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第100回
ちわっす。
darlingっす。
「ほぼ日」postmanに届くメールには、
編集部全員が目を通しています。
スタッフそれぞれの視点で、
これを取りあげてみたいなとか、
これはよかったなぁとか、
これは担当者は取りあげなそうだけど、オレは好きとか、
いろいろな気持が浮かんでは消えているのです。
そういう環境ですので、ぼくも、時々
このページの担当者をやってみたくなります。
ちょうど、あややがひどい風邪でアウトになったので、
メリー木村と奪い合って、
今回担当の仕事を勝ち取りました。
昔のも含めてシルシをつけてあるメールが
っっこういっぱいあるんだけれど、
そういうのをゴボウ抜きして、いま到着したばかりの
ほかほかのメールをトップバッターにします。
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『横尾少年と雪と自転車』
今日、東京は大雪。
こんな雪の日には、
きまって思い出す光景があります。
2、3年前でしょうか、
朝、道は大雪。
ザクッ、ザクッと雪を踏みしめ。
私は、ころばないように、ころばないように、
恐々歩いていました。
すると、向こうから
少年(にしか私は見えなかった)が、
自転車にのってくるではありませんか!
あ・ぜん、としました。
道はとにかく大雪、
とても自転車に乗れる状態ではありません。
というか、乗ろうという発想さえ起こせない状態。
その少年も、
ちょっとこぎかけては、
長い足を地面につっぱり、つっぱり
ころげそうになりながら、
自転車にまたがっています。
ラスタカラーの帽子に
ジージャン、
かばんを斜めがけにしたその人は、
なんと! 横尾忠則さんだったのです。
「せ、先生、歩かれた方が、あぶないです」
思わず、声がでました。すると横尾先生は、
「ぼくね、これ、面白いの。遊んでるの」
大雪の道を、自転車にのったらどうなるだろうか、
先生はただ、ただ、純粋に
それが面白くて、はしゃいでいました。
先生はなおも自転車にのりつづけ、
とうぜん、周囲をはらはらさせ、
少し先の道端で、
また、近所のおばちゃんに注意され、
またも、
「面白いの」と説明していました。
以前、
芸術とはなにか
といったような講演で、
雪景色を見て、寒い、とか、いやだと思う大人と。
その美しさに感動し、寒さを忘れているアーティストの
話をされたように思います。でも、
その日の横尾先生は、
大雪を見て、全速力で駆け出す子ども、そのものでした。
ズーニー山田
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最後の署名で気づきました。
ああ、ズーニー山田さん!
別にここは文芸として選んでいるわけじゃないけれど、
抜群に読ませるメールだなぁと思ったんですよ。
ところで、横尾さん、自転車のことを、
自然な乗り物としてではなく文明的なものとして
位置づけているみたいですよ。すごいでしょ。
「ちっとも歩かないで、自転車に乗っちゃうしさぁ」
だって。自動車の文脈で自転車を語る男、横尾忠則。
もいっちょ、新しいところで、雪とコーヒー。
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『雪の日のスタバで』
こんばんわ。
寒いですねー。
毎週計ったように週末の雪。
小さい時は嬉しかったのに。
どうして大人になると、
ウキウキとかワクワクとかなくなっちゃうんだろう・・・
さて。
さむーい金曜日のお昼。
会社の近所のスタバに凍えながら行きました。
そこにはレジが二つあります。
いつもならば、早そうな所にさくっと並びます。
が、昨日は会社の人がたくさんいそうだった列を外して、
混んでそうな方に並びました。
私の前にはおばちゃん3人組、
その前にはOLが1人。
そのOLが万札を握り締めているのに、
早く気付けばよかった。
彼女は会社の人30人分くらいの
お持ち返りを頼んでいたのです。
9000円位の会計のレジ打ちに、
時間のかかることかかること。
その人や、前のおばちゃんたちの慣れない注文を待つうち、
隣の列は、5人分くらい進んでるじゃん!
