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<腹をくくると、何でもできる?>
ほぼにちわ。メリー木村です。
「いま、働いているまっ最中!」
という方からのメールが多いのが、
「調理場という戦場」というコーナー。
わたくし、「調理場という戦場」の取材をする中で、
斉須さんの誠実さや清潔さや仕事量に驚嘆いたしました。
今でも毎日、ことあるごとに
「斉須さんなら、こうするな」と思い浮かぶほどで、
これには、みなさんから届くメールにも、
思わず手を握りしめながら読んでしまおうというものです。
今回は、そんなチカラのこもったメールをご紹介します!
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・初めてメールします。37歳独身・女です。
今回初めてメールを出してみようと思ったのは
斉須さんの頑張りに感銘したからです。
私は22歳の時に結婚し、
30歳直前で離婚したその時が起死回生でした。
それまでは親に守られて就職も自分で探す苦労もなく
暖かい人々に守られて、
苦労と言う苦労も知らずに幸せに暮らしていました。
(それも後で気付くものですね)
そんな人間だったのでいろんなこと(人に騙される)に
気付かずに、ただ愛する人を信じて生きていました。
しかし、それが決して自分のためにはならない、
と気づき、離婚を決心しました。
離婚が成立するまでは顔が変るほど泣き、
悩みましたが、離婚成立と同時に
心に羽が生えたように目の前が明るくなりました。
やっと自分らしい生き方をしていいのだと。
しかし、私自身も苦労もせずに育ったわけですから
相手にもそして自分にも甘かったわけで、自分に
今一番必要なのは自立だと考え、反対する親元に
戻らず、単身東京に出ました。
振りかえれば、どんな苦労が待ちうけているかと
どきどきした再出発でしたが、人間腹をくくると
何でもできるもんだなと改めて思いました。
とはいえ、親切な人々のお蔭でたいした苦労もなく
過ごせたわけですが、自分で働いたお金ですべてを
解決することを、はじめて経験しました。
面倒な苦労話が嫌いなのであまり人には話さない為、
現在の私しか知らない人々はずっとキャリアウーマンを
目指したように思っているらしく、とても人物像を間違えて
捉えられているのですが、離婚前の私を知っている人々は
「あのお嬢さんお嬢さんした人がねぇ」
なんて一緒に笑ってくれます。
こうやって笑える日がいつなのか、見当もつかず、
先の目標なんて考えている余裕もない時期があったことが
うそのような現在ですが、
斉須さんのコーナーを読むと過去のことを思い出します。
職場も一番始めの幼稚園教諭というのを含めて6ヶ所で
しかも現在は今までのキャリアと
なんの関係もない仕事をしていますから
自分でも少々驚いていますが、
人間その気になれば
どうにかなるもんだなぁと思ってます。
離婚を決心した時には、現在の状況は想像もつかない。
22歳、23歳で結婚して
お母さんになるんだろうと思っていた
若い頃からも想像つかないことですが、
もしかしたらこれが
私らしい生き方なのかも知れないと
自分なりに納得しています。
いつ死んでもいい(後悔しないという意味)と
思えるような生活をしていたいと思っていますが、
現在は、もう少し
今の仕事のプロになってから死にたいなぁ
とも思います。斉須さんの言葉に、
<ぼくには資質がないのだから、
やり過ぎぐらいが当たり前のはずだ。
「やり過ぎを自分の常識にすることによって
水準を守る」という
ぼくの仕事への基本的な方針は、
この時からはじまったように思います。>
とありますが、私も何か困難にあった時は
「私にはこれが足りないから、
神様が与えてくださっているのだ」
と思うようにしています。純粋に仏教で育ったくせに。
しかしそう思うと楽になるし、自分に足りないんだから
頑張ろうと前向きになれるんです、私の場合。
斉須さんほどの苦しさを経験する勇気も力もありませんが
頑張ればどうにかなるという経験はしましたので、
感銘できたのかなと思い、メールしました。
長々と自分のことばかり書いてしまってごめんなさい。
これからも勇気の出るコーナー&楽しいコーナー、
を期待しています。
(匿名のかた)
・いつも「調理場という戦場」楽しみにしています。
2年前、今の会社に来た時、軋轢だらけで
「不満を言わない方が悪い」という雰囲気が満ちていて、
ぜったいに続けられないと思いました。
忙しいし、新入りの私にも
(それなりの年齢で社会人経験もあったけど)
責任の重い仕事がまわってきました。
失敗すれば容赦ない言葉を投げられました。
何度も不満をぶつけ、泣き、
悔しいので夢中でやっていたら2年経っていました。
気が付いたらいちばん戦った相手が
いちばん信頼できる人になっていて、
その人に引っ張られて、再来週から
別の部署で新しい仕事をすることになりました。
斉須さんのフランスでの経験には及ばないものの、
読んでいて「わかる!」と思えるのは、
訳がわからないまま働いていた
2年間があったからなのでしょう。
変にわかったつもりにならなくてよかった。
(ゆ)
・19歳の息子が、家を離れて
遠い地の和食の店で働いています。
朝5時から夜11時までの仕事で
帰ってからは次の日の賄いメニューを考えるという毎日。
予約が多い日は朝3時半起きです。親としては、
「これでは『女工哀史』の世界だ。
過重労働で過労死する。
道はいくらでもあるのだから
頑張らないですぐ辞めろ」
と言ってやりました。
当然の判断だと思ったからです。
でも昨夜、息子からの電話で
「今、挫けたら自分として情けない。
あと3ヶ月は気力の続く限りやってみる。
最後の判断は自分でしないと」
という返事でした。涙がでました。
そして今「調理場という戦場」の第9回を読みました。
プリント・アウトして息子に送ります。
ドアを開けたままにして見守っていこう、
と決めたところです。
(匿名のかた)
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どの方も、めちゃくちゃ一生懸命ですね!
特に最後の「ドアを開けたまま見守る」という
親心に、「じーーーーん」といたしました。
「ハードルの高いところを思いっ切り行こうって
頑張りますと、知らないうちに
自力ができているんですよね……。
超えようとしている時には、
自分ではまだ、わからないんだけど」
これはさ来週ぐらいに「ほぼ日」に登場予定の、
直木賞作家・山本一力さんの言葉なのですが、
最初と2番目のメールの方は、
どちらも、そういった言葉と合い通じる
「積み重ねているうちに、
いつのまにか想像以上のものになっていた」
というお話で、読んでいてとても勇気が出てきました。
ほかにもたくさんたくさん素敵なメールがあり、
ここで何百行も使ってご紹介したいなぁと思うのですが、
今日は「この3通をじっくりお届け」ということで、
パリッと「postman@1101.comから」をしめますね。
ではまた、次回のこのコーナーで!!
postman@1101.com宛てのメールは、
スタッフ全員が必ず読んでいます。
これからもご意見、ご感想をお寄せください。
アクセスの数字の後ろに「人」の姿が見えると、
スタッフ一同、なによりの励みになるのです。
postman@1101.com 宛に送ってもらったメールは、
このコーナーで紹介させていただくかもしれません。
掲載されちゃ困るメールには、「載せちゃイヤ!」と
書き添えてください。逆に「載せて!」と
書いてくれるのもけっこうです。
◆あと、無理じいするつもりはありませんが、
「ほぼ日」では、顔文字禁止です。
どうしても使いたい人に「やめろ」というつもりは
ありませんが。
(darling) |