それぞれの3月11日。<5>


ほぼにちわ。
まだまだみなさんから、
メールをいただいていますので、
ご紹介いたします。

たくさんありますが、
お読みいただけるとうれしいです。
何度も、泣いてしまうかもしれませんが‥‥。

そして明日は、3月11日。
「ほぼ日」では今日は花火の中継
明日は気仙沼や、あちらこちらからの中継を行います。
よろしければ、ご覧くださいね。

では、ご紹介いたします。

「3月11日、なにしてる?」


メールアイコン 去年の3月12日のほぼ日手帳には、予定で、
「祝!はやぶさ乗車日!!!」
と書いてありました。
結局あれから一年乗れませんでした。
乗車券の払戻金は、義援金となりました。

今年の3月10日、はじめてはやぶさに乗り、
仙台に行きます。
3月11日は、3人の友人の一周忌です。

海嘯(潮津波)の研究をしている以上、
仕方のない事なのかもしれません。
前年の夏、「地震が来たら
ピンポンダッシュだぞ!」と。
あれだけ、言い聞かせたのにも関わらず。
彼らは海嘯の研究の為に、
逝ってしまいました。

自分は、1月17日も友人を1人亡くしました。

最後の言葉は
「◯◯ちゃん(私の事です)早う、
 助けに来て」
だったそうです。
災害関係の仕事上、いけなかった自分が、
今でも情けなく、
あれから、黒い服しか着なくなりました。

(k)



メールアイコン 1年前のこの日この時、
私は大好きな人のライブに行くのに
京都から東京へ向かう新幹線の中でした。
結局ライブは中止、会えずじまいで終わって。
それから1年の間、何回も会ってるのに
何か忘れ物しちゃったような気持ちでした。

そして今年の3月11日。
大好きな人が支援ライブに出演するのを
応援しに行きます。
一緒に元気になろう!って日になります。

(あげは。)



メールアイコン 私の誕生日です。
今まで以上に、生きること、
生かされてること、守るべき人のこと、
考えたいです。

(まな)



メールアイコン 福島に住んでいます。
3月11日は家族と過ごしたいです。
岩手と神奈川に住む息子たちと、
銀座のライオンビアホールなんかで
語りあいたいですねぇ‥‥

本当は私の3.11は震災前によく行っていた、
原町の海岸へ行こうと思っています。
暖かい日、ラジオとおにぎりを持って過ごした
海岸へ‥‥
震災後、現実を認めたくなかったのと、
怖かったという思いもあって、
一度も行けずにいました。
3.11! ラジオとおにぎり持って、
原町の海岸まで行って来ます!

(e)



メールアイコン 私に柱代わりにしがみついた
お年寄りを支えながら、働いていた病院で、
力が抜けてゆく感じしたのを思い出しました。

日本海がわでしたが、東北は地獄でした。
今もどうしてかわかりませんが、
あの日の事を思うと涙が止まりません。

きっと、あの日の事思い出しながら、
この一年を振り返りながら
過ごしていると思います。
一方で、あたりまえの事もしながらね。

(i)



メールアイコン 3月11日はTVを見ながらになると思いますが、
娘(4歳)に去年の同じ日に何があったかを
私なりに噛み砕いて伝えてみるつもりです。

娘は地震発生時は山形の保育園にいました。

「ぐらぐらぐらーって揺れた日のこと
 覚えてる?」と
先日聞いてみたところ、

「みんな、ぼうしかぶっておへやにいたら、
かーちゃんが、はやくおむかえにきて‥‥
しんごうが、みーんなおやすみしてた」

と、幼心にも普通ではなかったという記憶が
残っているようでした。

考えてみれば、私は去年の震災まで
自分の娘や次の世代の人たちに
自分が考えた何かを伝えるということは
ほとんど意識したことがありませんでした。

そうしたことは自分の柄ではないというか、
専門家や言葉づかいに長けた人に
任せた方がいいだろうと思っていました。

でも、ある程度の年季が入った
「社会人」として、
それは志が低かったなと反省しています。

どれほど多くの人が
今の社会を支えているのか、
どれほど多くの知見が
先人から受け継がれてきたのか。

子供の頃はまったく気がつきませんでしたが、
この年齢になると、多少なりとも
わかることがあります。

であれば、それは力の無さとか
向き不向きとは別に、社会に返して
いかなければならないように思います。

もちろん、4歳の娘が理解できる内容は
限られますので、少しずつ、時間をかけて、
続けていきたいと思います。
気の長ーい遺言を残す心境で。

(安国寺)



