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たくさん届くNYテロ事件のメールの中で
こんにちは。「ほぼ日」のメリー木村です。
今日は、9月13日「ほぼ日・今日のダーリン」へ、
みなさんから届いたメールを特集しようと思います。
いま「ほぼ日」には、NYのことについて、
いろいろな人から、いろいろなメールが届いています。
「こんなことがあって、うれしかったよ」みたいな
ふつうのおたよりは、かなり少なくなっています。
・・・非常時?
・・・不謹慎?
そんな、あんまり穏やかではない言葉さえ、
メールの中でよく見かけるような日々なわけで、
その最中、9月13日の「ほぼ日・今日のダーリン」は、
『みんなが大事を語る時に、自分なりに思うこと』が
テーマでもあったため、とても大きな反響がありました。
今回は、そんな誤解を受けやすいテーマに
内容をしぼる「postman@1101.comから」になります。
いろいろなかたのメールを、たくさん掲載しますね。
読まれる前に、ひとつわかっていただきたいことは、
「パーソナルな内容について語っているために、
それぞれのかたの論理の不具合を指摘することが、
ある程度、容易になっている」ということです。
このような話題に関して、
おおぜいの中で話しあうと、
「世界の平和のために、私は頑張ります」
という正論以外のことは、いきおい
「論破されやすい状態」になりがちだと思います。
もちろん、正論が正しいかもしれません。
ただ、ぼくとしましては、今回は、
「正しいか、正しくないか」という点より、
むしろ「実際にそう感じているかどうか」という点に
重きをおき、メールをピックアップしてみたつもりです。
参考意見も、反対意見も、掲載していきますね。
でははじめに、そのみなさんのメールの
寄せられる端緒にもなった、9月13日づけの
「ほぼ日・今日のダーリン」を、引用紹介します。
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なんとも、すごい時にアメリカに来たものだ。
不運だと考えてもしかたがないので、
できるだけ、シアトルにいてできる「ほぼ日」の仕事を
やることにしようと思う。
なにができるのかは、わからないままなんだけれどね。
たくさんのメールや、他のサイトを読んでいて、
なんとなく思ったことを書いてみる。
反対の意見もあるだろうけれど、ぼくの考えだ。
冷血なわけでもないけれど、そう思われるかもしれない。
ごくふつうに日本で生活している人にとって、
この事件について「より詳しく知る」ことや、
「より当たる予言をする」ことなどは、
ほとんど意味がないのではないかと思う。
みんながみんな世界一大きなニュースについて、
眉をひそめて語り合うことはない。
悲しい出来事であるのは確かだけれど、
その世界すべてに自分は関与できないのだから、
いま何をするのがいいのか、よく考えてみよう。
魚屋は、いい魚を仕入れて売り、
タクシーは事故のないようにお客を送り届ける。
自分のこどもがぜんそくで苦しんでいたら、
すぐに病院に連れていこう。
1年生は、今日憶える漢字を憶え、
恋人は、恋をしなさい。
当事者や関係者は、
それができないから当事者なのであり、不幸なのだ。
みんながみんな当事者であるはずはないし、
誰もがジャーナリストになる必要なんかはない。
悲しみを感じられないなら、悲しまなくていいし、
悲しんでいることをことさらに言うこともない。
今日も隣人のために誠実に魚を売ろう。
今日も、愛する人にキスをしよう。
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まずは、この文章を、アメリカで
読んでいたかたからのメールを紹介しますね。
・シアトル在住です。
シアトルもほとんど通常に戻りましたが、
娘を連れて公園に行ったら、
仕事が休みと思われるお父さん連れが
いつもより多かったので、
やはり今回のアタック関連なのかなと思いました。
私たちのようにアメリカに住んで
こちらで墓を買うであろう者にも、
「今日のダーリン」はこころに浸み込みました。
