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postman@1101.comから。

フレンチパーカー到着 その3

darlingの男泣きを誘うほどのフレンチパーカと
ほぼ日への熱いメール、本当にありがとうございます。

「ほぼ日マーケティング局」
にも、たくさんの届いたよメールが載っておりますが、
こちらでもどんどん紹介していきましょうか!

本当にたくさんのメールをもらって
嬉しいんですよ!うっひょっひょーい!
そういう笑い方は、ないか・・・・。
遭遇メールも待っております!
遭遇の次は、しゃべったよメールとかに
エスカレートしていくんでしょうか???
愛の行方とかに発展していくのでしょうか。
そうなったら、責任はとれないですよね、「ほぼ日」。

通天閣あかり(仮)、関西方面から
戻ってまいりましたこ焼き。
何しに行っとんねん。こんな師走に。

まずは、会釈以上のことをした男の方からです。
えっ?何をしたのっ?
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こんちは、ほぼ毎日アクセスしてます。
先日、届いたフレンチパーカー(オレンジ)を
今日、初めて着て出かけました。

大阪府 堺市の美容室卸し会社に
仕入れに行ったのですが
全く知らない人に会釈して頂きました。
 
20歳くらいの男性美容師で、
彼は着ていなかったのですが
僕のパーカーを見て「慌てて会釈!」って感じです。

僕も最初は何の事か解らなかったのですが
彼の視線に気が付いて会釈を返しました。

会釈なんてものでは、ありません。
「ドーモ、ドーモ!」と、最敬礼です。
ルールは逸脱しましたが感動的ですらありました。

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しゅごい!最敬礼かー。

着てないけど会釈とは、
美容師さんも男らしいっ!かっこいいっ!
好きなタイプです。会ったことないけど。


お次は、もうシカゴに届いておりますって。
フレンチパーカ、海を渡るの巻。
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鼠穴のみなさま こんにちは
とうとう今日『フレンチパーカー』が
ここシカゴにも届きました。
ありがとうございました。

ちょうど家族のクリスマスプレゼントを
ダウンタウンに買いに行って、
寒い中(マイナス15度!!!!!!)
やっと家に帰って来たところに、
来てました、おっきなおさるの封筒が!!!

みんなのプレゼントばっかり買ってる私にも、
すこし早い、クリスマスプレゼントが来て
とってもよろこんでいます。

ここシカゴは、
先週に2年ぶりの積雪40cmを記録した上に、
今日はマイナス15度!!!!!
(日本は奈良育ちの私には初めての寒さです。)
この前のデリバリー版の寒さ自慢じゃないですが、
ロシア人留学生も「シカゴは(ミシガン湖の)
風があるから、ロシアよりも寒いかも、、、」
って言ってました。

人生で初めてのこんな寒い冬に
フレンチパーカーが届いてとっても幸せです!!!
しかも、思ったよりも落ち着いた色で
(私は涙雨のグレイです。)とってもステキ!
「涙雨」もこのあいだ、片思いの気持ちを伝えて
見事にふられた私には、とってもぴったり?!です、、、

けど、フレンチパーカーを来て街に出て、
(シカゴでは軽く会釈ができるかどうか
わかりませんが、、、)
がんばって新しい恋を探します!!!

とりあえず、話がいろんな方向へ飛んでしまいましたが、
ありがとうございました。とりあえずお礼まで、、、
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マイナス15度!!!って相当に寒そうだなあ。
2回も書いてあるもんなあ。
そんな時に届いて、フレンチパーカも本領発揮、
といったところですね。
そういう時にパーカじゃ寒すぎるかなぁ。

次はジャカルタからでっせ!
着る機会は果たしてあるのかな?
暑い国ですよね、冷房かけて着る?
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すごーーーーい!!届きましたジャカルタにも。
イスラムの断食中だから
荷物の輸送が遅れるのが
当たり前のこの時期にもかかわらず
ちゃーーーんと。
みんなにありがとうです!!

めちゃめちゃ嬉しいです。
今週末一時帰国するので千葉や仙台で
軽く会釈をめざしてフラフラしてみます。

ではっ。

まりゅ。

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イスラムの断食中?
すごい難関を突破した
フレンチパーカだったのですねーえ。

と感心していると、おやおやdarling宛のメールが
たくさん。そうです。
17日に放送されたdarling出演の
NHK『課外授業 ようこそ先輩』
(今週土曜日再放送予定)に関するメールが続々と!