メールアイコン あえて特別なことは何もせず、
一日一日できることをして
いつも通りに過ごします。
振り返ったところで何になる?
と言われると何もならないし、
そうしたところで原発がなおるわけでもない。
降り注ぐ放射性セシウムだって
止まるわけじゃない。

あの時間に手を合わせる以外は。
あえて、何もしません。

追伸
また機会があれば、南会津にいらしてください。
なにもないように見えるけど、
いろいろなものがあるんですよ、実は。

(南会津高校OG ayumaru)



メールアイコン あの日から1年になる3月11日。
いつもの日曜日と違うテレビ編成に
戸惑いながらも
1/366を過ごします。
それしか、わたしにはできないから‥‥。

地震に関しては
思うことがいっぱいですが、
3月11日の過ごし方は
やっぱり“いつもどおり”です。

(さくらもち)



メールアイコン 重度身体障害者で、
ほとんど外出することのない私は、
たいがいTVを見るともなく点けるのが
当たり前になっていました。
あの日、昼寝から目覚めると
目に飛び込んできたのは、津波の映像でした。

それから一週間はTVを見なかった。
点けても見る気になれなかった。
ときおり原発の状況を確認しながらも、
ほかはひたすらパソコンでできる仕事に
没頭していた。

被災地から遠く離れた土地に住んでいても、
感情の大部分が凍り付き、
のどの奥になにかがつかえているようで、
それでいてなにかしていなければ、
つかえたものが爆発しそうな気がして、
唯々仕事をする日々。

食事は不思議と普通に食べていましたが、
それでも妙に実感が失せ、麻痺したような時間。
いまとなっては記憶は曖昧ですが、
煽るようなデマでもなく、白々しい安心を
ふりまく言葉を探し、そこに浸ることで
落ち着こうとしていたような気がします。
そのなかでの救いはほぼ日とツイッターでした。

今年の3.11もたぶん
TVで震災特番だけは見ないでしょう。
録画した海外ドラマなど見て、
穏やかにすごしながらあの日や、
被災者についてふと思う。
そうやっておくりたいと思います。

(竜巻小僧)



メールアイコン 仕事です。
もしかしたら、普通に仕事しているかも。
でも、叶うなら、スタッフ、
お店にいるお客さん、みんなで黙祷したい。

(l)



メールアイコン フルマラソンを走ります。

走っている時間が、一番リアルに
人との繋がりを感じられる時間だからです。
それはきっと、一番孤独な状態で、
一番自分の力を思い知る状態だからだと、
思っています。

(R)



メールアイコン 私は東京に住んでいます。
あの時は東京でさえものすごく怖かった。
慌てて子供を迎えに行きました。
一年後の3月11日、
あの時刻に東北の方を向いて手を合わせます。

(m)



メールアイコン 1年たって被災地以外では普通の生活。

あの日、揺れてる最中の恐怖感、
家族全員と連絡とれた時の安堵感、
原発事態悪化のニュースを聞く重い不安感、
計画停電や物不足で家族が苦労してる中、
自分は関東を離れ、
計り知れない重い複雑な気持ちで
被災地支援に飛びまわった2ヵ月間。
あのころ、いろいろたくさん考えたはずのことを
もう一度思い起こす日。
実はすでに忘れかけているのも事実。

(特別職公務員)



メールアイコン 3月11日は、
多分普通の日曜日として過ごすと思います。
違うことは、
本震のあった時間に黙祷すること。
私の住まいは千葉県浦安市。
防災無線で知らせがあるそうです。
もうひとつ、非常持ち出しリュックに
必要なものを詰め、家族全員揃っていれば
作戦会議をすること。

あの日はたまたま定休日で、
試験休み中の息子と自宅にいました。
やはり試験休み中で
駅前の予備校に行っていた娘も
無事帰宅しました。
普通の平日であれば、3人とも
帰宅困難者として学校あるいは職場に
宿泊していたはずです。
水道管が壊れて断水し、
ガスも10日ほど止まりました。
液状化現象で駐車場は地割れして
砂と水が噴き出しましたが、
集合住宅故に建物は無事でした。
自宅周辺はかなり早く復旧しましたが、
近所の交番は傾いてしまい
取り壊しになりました。
保育園仲間には、自宅が全壊もしくは
半壊だったお宅もあります。
新浦安や舞浜の駅前、
シルク・ドゥ・ソレイユ・シアター近くの
歩道は、まだ応急手当状態のままです。
もっと海に近い方も、
完全には復旧していないと思われます。
被災地は東北3県だけではないのですが‥‥。