ニュースを見て泣き崩れるアメリカ人の夫に
「なんで君はそんなに平静でいられるのかが分からん」
と言われ、とても傷ついたからです。
でも、2歳の娘が
「ママ、ダダ、わたしはニュース見ないの。
アビちゃんね、こわいから見ないの。
ドッカーン嫌いなの。カバのパズルするの」
といって泣き出した時は、我に返っていつもの通り、
カバのパズルをして遊びました。
(はなアリシオ)
・私は、デトロイトに住む一主婦です。
先日のアメリカでの事件、
直接被害にはあっていないデトロイトでも
影響は大きく、
人々は変わりなく日常生活を送っていますが、
心から笑えることはなく、今までとは違っています。
私は、しつこい風邪が
なかなか治らず困っていたところで、
TVでずっとニュースを見ていました。
ローカルニュースでは、近くのスーパーで
物資の寄付を募っているところや
「みんなでがんばろう」
という意味で、アメリカ国旗を
無料で配っている場面が流れていました。
そんなとき、ふと、私の頭をよぎったのは、
私は、私に今出来る
精一杯の事をやるしかないということです。
「今の私にできることは、
養生して、早く身体を治すことだ!」
そう思った瞬間、
めいっていた気持ちが少し楽になりました。
その人たちを大切にするためにも、
早くよくならなくちゃ。
事件の被害者の方々のために、
私に何かできるかもわからないけれど、
何かするためにも、早くよくならなくちゃ。
そう思っていたときに、
昨日の「今日のダーリン」を読みました。
魚屋は新鮮な魚を届けよう・・・その内容は、
冷たくなんかない、その通りだと思いました。
(d)
「なんで君はそんなに平静でいられるのかが
分からん、と言われ、とても傷ついた」
という言葉が、読んでいて印象に残りました。
次は、パーソナルな事情についてのメール4通です。
・今日のdarlingの
「自分にできることをする」は、
昨日、惨劇の光景がくり返し流れる
テレビのスイッチを切ったときに
わたしも強く思ったことでした。
残念ながら、今は恋はしていないので、
愛する人にキスはできないけれど、
今日も引きつづき、自分のお店の
ワインの品ぞろえがうんたらとか、
店内の照明がどうだこうだとかについて、
アタマをグルグルかきまぜながら
言葉をひねり出していこうと思います。
これが、今わたしができることです。
同じことは、今年の夏にも強く感じました。
ほぼ日のお身内の方に悲しい出来事が起き、
半分閉店状態になった時です。
偶然その日、わたしも友人の訃報を受けていました。
自分のしたいことを、その人らしいやり方と
ペースでつづけていた人でした。
しばらく会っていなかったこともあり、
彼女の死は、わたしが受けた衝撃とは別に、
とても遠かった。
その時に同じことを思ったんです。
自分のできること、ちゃんとしよう。って。
でも、なかなかむずかしいです。
仕事をめぐっての自分の気持ちや状態が
いま宙ぶらりんなこともあって、
簡単じゃないなぁ、という1ヶ月でした。
(y)
・今日のダーリン、を読みました。
本当にそうだと思いました。
昨日は何も出来ずにテレビばかり見ていましたが、
今の私に出来ることはこれじゃないんじゃないか、
って今日思いました。
私はフルート吹きなんですが、
昨日はさすがに練習するのをためらいました。
(これは以前、天皇が病気の時に練習していたら
近所のおばちゃんに怒られた経験がトラウマなのか)
でも、今日はいつものように、
みっちり練習をして、曲を書きました。
私に出来るのは、今日もフルートを吹いて
音楽をしていくことだけだからです。
生きていることを感謝するなら、
今日という日を無駄には出来なかったんです。
(オーストラリアから奈緒子でした)
・ごく普通に日本で生活している私にとって、
眉をひそめなければいけない状況にあるはずと、
どこかで感じさせられているのに違うような自分。
これでいいのかと、
どうしても考えずにはいられなかった12日でした。
「今日のダーリン」を読んで、
それで、恋してる自分を思いだしたから、
その夜に来た電話に対して、
自分でいられたのだと思うと云うか。