あの授業を見て、人それぞれ色々な感想を
メールで頂いておりますのでご紹介です。
まずは、昨日のダーリンを読んでみてくださいね。

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昨日の夕方に、とうとうNHKの放送があった。
『課外授業 ようこそ先輩』だ。
自分の出身の小学校に行って、いまのこどもたちに
先輩として自分のできることを伝える。
引き受けてしまってから、苦闘ははじまったね。

ぼくは、普通の大人よりは「人に通じやすいことば」を
使っているほうの人間だと思う。
しかし、それは、前提になる「共通の知識やルール」を
ある程度持っている人たちを相手にしている時のことだ。

「ほぼ日」にしたって、簡単なことばで簡単なことを
言っているつもりではあるが、これだって、
通じない人には通じるものではない。

小学生の集団に、普通に言われていることと違うことを、
わかってもらおうなんて、おそろしいことを考えたものだ。
もしかしたら、そんな困難も「自分ならなんとかできる」と
生意気なことを思っていたのかもしれない。

「ほぼ日」読者の方々から、よかったというメールが
たくさんいただけてうれしかったのだけれど、
ぼく自身としては、それで喜んでいちゃいけない。
もちろん、ありがたかったんです!けど、ね。

「みんなに伝えたい」ということと、
みんなにじゃなくても「伝えたいことを伝えたい」
ということとが、矛盾せずにできるように、
いつかなってみたいんだよ。

「上を向いて歩こう」という歌をつくった永六輔さんには、
たとえば、そういうことができていたわけだよね。

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そんなdarlingに、とても暖かいメールが届きました。

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昨日、「ようこそ先輩」を見ました。
見ている間中、正直言って、はらはらしました。
まるで、うちの学校にも毎年来る、教育実習生の授業を
見学に行ったときみたいでした。
だから、すぐに感想メールも送れませんでした。

どうしてそう思ったのか考えました。
答えは、すぐに見つかりました。
おこがましいようですが、
あそこでたくさん頑張るdarlingさんの姿と
自分に重なる部分があったからです。

コードの共有ができている相手に、
ものを伝えることはとても楽です。
学校の先生は、たぶんある程度の期間を通して、
そのコードも作っていくのだと思います。
わたしもそうで、新しいクラスに行くことほど
緊張することはありません。
(でも、その緊張感がたまらなく気持ちいいことも
あります。)こどもの癖を把握しながら、
自分のスタンスも時間をかけて見せていくと、
コミュニケーションはどんどん円滑にいくようになります。
そんな中で、授業をすると、ほぼ伝えたいなーと思った
だいたいのことを伝えることができるようになります。

でも、所詮だいたいなのです。
だいたいでいいのだろうかということが
不安になった時期もありました。
今は、だいたいでも伝わることが大切かもしれないな
と思っています。

番組の中で、darlingさんも言っていたように、
ことばにこころが乗っかると、そのことばは
人のこころに届くと信じるからです。
ことばでは入りきらないものを、
こころを入れて伝えようとすれば、相手には
「何だかこの人頑張って伝えたいんだろうなー、
今は何だかわからないけど、わかりたいなー」
という気持ちが生まれるのではないかと思うからです。

そこからコードの共有も
うまれていくのではないかと思うのです。

> 「みんなに伝えたい」ということと、
> みんなにじゃなくても「伝えたいことを伝えたい」
> ということとが、矛盾せずにできるように、
> いつかなってみたいんだよ。

という、今日のダーリンのことばは、
わたしの理想でもあります。
授業という目に見える成果を目的にするばっかりではなく、
こんなの読んで「わたしはこう考えたんだよ。」
ということをいつも言えるようにしていたいです。

番組で、捨て身で、一生懸命相手のこころを
運動させようとしていたdarlingは、
はらはらするほどかっこ悪くて
(ごめんなさい。悪い意味ではないのです)、
すごくかっこよかったですよ。
そして、わたしも頑張ろうと思ったです。
負けませんよ。