それにしても国は何をしているのでしょうか。
復興が進んでいる気がしません。

(ゆきねっと)



メールアイコン 泉ヶ岳のふもとに住んでます。
夫も私も沿岸部が実家で、
夫の実家は流されました。

10日は花火が見えても見えなくても
天国へ連絡して、
11日は郡山に行って
反原発のアクションに参加できたらいいな。
そして、被災地は
モノクロの世界になってしまったので
3月11日からは花を植える活動(一人ですが)を
始めていこうと思っています。
これからの支援も大事だと思って。

(s)



メールアイコン 何か特別なことをしようかと
考えたりしましたが、
結局娘の保育所の文集作りと
父母総会で終わりそうです。
たぶんあの時間には家にいて、
テレビを見ながら、去年のあのとき、
私は地震に全く気づくことなく、
なんで大阪駅のデパートで
エレベーターが止まってしまったのか
大阪の地下鉄が止まってしまったのか
理解できずにいたことを思いだし、
その時はこんなにすごいことになろうとは
想像だにしなかった自分を
あらためて思う気がします。
あのとき抱いていた娘の成長とともに‥‥
毎年同じように思い出す気がします。

(N)



メールアイコン 3月11日は地元で行なわれる
名古屋ウィメンズマラソンをテレビで
父と見ていると思う。

一年前はそれぞれの仕事場で
大きな揺れを感じて東北のことを思っていたが、

今年は父に命の期限が告げられた。

日々弱っていく父を目の前にして、
震災の特集からは目を逸らしてしまうだろう。

少しでも楽しい時間を共有したいから。

3月11日は、心の中でお祈りをさせてください。

(hiro)



メールアイコン 2011年3月11日は、
山形に住む母の59歳の誕生日でした。

母の誕生日の夜は、真っ暗でした。

それから、仙台で働く父は
石巻まで泊まり込みの出張に行くようになり、
一人で家に残る母は少し寂しがるようになり、
僕は母へ電話をかけることが多くなりました。

2012年3月11日は、母の60歳の誕生日。

2年ぶりに「おめでとう」が言える日。

(t)



メールアイコン なんてことのない日曜日。

いつものように
子供や年寄りのいろいろに追われ、
バタバタと忙しくしていると思います。

でも、一度は外に出て、
しっかりと景色を見ておこうと思います。

空と、まだたくさん積もっている雪と、
ところどころ見えはじめたアスファルト。

春になる前のつめたい雪が
ちらちら怠そうに降っていて、
きっとあの日とおなじに寒い一日です。

どんな感情が通り過ぎていくんだろう。

それもしっかりと、
見ておこうと思います。

(Junko)



メールアイコン 今年の3月11日は
なんと友人の披露宴パーティです。
アラフォーの新郎新婦は
3年ほど前に婚約した後
互いの事情があり、
ようやく昨年秋に籍をいれて
この度晴れてお披露目をします。
友人の「はじまりの日」を
笑顔でお祝いしたいと思います。

(みわ)



メールアイコン あの日、確定申告を終え、
連日の徹夜状態から解放されて
一息ついたと思ったら次男の幼稚園から
「熱がありますのでお迎えを。」

家に連れて帰って祖父に頼んで仕事へ‥‥。

長男は下校前の小学校で。
次男はリビングの壁一面の本棚から落ちてくる
大量の本やCDから祖父が布団を掛けて
覆いかぶさって守ってくれました。

主人は仙台の街中にいたので
すぐに一人暮らしの母の元へ。

私は車中で
「気仙沼では10mの津浪が‥‥(?)」という
カーラジオのニュースに耳を疑いながら
仕事場から自宅へ向かいました。

信号は止まり、仙台港の工場地帯で
働く人たちの避難で交差点は進めず、
心の中で「お願い通して‥‥。」と
叫びながら自宅に戻り、
ネコ3匹を押し入れの戸袋に押し上げて
緊急避難袋を持って、
家族で決めていた高台の小学校へ。
そこで両親、息子たちと会えました。