自分がすることを、これからもしていこうと、
多分それがホントのこと、そんな風に思えました。
うまく云えませんが。
(あ)
・世界中が震えてて、子供は学校で
「戦争になるかも」と、
先生に告げられて、おびえて、なきました。
私もいつものかあさんでは
なくなってしまったけど、ほぼ日を読んで、
怖いけど、涙が出てきてしょうがないけど
わたしは、かあさんをしっかりやろうと思いました。
(もっちー)
「知人の不幸の遠さ」を理解したうえで、
割り切れないまま、知人に思いをはせている。
宙ぶらりんのままメールを送ってくださった人の
優しさを感じたような気がします。
「かあさんをしっかりやろう」は、同様のメールを、
母親の人からたくさんいただきました。
「こどもは不安で、食事を必要としていて」と。
では、次は、報道を見ていた方の感想の一部です。
・「今日のダーリン」で、
「まずは毎日をふつうに生きよう」
と言っていたのはその通りだと思いました。
ネットに繋ぐと、馴染みのBBSでは、
時には感情的な怒りを現す発言も見られました。
落ち着いて、闇雲に怒ったり
泣いたりするのをやめないと、
感情論だけで、情報に踊らされそうな気持ちです。
(ao)
・怒涛のように始まったテレビでの映像合戦。
どのチャンネルもすべてそのニュース一色でした。
流行や世間の評がある方向に流れ出すと、
どうも違う方を向きたがる所があった自分ですが、
今回もそんなちょっとした違和感を抱いていて、
でもそれを口に出してしまったら、
冷たい目で見られるのではないかと、
心に閉まっていたことがあります。
「今日のダーリン」を読んで、
その違和感がなんであったのか、自分は世間や友人達に
何を言いたかったのか、すっとわかったのです。
>悲しんでいることをことさらに言うこともない。
本当にここに尽きるのです。
それでも毎朝いつも通り起きて電車乗って仕事して
帰りはデパート地下でお惣菜買って家帰ってという
日々をすごしていくのですから、みんながそれぞれ
心の中で想い、もし出来ることが見つかれば、
それに対して無理のない範囲で協力する、
ということをすれば良いと思います。
(い)
・可哀想だし、淋しいし、カメラに向かって
はしゃぐアラブ人は腹立たしいし、その背景も
いろいろあるんだしなぁ、なんて思うし、
あの突撃は、映画みたいだし・・・でも、
あのテロルでホントに人が何千人も死んだなんて、
実は思えてないし、実はピンと来てないのです。
そんな日々の中でも、僕は朝7時に起きて、
目覚ましテレビ見て、腕立てして、ゴミ捨てて、
会社に向かって、怒られているわけなのですよ。
会社では、まるで、貿易ビルで
一部始終を目の当たりにしたかのような上司で、
フロアは溢れとります。
知識のひけらかしと、自己満足の押し売りが、
いたいけな24歳の心を押しつぶしております。
明日のぼくも、一生懸命クレームの処理に
おわれることでしょう(貿易の仕事をしてます)。
(た)
・NYのテロ事件について、
いろんな人がいろんな言い方をしている今。
日本にいるわたしはなすすべもなく、
ただTVにかじりついていました。
映像にだんだんと見慣れてきている自分に
悲しくなったり、アメリカまでどうやったら
自分の輸血が届くかな?(あほですね)とか、
今まで全く関心のなかったアラブやパレスチナなどの
中東情勢や宗教戦争について考えるように
なったりしていました。
「今なにをするのがいいのか」という言葉を読んで
本当に「ガーン!!!」と胸に来ました。
東京にいて、カメラマンアシスタントをしてる
わたしは、今何をすべきか。それはやっぱり、
自分の仕事ややりたい事を自分の力の出来うる限り
行うということなんですよね。あともちろん、
家族と一緒にごはんを食べたり、
好きな人(片思い中)と話したり、
写真を撮ったりということも私には必要です。
(a)
これまでは、
「まず、自分のあしもとを見てみたい」
という視点のメールのかたを、掲載しました。
次は「今日のダーリン」を読んで
「わたしは、ふつうに暮らせる時に
ふつうにやるべきことをしたらいいとは思わない」
という方達からのメールをご紹介いたします。
・私はごくふつうに日本で生活している人です。