いつも、明日への活力をありがとうございます。
明日もお互い生きましょうね。
 
では、また。

渡辺 亜希子
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本当に難しいけれど、こころをこめて伝えられるように
なれたらいいなあ。
それはできる、はずなんだよなぁ、誰にだって。

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毎日楽しませていただき、ありがとうございます。
私も「課外授業 ようこそ先輩」
拝見させていただきました。
ことば、って本当に難しいですね。
この番組を観させていただき、改めて思いました。
「気持ちをことばで伝える」のって、すっごい難しい。
表現しようのない気持ち、ってあるじゃないですか。

例えば・・・・例えばっ、ですよ。
恋したとき、してる時の気持ち、胸の痛さ。
表現しようがないので、
あえて「胸の痛さ」と書きましたが、
コレってなんて言うのかなあ。
「痛い」のとは違う気がするし。
こう、何て言うんでしょう・・・。
胸の真中、心臓じゃなくて、ほんとに真中なの。

真中から上に込みあがってくる、くすぐったいような
なんかよくわからない感じ。
コレも、相思相愛で、グーッとくる感じと、
どうしようもできない相手を想い、
グーッとくる感じと、違う。
ことばにすると「切ない」になるのかなぁ。

んー。でもなんかなぁ・・・・。
私なりに表現するとしたら、
気持ちのエクスタシー、って感じ。

もう胸を開いたら、びりびりきてしまうような。
筋肉や脂肪や血管で覆われているから
何とか平常を保っていられるようなものの、
これらがなかったら、
どうなっちゃうんだろ、って感じ。
相思相愛のエクスタシーと、
そうじゃないのは、また違うエクスタシーだし、
うーん。何を書いてるのかわからなくなってきた。

世界中の作家が「愛してる」に
変わることばを捜している、っていうのを
聞いた事があります。
愛してる、以外でどんなことばがあると思いますか?

伝えたいけど伝えられないことば、
ってたくさんありますね。
ことば、って楽しいですね。
そういう事、たくさん考えて、
たくさん表現できる人になりたいと思います。

きょうこ

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ことばって、使いこなせてるようで
実は使えていなかったりして、
奥が深い(ってことばも・・・・なんか浅いなー)
もんだなあと思います。

続いて長いし、かなり個人的なメールに思えたのですが、
とにかく、どすんっと心に響いたので、
匿名で掲載させていただきますね。
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昨日の「ようこそ先輩」を見て、
自分の中にひとつの整理をつけるため
メールを書こうと思いました。
お忙しいでしょうから捨て置いてください。

私は文字の人間なので、文章化しないと
自分の気持ちひとつ整理できないのです。
じゃわざわざメールにして出さなきゃよさそうなもの
なのですが、そこはそれ、対象のあるものですから、
その対象に向かっているという覚悟というか
決意というか心構えを本気にするためには、
やはり出さなくてはいけないのです。きっと。

糸井重里というひとが嫌いでした。
文学少女で童話や短歌を書き散らして
若さ故の野心なぞも持っていた私の前に
傲然と立ちふさがる糸井というひとが。

どこを見ても「コピーライター糸井重里」の名前があって、
しかも文章は軽快で才気に溢れていて。
こっそり「コピー塾」なんか読んではいたけど、
人が「イトイって面白いよね」と話しかけてくれば、
「そう?軽薄だし偉そうだし、うさんくさいよ、
ああいう人は」と言い捨てて憚ることはありませんでした。

それから15年余り。
見まいとしてもいろんな場面で糸井重里は
オピニオンリーダーと呼ばれ、その名のとおりの活動を
常に続けていました。
私はとことん糸井重里の存在を無視し続けてきました。

「ほぼ日」を知ったのは私が16年間
師と仰いできた歌人の紹介でした。
彼女はTV(NHKの深夜のアレですか)で
見られたのだそうです。

「糸井重里っていうひとがインターネットで
全然お金にならないことをしてるそうじゃないですか。
毎日更新し続けているって、あなた、
これは大変なことよ。
あれだけの売れっ子のコピーライターが、
お金儲けではなくそういうことができるというのは、
ただものじゃないと思うの。
時間も労力も精神力もものすごく消耗することなのに、
自分が文筆活動をしながら、一銭にもならない
文筆活動を別なところでするというのは。
インターネットができるのなら、ぜひ一度見てご覧なさい。
私はインターネットができないから
見ることはできないけれど」
と熱っぽく語ってくださったのでした。

