに、そこしかないよね!
ってところに打つバッティング、
かっこよく引退試合、ではなくて
肩を治して現役続行、
そして、いつもまっすぐで誠実なブログ、
書き出したらきりがないけれど、大好きです。

そして、とにかくベンチにいろ!
と言われる人間になりたいと
ずっと思っている私の、あこがれです。

今年、ユニフォーム姿が、
絶対観れると信じています。
どこの球団であっても、
そのチームの試合を必ず観に行きます。
田口選手が出ると信じて、絶対行きます。

全然知らない人に、
こんなメール送ってこられて、
気持ち悪いんじゃないだろうかと、
やっぱり心配です。

でも、あなたが野球をやっていることで、
前を向く力をもらっている人間
(ぎりぎり妙齢? の女性)がいることを、
お伝えしたいなと思いました。

最後まで読んでいただけたとしたら、
それだけで幸せです。
ありがとうございました。

追伸:実は、奥さまも大好きです。
恋人ができるたび、田口さんとこの2人みたいに
なりたいなーと思ってます。
だから、今回のほぼ日は、
もうものすごくうれしかったです。
ずーっと続けばよいのに、と思っていました。

(f)



メールアイコン 私事ですが2003年に
セントルイスに留学いたしまして、
丁度のそのときは田口さんが
メジャーやマイナーに行かれていた時期でした。
日本人に接する機会が少ない職場でしたので、
毎日ブログに勇気づけられ、
また自分の姿を田口さんに投影し、
活躍を期待しながらブッシュスタジアムに
足を運んでいました。

帰国後はなかなか野球観戦するチャンスが
なかったもので、昨年ようやく
雁の巣球場に田口さんを
見に行くことができました。
アメリカの時と比べ気のせいか
表情の険しさだけ(肩の故障の時期も
重なっていたかもしてませんが)
印象に残りました。

今こそメンフィス魂で
リハビリ頑張ってください。
陰ながら応援しております。

(t)



メールアイコン いやあ〜。
最後の糸井さんとの写真、いい顔してますね!
部屋(仕事場)に飾りたいくらいです。
壁紙にならないかなあ〜。
いや、是非してください! お願いします。
だって、本当にいい笑顔なんですもの。

格好いいです!田口さん。
これからはもっとしっかり応援してます。

P.S.試合に出るときには
「ほぼ日」でもお知らせしてくださいね。

(B)



メールアイコン はじめまして。

横浜の大学生です。
今回の対談毎日楽しく読ませてもらいました!

僕は岩手県の盛岡市出身で
小学生の頃はパリーグ派の野球少年でした。
なぜパリーグ派かというと岩手には
一年に一回しかプロ野球の試合が
こなかったからです。

当時はオリックスが毎年来てくれていました。
父に毎日おねだりして、
ようやく連れていってもらった
初めてのプロ野球の試合が
田口選手やイチロー選手、谷選手がいたオ
リックスの試合です。

初めてで、ただただ興奮してました。
なんであんなに肩つよいんだ!
と呆然としたことを覚えています。
その時から、ずっと応援しています!
当時は野球がめちゃくちゃうまくてかっこいい!
と思っていました。

だけど、この対談を見て、
そういうことを考えていたんだなあと思って、
今までは分からなかった田口選手の
別のかっこよさを見つけました!

もっともっと応援したいと思ったし、
田口選手のことを
もっともっと好きになりました。

また野球をしている姿を見せてください。

(y)



メールアイコン 田口さん、えみこさん、ほぼ日のみなさんへ

連載、楽しく読ませていただきました。
スケールは全く違うのですが、
私も今外国で一人孤独に
自分の道を探りながら日々を送っています。
孤独な挑戦を続けられている田口さんに
元気と勇気を分けていただきました。
そしてなによりえみこさんの存在に
田口さんに代わって(というのも
大変おこがましいですが‥‥ごめんなさい)
ありがとうと言いたい気持ちです。

誰も見たことの無い景色を見ている人の孤独って
どんなに近くにいる人とも
共有は多分出来なくて、
そのこと自体はご自身が多分誰よりもご存知で、
それでもそばにいて支えになって、
お話を読ませていただく限りでは
それはロマンチックなものではないけど、
でもだからこそ大事なもので。

分かり合えないものは分かり合えないと
むしろ割り切ってしまえることが
本当の支えになる強さを裏付けているような、
そんな印象を受けました。

人間誰しもそれぞれの孤独があって、
それを分かり合った上で共に歩むことで
自分ひとりでは辿り着けなかった場所へ
さらに進めるのかもしません。
ほとんど想像でしかないのですが、
田口さんとえみこさんに、
「誰かと生きてく楽しさ」を
ちらりとのぞかせていただきました。

若輩者の感想で失
礼も多分にあるかとは思いますが、
是非言葉にしてお伝えしたいと思い
お送りします。
ありがとうございました。

(Adelheid)



メールアイコン 田口選手へ

連載興味深く読ませていただきました。
奥様の恵美子さんが登場して、
ますます本当の姿があらわになって
心から感動しました。最後は泣いてしまった。

私は仕事もしつつ
夫の仕事を見守っておりますが、
恵美子さんのお気持ちが
ひしひしと伝わってきて、心打たれました。
恵美子さんは本当に
田口選手に惚れているのだあと。

ベッドの中のイメトレ。
お気持ちはわかりますが、
時には「夫」としてリラックスした姿で
ベッドに潜り込んではいかがでしょうか(笑)。
私だったら、時々は甘えたいし、
甘えてもらいたいな〜なんて思います。

「つかまっちゃった」人、
田口選手に惚れちゃったら
そんなことは難しいのかもしれませんね。
今はベッドの中ではイメトレ。
ということなのでしょう。いずれ、ね。

どうか、どんな形であれ、
バッターボックスに立ってください。
心よりお祈り申し上げます。

(saki)



メールアイコン 田口選手、はじめまして。
ほぼ日ファンのアラサー女子です。

今回の糸井さんと田口選手、そして奥様の対談、
不謹慎かもしれませんが‥‥一人パソコンの前で
クスクスと笑いながら拝見していました。

特に、田口選手と奥様との掛け合いは、
何だか漫才を見ている様で‥‥。(笑)
本当にキュートで素敵な奥様ですね。

そして、ありきたりな言葉で恐縮ですが、
復活待ってます、頑張って下さい。

今回の対談を拝見していて、
飄々とヒーローインタビューを受けている
田口選手の姿、私も観てみたくなりました。

フレフレ!! 田口(選手)!!

フレフレ!! 田口(選手)!!

ワー!!

(r)



今回、何百通ものメールをいただきました。
もちろん、田口壮さんにも、お届けし、
たいへん喜んでくださいました。

対談を読んでくださったみなさん、
メールを送ってくださったみなさん、
ありがとうございました。

これからも、田口壮さんの応援を、
よろしくお願いいたします。

2012-04-29-SUN

postman@1101.com宛てのメールは、
乗組員みんなで読んでいます。
これからもご意見、ご感想をお寄せください。
アクセスの数字の後ろに「人」の姿が見えると、
乗組員一同、なによりの励みになるのです。

postman@1101.com 宛に送ってもらったメールは、
このコーナーで紹介させていただくかもしれません。
なのでぜひハンドルネームを記入してくださいね。
また、掲載されては困るメールには、
「載せちゃイヤ!」と書き添えてください。

ほぼ日にいただいた原稿、メール(投稿)等の著作権は
翻案権を含んでほぼ日に譲渡されたものとします。
ほぼ日にいただいた原稿、メール(投稿)等は、
使用する場合に
編集等をすることがあるかもしれません 。

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