プンプンでお支払いし、
お受け取りコーナーへ。
そこでも、ノンビリおばちゃん3人組は
楽しそうにお喋りをしています。
今やレジは、長蛇の列。
おばちゃんの1人が、
「すごい人!私たちの時はもう少し空いていたわよね。
ラッキーね!今日は!」ですって。
前の人が30人分の支払いをしていたり、
隣の列はさくさくと進んでいたことには、
全く気付いていらっしゃらない。
でもまてよ。
お店に来た時からいらいらしている私より、
待たされていることにもぜーんぜん気付いてなくて、
「ラッキーね!」って思う人のほうが、
幸せじゃん。
つまんないことでいらいらしてる私よりもさ。
人より早く、要領よくしたい、ていつも考えちゃうけど、
それって、ストレスを自分で作ってるじゃん。
なーんだかなー。
と、ふと思ったのでした。
前にイトイさんが、
「電車の席取り」のお話をされていました。
スタバで並ばれる時も、
お父様の教訓を生かしていらっしゃるのでしょうね。
ハッとした思いが新鮮だったので、メールしてみました。
それではみなさま寒さとツルツル雪に
お気をつけてお過ごし下さい。
陽子
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ああ、そう言えば、ぼくはできたら早いほうがいいと
思っているけれど、そういうケースでは
「しまった」ということで心の整理しちゃうなぁ。
次は、意外に多い「ほがらかな人々」の読者から。
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『2丁目の変化のこと』
いつも楽しく読ませていただいてます。
今日は、昨日私が体験した
一種のカルチャーショックについてお伝えしたくて
メールしました。
ほぼ日でも「新宿2丁目」のコンテンツがありますが、
私も「2丁目系」の人。
昨日の晩も飲んで参りました。
いつもはだべって飲んで帰ってくるだけ何ですが、
昨日はその途中でちょっとびっくりすることアリ。
夜の12時過ぎ、
なんか身体はでかいけど顔の可愛い
肌のきれいな奴が入ってきました。
店の人との会話に耳を傾けると、
「今日は私立の面接だったんすよー」と奴は言い出す。
なぬ?高校生か?と思って
よくよく聞いてみると、奴は「今年で16歳」だと言う。
おいおい・・・未成年って言うかさ・・・
高校生でもないんじゃんよ・・・。
自分なんかその年、良い子チャンだったから
確実にこの時間寝てるさ・・・。
そんな自分は丁度昨日で24になったところ。
何か凄いジェネレーションギャップを感じました。
最近の二丁目は昔と変わって、
若年化が進んでます。
間違いなく。
あと、昔に比べて凄くオープンな空間になってきました。
色んな意味で。
この変化って、実はゲイの間だけでなく、
社会全体に与える影響もおっきいと思います。
性に対する自由度や固定観念、
抑圧されてたモノが、昔より確実に取り払われて、
縛りが無くなり、一歩を踏み出すことが
出来やすくなってきた。
それは前から感じていたことで、
知り合いの店の人が
「最近の子は変わってきてる。」と
(良くも悪くも)言っていたのですが、
今日改めて感じました。
昔から「存在はしていたけれど表に出られなかった」
マイノリティーが表に出始めること、
マイノリティーがマイノリティーとして
声を挙げられる社会になりつつあること、
今までの調和という名の下に異物を排除する
最も残酷なシステムを持っていた日本が
変わりつつあると言う証のような気がします。
屈託無く笑う少年を見て、改めて痛感。
他人にカミングアウトすることだけが
表に出る事じゃないんです。
自分が自分の気持ちに素直に行動できることが
先ずは表に出るための第一歩。
昔は(と言っても私の場合だけかも知れませんが)、
同性に興味を持つと言うことに対する否定的感情や嫌悪が
無意識のうちに強く刷り込まれていたように思います。
今でも実際にあるでしょう。
「男は男として、女は女として」。
当たり前のこと。
私も男です。
でも、誰かを好きになることは止められない。
男である事と、男を好きになることは
両立できないのでしょうか?
そこには性別よりも、相手そのものを好きになる、と言う
純粋な「好き」が存在しているはずなのに。
自分の場合は、たまたまそれが男の人だった。
それはホントにいけないことなのでしょうか?