とりあえず彼女の薦めでもあるし、
と検索をかけて開いたページには
「Only is not Lonely」の文字。うわ!いきなり来たぞ!
と警戒。
随所に散りばめられたメッセージ性の高いことばたち。

騙されるもんか。
乗せられるもんか。
これも商売のひとつに決まってる。

心に鎧を纏いながら、まず釘付けになったのは
「ガンジーさん」とのやりとり。
「これもツクリモノかもしれない」と疑いながらも、
ガンジーさんと糸井さんのコトバがぐさぐさと
心に刺さります。痛くないコトバの攻撃。

騙されるもんか。
乗せられるもんか。

ガンジーさんのお誕生日イベントは本気で涙が出ました。
ぽろぽろ泣きながら花の写真を見て、
にじんだ文章を読みました。

騙されるもんか。
乗せられるもんか。
でもちょっとだけなら騙されてもいいかな。
乗せられたふりしてみてもいいかな。

気がつけば毎日更新チェックをするようになっていました。

Only is not Lonely

このコトバが縫い込まれたパーカー。
このコトバを身にまといたくて注文してしまいました。

(短歌、数種を略。作者が特定できそうなので)

こんな短歌を詠んでいた私ですから、
「Only is not Lonely」というコトバに出会ったときには
心が震えました。なんて素敵なコトバ!

それでもまだ心からは信じられませんでした。
意図が見え見えなんです。繋げようとする意図。
ひとりだけど孤独じゃないよというメッセージ。
「ほぼ日」にはとても数字がたくさん出てきますよね。
「こんなに!」って。だから。

私にとって全てが心地良いんです。
糸井さんからのメッセージが。
だからこそ警戒してしまうんです。もう若くないから。

でも、昨日「ようこそ先輩」を見て、私泣きました。
で、もういいや、と思いました。
このひとは信頼できるひとだと思いました。
心が溶けていくような気がしました。
茨木のり子さんの詩「汲む」を思い出しました。

---------------------
汲む -Y.Yに-
         茨木のり子

大人になるというのは
すれっからしになるとことだと
思い込んでいた少女の頃
立居振舞の美しい
発音の正確な
素敵な女のひとと会いました
そのひとは私の背のびを見すかしたように
なにげない話に言いました

初々しさが大切なの
人に対しても世の中に対しても
人を人とも思わなくなったとき
堕落が始まるのね 堕ちてゆくのを
隠そうとしても 隠せなくなった人を何人も見ました

私はどきんとし
そして深く悟りました

大人になってもどぎまぎしたっていいんだな
ぎこちない挨拶 醜く赤くなる
失語症 なめらかでないしぐさ
子供の悪態にさえ傷付いてしまう
頼りない生牡蠣のような感受性
それらを鍛える必要は少しもなかったのだな
年老いても咲きたての薔薇 柔らかく
外にむかってひらかれるのこそ難しい
あらゆる仕事
すべてのいい仕事の核には
震える弱いアンテナが隠されている きっと........
わたくしもかつてのあの人と同じくらいの年になりました
たちかえり
今もときどきその意味を
ひっそり汲むことがあるのです
--------------------------
この詩を読み返すたびに涙が出るように、
糸井さんのコトバにも、
もっと素直になっていいんじゃないか、
そう思いました。

今日、糸井さんの詩集「詩なんか知らないけど」
を注文しました。
いろんなものを信じられなくなってしまった私ですけど、
もう一度だけ信じてみようと思います。
明日は職場(高校です)にパーカー着て行こう
と思っています。
誰かが「これどういう意味?」って
訊いてくれたらいいなぁ。
そしたら私は「ようこそ先輩」と「ほぼ日」の話を
しようと思います。
「私もそう思うんだ。『Only is not Lonely』なんだよね」
とにっこり笑ってやろうと思います。