モヤモヤした思いを書いてみました。
書いてから一晩時間をおいて、やはり送信します。
>ごくふつうに日本で生活している人にとって、
>この事件について「より詳しく知る」ことや、
>「より当たる予言をする」ことなどは、
>ほとんど意味がないのではないかと思う。
う〜ん、何かひっかかる。
確かに、「より詳しく知る」ことは
意味がないかもしれませんが、
「よりよく知る」ことは、大事な事だと思います。
「より詳しく知る」ことと「よりよく知る」ことが
イコールではない事は承知しているのですが、
誤読を招きやすいと考えます。
「ごくふつうに日本で生活している」僕達には、
嫌でも情報が入ってきます。少し前の
「ごくふつうに日本で生活している」人たちは、
情報を吟味する事は難しいのが現状でした。
しかしインターネットというメディアを得た今の
「ごくふつうに日本で生活している」私達は、
能動的にその情報を吟味する事が可能になりました。
情報に対する発信も容易になりました。
「より詳しく知る」ことや、
「より当たる予言をする」ことなどは、
ほとんど意味がないとすることで、
「ごくふつうに日本で生活している人」が、
「よりよく知る」事を諦めてしまうことが
あるとしたら、それは寂しい事だと思います。
嫌でも入ってくる
(わずかな/片寄っているかも知れない)
情報だけで物事を判断する事は
判断停止と同義だと考えるからです。
判断停止の状態で、進んでいくものごとに
間接的には関与させられてしまう危険性は、
過去の忌まわしい例をあげるまでもないと思います。
(Hi)
・僭越ですが、みんなそれぞれ自分の仕事、
やるべき事をしています.
やるべき事をしながら心配をしています。
(Z)
・darlingのご意見に完全に同意するわけでは
ありませんが(失礼な物言いで申し訳ありません)、
その『視点』が、自分自身には衝撃でした。
私は、人の耳が二つに分かれているのは、
物事を聞き分けるためだ、と教わりました。
片方の耳からだけ意見を仕入れるのではなく、
もう片方の耳から入ってくる意見にも耳を傾けよ。
すなわち、
「異論であっても様々な意見を聞け」
と言うことです。
もちろん、科学的な論拠のある話ではなく、
伝承のようなものです。
でも、この姿勢は、思考し意見を作るに当たって、
とても重要なものだというのは、
今更いうまでも無いことですよね。
ともあれ、darling様の文章を読み、
私は冷静さを取り戻した気がします。
その上で、私は「より詳しく知り」
「より当たる予言を考え」ようと思います。
この行為は、『居酒屋談義』の範囲を
超えるものではないでしょう。
しょせん自己満足の興味本位かもしれませんが、
自分自身の単純な欲求、
「知りたい」「考えたい」と思う心を満たすからです。
自分のその気持ちが正しいのかどうか、
私には良く分かりません。
でも、自分の声には、素直に耳を傾けたいと思います。
(NA)
みなさん、貴重な意見を聞かせていただき、
どうもありがとうございました。
「語ることの難しいNYの事件についての、
『話すことの難しさ』をふまえながらも、
正面から話してくださる方々の
メールを、お届けしたい」
と思って作った、
今回の「postman@1101.comから」でした。
思わず長くなってしまいましたが、
読んでくださり、ありがとうございました。
お相手は、ほぼ日のメリー木村でした。
postman@1101.com宛てのメールは、
編集スタッフ全員が必ず読んでいます。
これからもご意見、ご感想をお寄せください。
アクセスの数字の後ろに「人」の姿が見えると、
スタッフ一同、なによりの励みになるのです。
postman@1101.com 宛に送ってもらったメールは、
このコーナーで紹介させていただくかもしれません。
掲載されちゃ困るメールには、「載せちゃイヤ!」と
書き添えてください。逆に「載せて!」と
書いてくれるのもけっこうです。
◆あと、無理じいするつもりはありませんが、
「ほぼ日」編集部内では、顔文字禁止です。
どうしても使いたい人に「やめろ」というつもりは
ありませんが。
(darling) |