|
<「課外授業 ようこそ先輩」の感想 その2>
darlingが、小学生に「伝えること」を
まじに伝えてる番組「課外授業 ようこそ先輩」への
感想が後を絶ちませんので、またまた紹介していきたいと
思いますの。
見られなくって残念!というメールも
もらってましたけど、コルクボードにあるように
23日(土)13時45分からNHK教育テレビで
再放送しますよ!うききき。
通天閣あかり(仮)もあんな授業受けてたら、
ちょっとは小マシな女になってたんかなー、
なんて思っちゃいましたよ。
それでは、もらった感想をどーんと
読んでみてね。
----------------------------------------------
<思いよ伝われ! コトバは超能力!>は、
大変、面白く拝見させてもらいました。
糸井さんが、お疲れになった、
とおっしゃっていましたが、
きっと子供達も疲れたでしょうね。
つかれたというよりも、
今まであまり意識して使ったことのなかった部分を
使って、いい学習になったんだろうなぁ、と
うらやましい感じがしました。
私は大学時代、美術部に属していました。
毎年、秋に大学内で美術部展を行っていました。
私が2年生の時、一度、
一週間の展示期間中に観に来た学生に、
気に入った作品はどれなのかを
投票してもらおう!という企画が上がり、
実行しました。
結果は、私の作品は下位でしたが
投票してくれている人はいました。
そこには
「よくわからないがスゴイ感じだとおもう」とか
「楽しそうな絵ですね」とか書かれていました。
それで私自身は、少ないながらも、
非常に嬉しく思った記憶が残っています。
それで、投票数が一位だった作品は、
写真集の写真を油絵で模写したモノでした。
当時、ただ写真を模写した、
ただの写真のような絵など
芸術ではないと思っていました。
それに対するコメントは、
「きれい」とか「うまい」とかでした。
2位作品にたいするコメントも
同じようなものでした。
負け惜しみに聞こえるかもしれませんが、
その時、私が思ったのは
「言葉で形容しやすい作品に、投票はあつまる」
ということでした。
言葉にすることで、
人間はそれをわかったような気になるのだなぁ、
と思いました。
その一年前の大学一年の時に、
和歌山県立美術館の学芸員の方と
お話する機会がありました。
私は故郷のその美術館に、たびたび訪れた際、
疑問に思っていることがありました。
他の美術館では
作品の下または横にある小さなパネルには、
作品名・作者名に加えて、
油絵、水彩、アクリル等の画材等の
作品・作者の情報が書かれています。
が、和歌山県美美術館では、
ただ作品名・作者名しか書かれていません。
それを不思議に思い、質問をしました。
すると彼は
「音楽は“感じる”ことと“わかる”ということを、
みなさんは区別していると思うが、
絵画はその辺が区別できていない。
絵を感じる前に、
その絵の作者の情報、画材・作成年等を知ることで、
わかった気になってしまう。
この美術館では純粋に絵を“感じてもらう”ために、
絵の情報は別の紙に書いて配布し、
作品には示さないようにしている。」
ということでした。
言葉にすると、感じる以前に、
わかったような気になって、
何も感じられなくなる。
“感じる”ことと“わかる”ということを、
区別できていない。
と、いうような感じのことを、
もどかしく思った、数年前を思い出しました。
そして、番組の中で、感じた後に、
それを言葉にしようとする経験をしている小生達が
非常にうらやましく思えました。
今は、言葉で言いきった者が
強い時代だと思います。
私は「言い切りの科学」と
呼んでいます。
そんな時代だからこそ、本当に感じたことを、
言葉にしようとするのは
重要だと思います。
山岸さんの「正直が一番強い」という言葉も、
ありましたよね。
下手な文章で、私の思いを
表現できていないかもしれませんが、
「ありがとうございました」の心だけを、
糸井さんに伝えたいと思い、メールしました。
普段から糸井新聞からの様々な刺激に加え、
本日の番組でもいいモノを見せてもらいました。
これからも、イトイ新聞を毎日読みますので、
糸井さんとスタッフのみなさん、
よろしくお願いします。
モリカツ
------------------------------------------------------
こんにちは。お元気でしょうか。
NHKの「ようこそ先輩」、楽しんで
見させていただきました!