とりとめもなく長いメールになりました。
もしここまで読んでくださってたら、
貴重なお時間うばってごめんなさい。
三島の『金閣寺』の青年僧のように、
ここまでやってしまったら、
もう発送してもしなくても同じなのかもしれない
と思います。でも、青年僧が火をつけたように
私も送信ボタンを押します。
行動することで「生きよう」と思えるかもしれないから。
もう一度。

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このメール、ひきこまれて読んでしまいました。
ありがとうございました。
darlingが言ってました。
「これ、オレが、別の人間だったら、
 おれのことを、こういうふうに、
 まず嫌いに思うだろうなぁ」って。

次から、連続でいきますよー!
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昨日NHKの課外授業見ました。
非常に練られた準備と授業だったと思いました。
児童たちの顔つきが授業前と後で
ほんとに変わったきたと感じました。
(特に青いトレーナーを着てた女の子。
並べた石を友達に誉められてた子です。
その前はちょっと斜に構えた顔してましたが、
その後は食い入るように糸井さんを見てました。)

私も実は4月から高校の英語教師となるのですが、
糸井さんがやられてた様に、
ことばを大切にした授業ができればと思いながら
テレビ見てました。
欲をいえばcreativeに授業が行えたらと思いますが。
ほんとよい授業でした。
真面目でしたがよかったですよ!

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こんにちは。
きのうの課外授業、見ました。

人づきあいが苦手で、しゃべるのが苦手。
コンプレックスのかたまり。
だけどなぜか看護婦やってるけど。

見ていて、自分の思いと重なるところがあって。

なかなか伝えたいことがうまく言えなくて、
伝わらないことがたくさんあるから。
気持ちとか大事なものって言葉にしずらくて
なかなか伝えられない。
だけど、本当に伝えたいことは言葉にしないと
いけないとは思っています。

言葉って難しい。

言葉にできない気持ち。
わたしがそれを一番感じるのは
「音楽」です。

やっぱりうまく言葉にできないけど
いろんなことをこの授業を見て
感じたような気がして、
メールしたくなりました。
それでは。
___________________________

テレビで糸井先生の授業をみました。
すてきなパーカーが届いた日でした。
わたしは五十肩でひーひー言いながらも、
主人に手伝ってもらって
パーカーを着て(ふたりでおそろいのねずみいろ)
見てました。

授業が終りに近づいたころ、なぜか涙があふれてきました。
胸のどこか隅っこが揺すられたんです。
この授業の番組は、これまでも何度か見てますが
揺すられて、泣けたのは初めてです。
なんでかんどうしたのかなー?

「どこに感動したのか、自分のことばで書きなさい。」
と糸井先生に言われそう。
こまやかにこまやかに授業が進められて、
(自分は)ひとりでもわかってくれる人がいれば
話そう、と思いました。
(わかってくれなくても話してみようと)
ことばで表しきれないことが通じることはすばらしい。
__________________________

こんにちは。いつもありがとうございます。

昨日の「糸井先生の授業」と「スクープ21」を
オンタイムでみられなかったので、
今頃メールを送っています。ごめんなさい。

それにつけても桃井小学校6年2組の生徒さん達が
うらやましかったです。
ちょっと6年生には難しくないかと、
うちの母は言いましたが、
自分のあの頃を思い出すと
意外なほど深くて根元的なことを
考えていたりしたように思うのです。

糸井さんが、真剣に伝えたかったことを
かれらは精一杯のアンテナで受け取っていましたね。
内山君、なんだか自分をみているようでした。
どうしても言葉が見つからなくて
白紙で出したかれの気持ち、わかる気がします。

教室から糸井さんを見送る生徒さん達の
晴れやかな声。
見送られていた糸井さんも
とっても清々しいお顔をされていました。

この先、ことあるごとに
石ころの話す言葉に一心に耳を傾けた自分を
思い出せるかれら。
こういう体験ができて、しあわせだなと思いました。

幸福っていうものは
こうやって種が蒔かれているんですね。
種の在処の一つを糸井先生が
言葉にならないものから言葉を見つける授業で
ちょっとだけ見せたのです。
きっと他にもいろんな見つけ方があるはずです。
しかもこの種の育ち方は一様ではありません。
それぞれの幸福、それでも幸福にはちがいはない。