津波の入った我が家のネコたちも無事でした。

この1年、自宅に戻るまでの
5ヶ月間の日々の生活、
次男のフラッシュバック、仕事、
頑張らなくちゃと自身に言い聞かせ
頑張り続けてきてちょっと
心身のバランスを崩してしまいました。

今年の3月11日は息子たちの誕生会をして
過ごす予定です。長男は3月1日、
次男は3月8日が誕生日なので
その後の日曜日に誕生会をしてきたのです。

ケーキと長男のお気にいりの石巻直送の
お寿司屋さんにお持ち帰りを頼みます。

TVではたくさんの特別番組が
放映されるようですが、
たぶんまだ直視出来ないと思います。

被災地以外の皆さんには忘れてほしくないので
見てほしいですが、私たちにはまだまだ
つらい内容です。

だからこそ、家族との時間を大切に
心穏やかに過ごす気持ちでいたいと思います。

(ちびあずき)



メールアイコン 私は、現在中国で生活しています。
去年のこの時期もこちらで、ネットのニュースを
信じられない思いで見ていました。

3月11日の過ごし方について
ずーっと考えていました。

ちょうど、前日の10日に北京で
友人の結婚式があるので、新幹線で
2時間強の街から出かける事になりました。
スコップ団の方が花火を打ち上げる時には、
友人の門出を祝っているはずです。

そして、当日の11日は、
北京在住の日本人の方がバザーをされるとの
記事を見つけたので、
小さな協力をするつもりです。

3月11日の過ごし方を考える機会を
与えてくれてありがとうございます!

(harami)



メールアイコン 後輩の卒業する姿を見に行きます。
私の通っていた大学は
毎年3月11日に卒業式を行っており、
昨年もあの時間、みんな袴を履いて
式の開始を待っていました。

あれから1年、あの瞬間に
「無事かな?」と思った人たちは
幸いにもみんな今でも笑顔で過ごしています。
そのうちの4人の晴れ姿を見られる、
そんな小さい幸せを再確認する日になると
いいなと思います。

(オカメインコ)



メールアイコン 昨年の3月11、この日は、
わが夫の手術日でした。手術の成功を祈りつつ、
息子や義姉と夫の病室(9階)にいるときに
激しい横揺れを感じすぐにテレビを付けました。
そこには、あの、津波の映像がライブで写され、
夫の無事を祈っていたはずが、
ただただ、被災地の皆さんのことばかりが
気になり‥‥
手術は成功し、執刀医がまず報告に
来てくれましたが、こちらからの、
地震のニュースのほうが大きく、
先生も唖然としておられました。
手術室は幸い建物の二階にあり、
ほとんど揺れを感じなかったとか。

さて、今年の3月11日ですが、
元気になった夫とコンサートに参加します。
京都の同志社大学にある、寒梅館のホールで
「復興祈念ハートフル・コンサート」
 Harmony for Japan in 京都
ワークショップを挟みながら、出
演団体が朝から晩まで歌いつなぐことで、
東北への祈りとエールを送ります。
参加費も入場料も寄付金になります。
沢山の参加があるといいなあ

どなたか、お越しになりませんか

(h)



メールアイコン 先ほど、311当日、各地で撮影された
NHKの映像記録番組を観ました。
最近は震災のことは忘れてないけども、
少し遠い感触になってきていました。
でも映像を見ていて、
心臓の鼓動がこんなにも速くなったことに
驚きました。
怖い、と思いながら、
あの日の猛烈な不安感を思い出しました。

職場に泊まって帰宅した12日の朝、
最寄り駅前のスーパーで
水やら非常食になりそうなものを買いこんで、
家に着くなりコートも脱がないで
非常持ち出し用荷物を作ったことを、
ふと思い出しました。

11日は普段どおり家でTVを見ながら
過ごしてるはずです。
震災関連の番組を観ながら
非常持ち出し用バッグの点検をします。
TVの向こうを見てるだけじゃなくて、
自分も体感した出来事だったことを
噛み締めながら。

(あそのこ)



メールアイコン 3月11日の日曜日は
仕事で水道橋での講座に出ています。
きっと、そこで参加者と共に
黙祷を捧げるだろうと思います。
夜は、友人が歌うジャズボーカルのライブを
聞きに行きます。
「復興を祈るライブ&セッション」
ということで、
祈りの歌声に思いを乗せて過ごします。