私も職場の人や他人にゲイだと言うことは出来ません。
でも、そんな殻にこもって
抑圧するしかなかった自分の気持ちを
高校にも入らない若いウチから
表に出すことが出来るようになってきた。
少なくともそんな子が一人はいる。
これって、凄く大きな事だと思う。
時代が変わってきてます。
意外と二丁目の人々はパワフルなのですよ。
予想以上にアクティブに活動してます。
普通の仕事も当然しながら、
がっつり飲みに来て遊んだり、
クラブ行ったり、
あるいはゲイコミュニティーのための活動をしてみたり、
当然「夜の活動」も頑張ってみたり。
クラブイベントを見ていても、
はっきり言って「gay mix」(あるいはただ「mix」)と
銘打たれてるモノの方が
確実に勢いがあるように思います。
自分の感性を大事にしてて、
はやりモノもいち早く察知してる。
男の強さ(やっぱり体力は男の方があるし)
と特有の感性が結びついた時、
本当に凄いことが起きてますぜ。
これから無視できない
マーケットの一つとなると思いますね、あっしは。
今までもホントはそうだったんですが、
それがより明確に、
そして「おすぎとピーコ」みたいな形じゃなくても
自然に社会の中で存在できるようになる気がします。
・・・結構、願望でしかないのかも知れませんが。
ほぼ日の皆様、
これからは二丁目は要チェキですぜ!
そしてこれからも頑張って下さい!
長いメールで失礼しました。
でわでわ。
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そりゃそうでしょうっていうだけなんだけど、
意外に偏見のある方々も多いのが実情でねぇ。
「新宿2丁目のほがらかな人々」は、そのうちまた
再開しますからおたのしみにね。
次はコミュニケーションの話です。
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『飲みニケーションについての意見』
はじめまして。
毎日楽しく拝見させていただいています。
今回、「どこにも言えないけれど、
どうしても伝えたいこと」があったので、メールしました。
長いメールになってしまい、申し訳ありません。
1月24日水曜日の7時半から、NHK総合テレビで、
「飲みニケーション」を特集していました。
その番組は、要約すると、
「IT化の進んだ最近のオフィスでは、
隣の人ともメールで連絡をするようになり、
直接会話をすることがなくなったために、
社員が大きなストレスを感じている。
今こそ"飲みニケーション"で
お互いの胸のうちを打ち明けようじゃないか」
ということでした。
私は現在某日系証券会社にて
派遣社員として働いている24歳のOLですが、
この特集に対し
強いジェネレーションギャップを感じました。
若い世代の社員は、
ストレスはコミュニケーションを「取る」ことによって
解消されるのではなく、
コミュニケーションを「なくす」ことによって解消される
と考えていると私は思うのです。
私は、それを早く世間の上司の立場にある方に
気が付いて欲しいのです。
理屈は簡単です。
コミュニケーションをとることによって、
社内の関係が良くなると信じているのは、
高度成長期からバブルを生きた世代です。
その時代、社員とっては、
会社こそが
個人のアイデンティティを与えてくれる場所であったため、
「会社の利益をあげること」が
当然のように社員に共通の目的・価値観として
存在しました。
そこで、コミュニケーションを深めることは、
「お互いの不満は、共通の目的
(=会社の利益をあげること)を考えれば
小さなことじゃないか」、
「お互いが協力しあってこそ、
お互いの目的が果たせるのだから、頑張ろうよ」
と、上司と部下に二人の関係性を
再確認させる役割を果たしました。
しかし、バブル崩壊後の世代にとって、
いつつぶれるか分からない、
いつ転職するか分からない会社は、
もはやアイデンティティを与えてくれる存在
ではありえません。
会社の外で自分はいくらで売れるだろうか、
という「自分の市場価値」をあげ、
もっと快適に、もっと自由に生きるために、
今いる会社で「修行」している人が多いはずです。
その新世代と旧世代がコミュニケーションを深めることは
何を意味すると思いますか?