そんな授業とはかけ離れたところにまで
私の思いは勝手に飛び出してしまいました。

この夏のETVといい、今回の授業といい
とても刺激的なものでした。
ありがとうございました。
そして、ほんとにお疲れでごじゃったろうと
心底思いました。

cuore
___________________________

おはようございます。
今日は休暇を取って家でダラダラしています。

イトイさん、きのうは良い番組をありがとうございました。
パーカの自慢かたがた実家に帰っていたので、
67歳の父と一緒に拝見しました。父は、
「これが情操教育のいちばん芯なんじゃなかろうか」
と申しておりました。
そして私は、今またビデオでおさらいしています。

イトイさんが授業で提示されたテーマって、
「オトナ」なほどむずかしいんじゃないか、
って思いました。
大人になるにつれて、経験とか知識が備わっていくうちに
いつの間にか、世間の常識だとかいうことに
縛られてしまって、
自由に感じること、考えること、表現することが
奪われてるところってあると思うんですよね。

石コロを吟味する彼らを見て、
子どもの頃に、流れる雲や、
ランダムに貼ってあるお風呂のタイルが
いろんな動物のカタチに見えたりしたこと、
忘れかけてましたよ。

あの教室の彼らが、あの年頃に、
たった1日でもああいう授業をやってくれる先生と
出会えたこと、うらやましい限りです。
彼らが、今はもし分からなくても、
後でちょっとでも思い出すだけでも
何か違ってくるんじゃないかなぁ。。。

で、きのうの授業を見ながら思ったのは、
モノを見て何かを感じる、その「何か」っていうのは、
ある種、自分の気持ちの投影だったり、
欲するところなんじゃないかなぁ、ということ。

彼らが石から感じたまま、
「石のキモチ」のつもりで並べたあの石は、
実は彼らの心理状況そのもののようで。
石が2、3個ずつくっついて置いてる子は、
淋しがりやさんなのかなぁ、とか・・・。

生徒が五感を鍛えてるうちに、
先生は彼らの心理状況を知ることができる、
いちばん手っ取り早くて、
有効な授業のような気がしました。
と言っても、私は教育関係者ではありませんし、
実際の教育現場で
どんな授業が行われてるのかも知りませんが。。。
ただただ、イトイさんのような先生が、
ひとりでも多く居てくれることを願うばかりです。

語彙力は、加齢とともに、ある程度身についても、
感覚力は、加齢とともに減っていくような気がします。
いくら語彙力があっても、
感覚のないところで言葉は操れないと思います。
感じることがあってはじめて、
持ち得た言葉を駆使できる、と。
イトイさんをはじめ、言葉の職人はすごいなぁって
いつも思います。
「すごいなぁ」って、平板で申し訳ないですが・・・。

私は、沼澤尚さんのお話にも出た、山崎まさよしさんと
スガシカオさんのファンなのですが、
彼らの詞もすごい、です。
「よくぞここまでカタチ(詞)にしてくださった」
ってぐらい、
日頃キモチのどっかに渦巻いてる感じを
言葉にしてくれます。

「こういう感じ、はじめてだなぁ」が
何歳になっても思えるオトナになりたいです。
そしてそれをうまく表現できる言葉も身につけなければ。
まだまだ言い表せない「感じ」がいっぱいですが。
楽しい授業をありがとうございました。
それでは。

WAKA
___________________________

ことば、というもの、伝える、ということについて
これだけたくさんの方々が真剣に考えてくださって、
そして伝えてくださって、
本当にありがとうございました。

ほな。
(最後が、「ほな」かい? でも、ほな)



postman@1101.com宛てのメールは、
編集スタッフ全員が必ず読んでいます。
これからもご意見、ご感想をお寄せください。
アクセスの数字の後ろに「人」の姿が見えると、
スタッフ一同、なによりの励みになるのです。

postman@1101.com 宛に送ってもらったメールは、
このコーナーで紹介させていただくかもしれません。
掲載されちゃ困るメールには、「載せちゃイヤ!」と
書き添えてください。逆に「載せて!」と
書いてくれるのもけっこうです。

◆あと、無理じいするつもりはありませんが、
「ほぼ日」編集部内では、顔文字禁止です。
どうしても使いたい人に「やめろ」というつもりは
ありませんが。
(darling)

2000-12-19-TUE

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