(あると)



メールアイコン 2012年3月11日、
自分が働いているお店(百貨店)が閉店します。
阪神淡路大震災にも耐えた神戸の百貨店です。
悔しく、残念でなりません。
阪神淡路大震災で被災して、乗り越えても、
まだまだ人生いろんな試練は
やってくるものです(笑)。

あのころ、神戸の下町の高齢のお客様も多く、
お店に立ち寄り、店員と雑談したり
お互いを励ましあい
過ごした日々があったそうです。
閉店となり、御礼を言いに来てくれたりと
ありがたいです。

閉店する日時(3月11日)に物議があり‥‥
それぞれ、いろんな想いと思いがあり、
悩みました。複雑でした。
震災を経験した私達だから言ってもいいことば。

やろうと決めたことは
昨年末から、お客さんやスタッフに
桜の花のカードにメッセージを書いて、
桜の樹のオブジェに花を着けてもらっています。

七夕の短冊ならぬ、桜の花ですが
何か書いてくださいとなれば、
人は願わずにはいられないようです!
「美人になりたい!」
「お父さんが早く好きな仕事を
 みつけますように!」
などもありながら‥‥
神戸の震災のと一緒に復興しながら
ご利用していただいたお店だった方も多く、
閉店するお店へのメッセージ、
なにより東北へのメッセージはストレートです。

今月末にその桜の花のメッセージを
岩手県宮古市中央度通商店街と末広町商店街へ
お届けに伺います。

老若男女の方々に桜の花に、
それぞれの目線での
「3月11日の東北へ」のことばを
みなさん誇りをもって綴っておられます。
東北だけじゃなくたって、
普通に元気でますね‥‥(お見せしたい〜)。

東北にたくさんの桜が咲きほこる日を願って
今年は神戸から桜の応援メッセージを
届ける次第です。

桜の季節にはちょっと早いですが
3月11日は桜のメッセージを満開にし、
お店を閉店させます。
きっと、満開!

(sohko)



メールアイコン 私は、福島県伊達市に住み、
福島市で働いている43歳の高校教師です。

3月11日が近付くにつれ、
「あれから一年、だんだん周りに
 「福島」のことは
 忘れられていくんだろうなあ」、
というのが正直なところの考えです。

地震や津波よりも、目に見えなくて
どうしようもない放射能との戦いが
始まって1年、これからも戦いは続きます。

そんな今の私の率直な気持ちは、
「3・11になるとまたあの1年が始まる」
というもの。
伝わりますか?
うまく説明できないかもしれませんが、
震災は2011・3・11でしたが、
また季節がめぐり、
同じ「3・11」からの1年が始まるのです。

勤務先の高校の体育館は避難所となり、
夢中でお世話をさせていただいた1カ月。
今でも、体育館に行くとその時の臭い
(人の臭い、食べ物の臭い、
などいろんな臭い)とともに、
様々なことを思い出し苦しくなります。

自分の子供は、小学校2年生ですが、
主人の実家(東京)に避難し、この1年間は
そちらの両親と暮らし、私たちとは
離れ離れの生活を余儀なくされました。

4月からは、こちらに戻り
一緒に生活することになりましたが、
また3・11からの1年が始まるのです。
電気がなく、断水した数日間と、放射能との日々、また始りそうで怖いです‥‥。


同じ職場にも、ほぼ日手帳の仲間がいます。
気仙沼に支社を作ったのならば、
ぜひ福島にもお願いしたいですね、
といつも話をしています。

そしてお願いします、私たちの故郷は、
「フクシマ」ではなく、
「福島」や「ふくしま」なんです、
ぜひ忘れないでください‥‥。

何とはなしに書いてしまいましたが、
これからも東北を元気にしてください、
私たちもがんばります!!!!!