お互いの価値観が全く異なっていること、
互いが異物であるという認識を深めてしまうだけなのです。
表面的なつきあいをしているときよりも、
お互いにとってもっと
付き合いにくい存在になるだけなのです。
そして、新世代の人にとって、
自分のプライベートを知られることは、
自分の密かな野望を阻止されることであったり、
会社にコントロールされることに繋がる
危険性を意味します。
そのため、プライベートな質問をされることそのものに
拒否反応をしめし、
知りたがる上司を好まないでしょう。
お互いのプライベートには一切踏み込まず、
個人を尊重することこそ、
これからの世代の人が働きやすくなることであり、
企業の力を高めていくことだと私は思います。
今、一部外資系企業などに見られる成長の秘密は
個人の尊重にあると思います。
このことを、なんとか早く効果的に伝えたいと思いました。
時代の変化、価値観の変化を読むことこそが、
日本企業を早く強くすることに必要だと思うからです。
編集部のみなさんはどう思われますか?
あずき
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なんか、ぼくは、そのどっちでもない意見のようだ。
「飲みニケーション」を強要されるのは地獄だし、
あずきさんの考えも、苦しく感じてしまう。
ただ、「人間関係がいちばん脳を疲れさせる」ということが
かなりこの問題の大きなカギなんじゃないかと思っている。
次は、あれはどうなったのというメール。
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『ちり紙のこと』
こんにちは、まっちゃ猫と申します。
いつも楽しく拝見しております。
ところで、数カ月前に
【「ちり紙」ティッシュを作りませんか?】
のような企画がありましたよね?
その後、製紙業者の方は見つかりましたでしょうか?
実は、紙屋さんと知り合いになりましたもので、
「ちり紙」企画がまだ続いているのでしたら
、お伝えしようかと思っております。
(製造ではなく小売店の方なのですが・・・)
もしよろしければ、企画の内容を
もう一度教えて頂けると嬉しく思います。
私は最近、年中アレルギーくしゃみが出ています。
先日、ふとdarlingのお言葉を思い出し、
手許にありました和紙の
「ちり紙」で鼻をかんだところ、びっくり!びっくり!
あまりの心地よさに「あっぱれっ日本!」と
叫んでしまいました。
あのティッシュが入ってくるまでは
「ちり紙」を使っていたのですものね。
また、花柄や匂いつきや、
色々きれいな「ちり紙」もあったことを
思い出してしまいました。
「ちり紙」の復活はたいへん嬉しいことでもあります。
この際トイレットペーパーも
「おとし紙」に変えてしまいますかね?
それでは「ちり紙」企画がまだ続いていることを、
願いつつ・・・
失礼いたしました。
まっちゃ猫(うつわや大堀)
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かなり、作れそうなところまで肉薄したのです。
しかし、どう考えても労力と金銭的なコストからして、
「ほぼ日」の現状をさらに圧迫するという結論になって、
いまペンディングにしている状態なんです。
欲しいんだよねぇ。
だけど、ほとんどの人が「高い」って言って
買わないみたいです。
こういうもの、多いんだよ。
次は奇妙な味のお話。
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『あにごっこ』
こんにちは。
寒いですね。
みなさま御身体に気をつけてください。
我が家の小学2年生の息子のことで
ちょっと話したくなりました。
彼は放課後たまに男の子ばかり集まり
「あにごっこ」という遊びをしています。
男の子版おままごとのようなもののようですが、
その様子がなんだかおもしろくって。
兄ごっこ・・。
こんなの昔からありましたっけ?
「お母さん死んだことね」などと軽くいってるし、
ペット役を嬉々としてやってる子がいるかと思うと
兄弟の順でよくもめてるし。
ところで、
そのネーミングに一抹の妖しさを感じてしまう私って
不謹慎でしょうか(これは内緒)。
えむ
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だーれが考えだしたんだろう??