まじめな糸井さんでした。
わたしが糸井さんに興味をもったのは
前々からですけど、
それが好意になったのは今年、
就職活動中に
生の(失礼)糸井さんの対談を
拝見してからです。
(それを機会にほぼ日を知って、
糸井さんにメールを送って、
早々にお返事を頂いてかなり嬉しかったデス)
頭の回転の速さとかにももちろん感服したけれど、
頭の回転の速さをいかして、
人の心を掴むコトバを操ってるってことが
感じられたからなのかもしれません。
わたしは文学部などで
言葉を専門的に勉強しているわけではないし、
ましてや小説や、糸井さんのように
キャッチコピーを創造できるわけでもありません。
心理学系の学部にいて、人の心を大事にする、
みせかけだけじゃない言葉がけをする
ということを学んで、
そのことを常に心がけようと思ってきました。
でも、そうすると、
人の心を傷つけたらどうしようとか思ったりして、
口に出さない気持ちとかがあったと思います。
わたしはそれでいいと思っていても、
たまに「言葉がたりないよ」と
言われたりします。
糸井さんが「授業」で話された
“言葉にできないコト”という話とは
違うかもしれないけれど、
“傷つけないために言わないキモチ・コトバ”を、
わたしは思いました。
それでも、言葉はすばらしい「伝える」道具なんだから、
そうやって危惧することも大事だけれど、
どうやって伝えるかとかどう表現するかを
自分の心を探って、言葉の石ころを拾って、
子どもたちが一生懸命詩をしたためていたように、
わたしもしたいと思いました。
長々となってすみませんでした。
言葉や伝えるということについて考える
良い機会になりました。
ありがとうございました!!
またほぼ日のほうでも、楽しませてください。
あきやまひろみ
------------------------------------------------------
「自分の心を探って、言葉の石ころを拾って、
子どもたちが一生懸命詩をしたためていたように、
わたしもしたいと思いました。」
ってありましたが、ほんとにそうすることで
今までわからなかったことが
少しずつわかってくるのでしょうねー。
-----------------------------------------------------
こんばんは。
始めの部分見逃してしまいました(悔しいです)。
見たのは小石を各々が白い板(紙?)
に好きな様に並べた所から。
他とレベルを比べるのでなく、
只自分の気持ちや感覚にぴったりの
それぞれの石の絵。
糸井さんに感想を聞かれて、
はっきり「これがいい」と答える子や
自信なさそうに答える子、
後ろの方に隠れるみたいに引っ込んでしまった子達は
「間違ってる」って言われるのが怖かったのかな。
きっと糸井さんはそんな事言わなかったし、
実際にも言わなかったですね。
何か一つの模範回答も無い、
不確かだけれどおっかなびっくり始めて
踏みだす新しい感覚。
多分、あんなこと学校では初めて要求された事、
いやきっと学校以外でも初めて。
自分の内側を見つめるなんて中々機会がないし。
「今度は言葉にしてみて、詩を書いてみて」
と言われてとうとう書けずに
白紙のまま提出した子が印象的でした。
そしてそれを
「ああいうのも、ありだと思う」
と言った糸井さんも。
脂汗が出るほど大変だったそうですけれど、
あの子達も一杯、汗かいたと思いますよ。
白紙で提出した子とか。
たとえ、あの時に伝わらなくても、
いつか彼等の中で思いが育つといいなぁ、
と思います。
まぁ、自分でそれを望まなければ
“育つ”事はないんでしょうけれど。
鞆
------------------------------------------------------
番組の捉え方だけでも、
こんなにそれぞれあると思うと
やっぱり伝えたいことを伝えるって
すごく大変なんだ、って思いますよね。
ご覧になってない方は、明日の再放送、
お楽しみに!
ほな。
postman@1101.com宛てのメールは、
編集スタッフ全員が必ず読んでいます。
これからもご意見、ご感想をお寄せください。
アクセスの数字の後ろに「人」の姿が見えると、
スタッフ一同、なによりの励みになるのです。
postman@1101.com 宛に送ってもらったメールは、
このコーナーで紹介させていただくかもしれません。
掲載されちゃ困るメールには、「載せちゃイヤ!」と
書き添えてください。逆に「載せて!」と
書いてくれるのもけっこうです。
◆あと、無理じいするつもりはありませんが、
「ほぼ日」編集部内では、顔文字禁止です。
どうしても使いたい人に「やめろ」というつもりは
ありませんが。
(darling) |