(福島のあっこ)



メールアイコン 3月11日は「チャリティーマラソン」に
スタッフとして参加します。
http://bbsee.info/newpione/
http://www.corredor.jp/CharityRun.pdf

去年の4月から月に1度はじまった
チャリティーマラソンも今回はいよいよラスト。
家族や友人を誘って本当にいろいろな人が
今まで参加してくれました。

今年は3月11日が日曜日。
今までは第1日曜に開催しているのですが、
今回だけは第2日曜に。
いつもは午前中で終わるのですが、
今回は15時までする予定です。

そして震災が発生した14時46分に
全員で黙祷ができればと考えています。

(かをる)



メールアイコン 息子が防衛大学校への進学を決め、
「自衛隊」の存在をそれまでよりもずっと
身近に感じ始めていた矢先に
あの震災が起こりました。
テレビで次々と流れる悲しい場面のその中に、「光」への道すじを切り
拓いていくかのように黙々と作業をする
自衛官の姿がありました。
「ご苦労様です」と思うとともに、
なんだかもうすっかり身内のような気分で
自然と涙を流していたことを思い出します。
そんな中、息子は明るく横須賀へと
向かって行きました。

あれからもうすぐ
1年を向かえようとしています。
厳しくめまぐるしい生活の中、
たまにしか返ってこないメールには
「元気!!」「大丈夫!!」としか
書かれてこない。
母としては、もう少し君の近況が知りたいのだよ‥‥
と思いながらも
「元気でなにより」と思うことにしています。

3月11日。
被災された方々へ思いを寄せるとともに、
あの時の自衛隊の方々の活動やその心に、
いま一度思いを馳せたいと思っています。

そして息子に
「君はよく頑張っている。
 その元気さと朗らかさがかあさんは大好きだ。
 でもそこにあの震災の時に見た
 先輩自衛官のようなータフなやさしさーが
 加わったらもっといい男になるぞ〜!!」
とメールしようと思っています。

(もうすぐ春ですね)



メールアイコン 3月12日に引っ越しをします。
11日はきっと最後の箱詰めでおおわらわです。
先日増えた
新しい家族の荷物もしっかり詰めて、
次の場所へ旅立つ準備です。

(ゆりこ)



メールアイコン 3月11日がお誕生日の人たちをお祝いする。
(実際周りに居なくても、
 その人たちおめでとう! の気持ちで過ごす)

今の3月11日は沢山の方が
静かに祈る日になると思います。
なので、私は否応無しにお誕生日が
祈りの日になってしまった人たちに、
お誕生日を楽しく過ごしていいんだよ、
あなたたちのおめでたい日を
「自粛」しないでいいんだよ、と、
言ってあげたいなぁ。

もちろん、私も
あの日被害に会われた方々の事は忘れません。
でも、3月11日のイメージが一つになると、
残念に思う人もいるかもしれないので、
祈りとは別にもう一つ、
おめでとうを呟く日にしたいなーと思います。
ツイッターでは勇気が出ないので、
こっそりですが。
3月11日がおめでとうの人たち、
忘れてないよ!(笑)

(hana)



メールアイコン こんにちは。ドイツ在住です。
震災後1年になるので、
特集番組があるのですが、
「フクシマ」ばかりです。
海外では東日本大震災は「フクシマ」。

今でも何にも解決していない悲惨な日本人、
悲壮感溢れる報道で、
かわいそうモードいっぱいです。
震災後頑張っている人たちが一杯いるのに、
可哀想がられるのも嫌な感じです。

日本の皆さんの努力に感謝と愛をおくります。
ありがとう。

(深雪)



メールアイコン 3月20日に山梨県南アルプス市で
復興支援のダンスイベントをやるのですが
それの全体練習に行ってきます。
若い力が躍動する応援です。
ホームページでも紹介して
少しでもお客さんに来てもらいたいです。

(m)



メールアイコン 私は九州へ旅行へ行き、
地震発生時刻になったら
黙とうをしようと考えています。
いつもの旅行と比べて特別な感じがします。
読者の方が旅行行く場合、
できれば黙とうをお願いします。

(乾杯)



メールアイコン まだ小さい息子と、
いつもよりもじっくり遊びたいと思います。
いいことをしても悪いことをしても、
自然は平等に誰にでも
災害をもたらすことを知りました。
神様はいないけど、もし命を奪うなら、
まだ小さい息子と一緒にお願いしますと
言いたいです。

もしも息子が一人になってしまうなら、
私の愛を少しでも覚えていてほしい。
だからたくさん一緒に遊びます。
私にできるのはそれだけです。
あとは息子と一緒に募金をしに行きます。

(m)



メールアイコン 盛岡でいつもの様にラーメン作ってます。
皆で黙祷しよう、と思っています。

(w)