もうひとつは、風俗で働いている人から。
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『まじ頭を読んで』
まじ頭を読んで、
とても考えるところがあったのでメールします。
かといって、その考えを聞いてもらいたいんじゃなくて、
なんだか誰にも言えない、けど
誰か適切なひとに聞いてほしかったことを
言いたくなったので。
私は今風俗で働いています。
年齢は20歳、大学生、大好きな彼氏もいるし、
大切な友達も家族もいます。
仕送りだけだって普通にやっていけるのに。
始めたのは、いろいろあって精神状態がおかしくなってて、
なんと言うかひどい情緒不安定というか、
そんなときにスカウトされたのがきっかけです。
もうはじめてから半年以上たちます。
時の流れはすごいもので、今はだいぶ心境も変化したけど、
最初の頃の日記を読み返すとほんとすさまじいです。
「体中けがれてる気がして包丁をにぎったけど、
あたしは傷つけることができない。
思ったほど罪悪感はない、どっかで人のせいにしてるから。
でもなんかすっごいあやまりたい。許してほしい。
大切な人たち、ごめんね。あたしの体、ごめんね。
でも人を喜ばせることで、
あたしは自分の存在、
生きてるってことを確かめることができるんだ。
すっごいくるしい、苦痛だけど。
これはあたしにとってプラスになるんだろうか。
あたしはいったい何を考えてるんだろう、
何をもとめてるんだろう。
きっとあとで後悔するに違いない。
とんでもない自己嫌悪に陥るにちがいない。
でも、でも、、、
不思議と不安はない、罪悪感もない。
あたしがいやだ。」
「ほんとにあたしのためになる?あたしは向上できるのか。
それともまっさかさま急降下?
こんなことでしか自分の価値を確かめることができない
あたしの弱さにもううんざり。
こんなことのためにいきてるの?
だったら死んだほうが良い。」
「事実を言えば、きもい、はきそう、つらい、
へんたいとか、嫌に思ってる。
あたしのどっかがちゃんと拒否反応してる。
よかった、あたしも正常。
でもほんとの正常なら、絶えらんないもんなのかな。
そして大金を手に、心の中でにかっと笑うあたしがいる。
なんでこんなことしてんだろう、
おかね?人がすきだから?人生経験?
それもあるかもだけど、
あたしはあたしを認めてほしいんだ。
体なんてどうなったっていい。
あたしの中身は大切だけど、
かわいいね、いい体だねって誉めてくれるなら、
そーかそーか、ご自由に触ればって感じ。
でも矛盾してる。
だれか、好きな人に大切にされたいっておもってるのに、
自分自身が一番あたしを大切にしてないな。」
ほんと、このこよくしななかったな、ってぐらい。
今はぜんぜん、精神も安定してるけど
続けようって思ってた。
そして結局今、答えが見つかったのかも分からない、
すぱっとやめられるのかも分かりません。
この仕事を普通にやってる自分がわかりません。
長々とすいませんでした。
言いたかったことが10割かけてるかわかりませんが、
よかったらなんでもいいので
お返事ください。
(R子)
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まず、前提として「お返事ください」と書いてある場合、
ぼくは絶対にお返事ださないことに決めている。
これは「自分の規則」として、そうしています。
それから、助言とか相談とかも、無理です。
ただ、「必ずぜんぶ読んでいます」というのは
ほんとうです。
あらゆるものごとは、自分が考えて自分が決めて、
自分が苦しんだり楽しんだりしながら解決するしかない。
もっと言えば、解決だってできるとは限らない。
どんな人にでも、そうなんだと思います。
だから、ぼくも自分でその都度考えたことを、
ただ書いています。間違っているかもしれないし、
なんの役に立つかもわからないけれど。
その一回一回に書いていることが、
返事の一部だと思うんです。
最近、
「人間、ほんとうにイヤなことはできないものだ」と、
書いた覚えがあります。
やっていることには、「ほんとうにはイヤじゃない」場合と
「やめにくい障壁がある」場合とがあります。
最終的には、どうにかなるということなんですが。
わかりにくいですね、これじゃ。
今日はこのへんでやめとこう。
darlingでした。
postman@1101.com宛てのメールは、
編集スタッフ全員が必ず読んでいます。
これからもご意見、ご感想をお寄せください。
アクセスの数字の後ろに「人」の姿が見えると、
スタッフ一同、なによりの励みになるのです。
postman@1101.com 宛に送ってもらったメールは、
このコーナーで紹介させていただくかもしれません。
掲載されちゃ困るメールには、「載せちゃイヤ!」と
書き添えてください。逆に「載せて!」と
書いてくれるのもけっこうです。
◆あと、無理じいするつもりはありませんが、
「ほぼ日」編集部内では、顔文字禁止です。
どうしても使いたい人に「やめろ」というつもりは
ありませんが。
(darling) |