メールアイコン 横浜在住です。
私の息子は3月11日が誕生日です。
そして、陸前高田に住んでいた、
父の命日になってしまいました。

高台にあった老健施設で
リハビリ中だった母は無事でした。
手足が不自由で一人暮らしは無理な母を
引らないわけにはいかず、
いきなり私の介護生活が始まりました。

3月11日、テレビは消して過ごします。
あの映像を見るのは、
とてもとてもとてもつらいので。
たぶん、とりあえず笑おうと、笑わなきゃと、
この1年間繰り返し観た
ラーメンズのDVDを観ながら過ごします。
落ち込むと繰り返し聞いた
ラデツキー行進曲を聞いて、
やりすごしたいと思います。

「忘れない」とメディアは連呼するでしょうが、
できるならば私は全部忘れたいです。
陸前高田で生まれたことも全部忘れたい。

誕生日の息子は、受験生でもあるので、
国立大学の前期試験の結果によって、
後期のテストに向けて、
地方に行っているかもしれません。
横浜にいたら、去年お祝いできなかったので、
思い切り大きなお誕生日ケーキを
買おうと思います。

(H)



メールアイコン 自分でも驚きですが、あの日が近づくにつれ、
どんどん怖くなってきています。

震災特集番組も、開始数分で心臓バクバク、
涙が出てきたりしてすぐ変えてしまいます。

10日はスコップ団の花火を
麓の方から眺めることに決めています。

11日は、同じことが
同じ日に起こる可能性なんて、
スゴく少ないはずだけど、
きっと静かにその日が終わるのを祈りながら
じっと待つ日になると思います。

(p)



メールアイコン 港区白金台でフランス菓子店を営業しています。

過去に福島県で働いていたこともありますので、
できる範囲で東北、特に福島を応援しています。

3月11日は、日曜日。
普段は定休日ですが、この日はお店を開けます。
普段は作らないこの日限定の
福島の日本酒を使ったお菓子を販売します。

お菓子の材料に使う日本酒の量なんて、
たかが知れてます。
「酒蔵の支援」を考えるのなら、
日本酒を飲むのが一番!
でも福島のお酒を使ってるということで、
お客様に伝えられるものがあるかなと
思ってます。お菓子の売上金は、
福島県災害対策本部に送る予定です。

これから果物の季節がやってきます。
去年もそうでしたが、
安全という基準をみたしている限り
今年も福島の果物を使ったお菓子を
販売していきます。

(ア・コテ パティスリー シェフ)



メールアイコン ゆっくり、冷静に、
故郷を思う日にしたいです。

東北ではないところに住んで数年。
震災当時、当たり前だけれど、
今住んでいるところの人たちとは
不安や悲しみや憤りの温度差がありすぎて
辛かった。
それをゆるせる自分になる日にもしたいです。

(かな)



メールアイコン 田舎のお寺でヨメをやっています。
三月十一日は、涅槃会の法要です。
年に一度開帳する涅槃図の前で、
手を合わせたいと思います。

(くみ)



メールアイコン 3月11日は仕事の予定です。
新婚旅行の販売なので、
幸せいっぱいのお2人の気持ちを大切に
いつも楽しくお話させていただいてます。
それは3月11日でも変わりません。

昨年は3月15日から300人規模の展覧会を
開催することになっており、
その実行委員として準備中でした。
すでに悲惨な被害状況が伝えられていて、
会場で募金をしようとか
受賞パーティは中止にしようとか
そもそも展覧会なんてやっていていいのかとか、
いろいろな意見がありました。
実行委員として悩んだんですが、
あの日、永田さんが「製作中」に書き込んだ
以下の言葉がまさに私の気持ちなんだ、
と実行委員長とも話し合い、
他のスタッフにも伝え、展覧会は続行、
受賞パーティは乾杯とアトラクションは
なしにしました。

「こうやって本を出すことが、
 なににつながるのわかりません。
 でも、みんなが回し続ける
 大きな輪のようなものを、
 ひとりずつがちゃんと回したほうが
 いいような気がするのです。」

今年も同じように展覧会が
3月13日から開催されます。
例年どおり展覧会ができることを
しみじみありがたいと思います。
大きな輪のようなものを
今年もちゃんと回したい、と思います。

(fufu)



メールアイコン 3月11日はいつもどおりの日曜日を
過ごすことにしました。
ランチして、洗濯して、
1週間分の録画を見て、
月曜からの仕事に備えてゆっくり休む。

テレビの震災特集は見ないで過ごします。
思い出すだけで涙が出るし、
まだ地震や原発に対する不安は消えないし、
震災関連のことを考えると
気持ちが沈んでしまうので。

去年の3月11日の出来事を振り返るのは、
まだ少し早い気がしています。
あの日にテレビで見た東北で起きたこと、
混乱した東京で体験したことは
忘れようがないので、
今見なくてもいいと思っています。

「Before(震災前)」と
「After(震災後)」の映像は
恐怖でしかないので、振り返るのは
「Before(復興前)」と
「After(復興後)」が見れるように
なってからでいいかなと思っています。

(こまち)



メールアイコン 今年の3月11日はおそらく、
漫画の「彼方から」
(ひかわきょうこ著 白泉社出版)を
読んでいると思います。

主人公のノリコの信念である、
「自分に力がない事を嘆かない。
 持たない力が欲しいと
 ないものねだりをしない。
 自分にできる事を精一杯やろう」
という考え方が、自分の心に合致するので。

今年のその日の過ごし方とは
関係がありませんが、
たくさんの皆さんの過ごし方を読んでいて、
お礼が言いたい人を思い出しました。
それはNHKのアナウンサーの方です。

私はあの日TVをつけて作業をしていました。
突然の緊急地震警報と
それに続く画面切り替えで、
東京が大きく揺れていて、
「ただ事ではない」と身構えていました。
緊急事態に弱いので、軽く動揺してもいました。

その時、男性アナウンサーの
「落ち着いてください、
 揺れの激しい所では
 机の下など安全な所に避難してください」
という声で、確かに落ち着きました。
画面の中のスタジオもかなり揺れているのに、
その方はまったく普段と変わらず、
何事もないかのようにアナウンスを
繰り返しておられました。
あの方のおかげで、その後の一連の報道に
冷静でいられたと思います。
だから「ありがとうございました」と、
言いたいです。

(Y・H)



メールアイコン ほぼ日手帳の無償配布の件で、
ガイドブックにも掲載していただいた者です。
その節は本当にどうもありがとうございました。

数日前に、私の精神状態が
良くないのかもしれないと気付きました。
震災関連の映像を見たくない人が多い中、
私は見たい気持ちがすごく強いんです。
防災関連のサイトや本もたくさんチェックし、
何度となく非常持出袋の用意を
やり直しています。

自分の経験はもちろん、震災後に得た知識を
人に伝えたい気持ちも強いです。
気持ちの整理をつけるためにしているのか。
また同じ事が起きた時に誰よりも
うまく立ち回りたいのか。わかりません。
11日以降はそういった情報から、
少し離れようと思います。

11日は1日だけ元の場所に戻って行われる、
閖上朝市へ行く予定です。
熱気球に乗れるらしいです。
あんなに家がたくさんあったのに、
今や熱気球ができるほどの更地なんですね。

(ジェレミー)



メールアイコン わたしは高校一年生で、
合唱斑に所属しています。
わたしの学校は吹奏楽班、管弦楽斑、
合唱斑が互いに協力しながら活動しており、
3月11日は管弦楽斑の定期演奏会なので、
わたしはアナウンス係として
働いていると思います。

東北は合唱の強豪校が多いですが、
特に福島は合唱県とも呼ばれ、
合唱をやっている学生なら
誰もが憧れを持つのではないかと思います。
そんな東北を地震が襲い、多くの合唱を
愛する人が、仲間が被災しました。

多くのミュージシャンが
音楽の意味を問うたように、
合唱の意味が問われました。
しかし被災地でも歌い続ける仲間の姿に、
合唱の力、音楽の力というものも
感じさせられました。

こうして文章を書いていて、
1年前に感じたことが何も薄れていないことに
驚きを感じます。
合唱の意味はまだ確かでないままです。
テレビでやっている震災の番組を
しっかりと見ることができません。
3月11日も見れないままのような気がします。
1年たったなんて信じられないです。

(むらこ)



メールアイコン 今年の3月11日は、
普段通りの生活をしていると思います。

お寺へ行って震災で犠牲になった方の
ご冥福と復興の祈りを込めて書いた
写経を納めます。

一年前、募金しか出来なかった私ですが、
恐ろしさを忘れない事、
周りの人・物・環境に感謝する事、
祈る事も出来ると思えるようになりました。

(有翼)



明日も、みなさんからいただいた
「3月11日、なにしてる?」のメールを
ご紹介いたします。
それでは。

2012-03-10-SAT

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