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第62回
鳥越さんのコーナーで話題になった英語教育について
こんにちは。
読者からのメールを紹介するこのコーナー、
今回は、1月28日に掲載しました
『3分間で、最近のニュースを知る。
鳥越俊太郎の「あのくさ こればい!」第55回』
「早期英語教育は必要? 無意味?
文部省の懇談会で激論」についていただいた
たくさんのメールのなかからいくつか紹介します。
5連チャンです。
ほぼ日読者ってすごいなぁ、とマジで思ったです。
「早期英語教育は必要? 無意味?
文部省の懇談会で激論」について。
鳥越俊太郎 様
鳥越さんのおっしゃるとおりだと思います。
自分自身が英語教師をしていることもあってか、
メディアで見聞する英語教育に関する意見には、
感心しないことが多いのですが
久しぶりに、「そう、その通り」と思える意見に
出会った気がします。
具体的に言いますと、
> 私は自分の経験で言うと、
> 英語はやっぱり話してなんぼ、の世界ですから、
> いくら内容とか受験とかいってもダメ。
> そんなことを言ってる間は変わりっこないと思いますね。
というところと、
> 私が以前から考えてるのは小、中学校の教師を毎年
> 1000人ずつアメリカとイギリスの学校に派遣、
> 最低2〜3年の体験留学をさせること。
という意見は特にその通りだと思います。
派遣には高校の教師も加えていただいて
(私は高校教師なので)、派遣先には
オーストラリアやニュージーランドも
入れてもいいと思いますが。
> 先生から変える。
> 英語教育を論ずるならここから
これはもう、全くその通りです。うれしくなりますね。
教師の英語圏への派遣の効果についても、
> 外国で生活することでその国の文化や
> ものの考え方を知ることができる。
> 言葉は文化ですからね、これが大事なんです。
> もちろん、外国生活をすると、
> 日本について懸命に考えてしまいます。
> これは副産物ですが、ばかに出来ないものなんです。
> きっと、その先生の英語の授業は
> これまでのような受験英語一本ではなく、
> 生きた、誰かと会話をするための手段としての
> 英語の授業。受けてて楽しいものになると思う。
本当に、おっしゃるとおりです。
ただ、海外派遣の発音への効果については異論があります。
> なぜか? まず現地で身に付くものが違う。発音。
海外に長期滞在しても、発音が身に付くとは限りません。
逆にコミュニケーション重視が発音軽視につながって、
発音が低いレベルで
化石化(fossilize)することもあります。
また、「よい発音」と言っても、
思春期を過ぎた人がnative-likeな発音を目指すのは
現実的ではありません。
また、望ましいとも思いません。
また、英語のアマチュアとしての発音と
英語のプロとしての発音はスタンダードが違うべきですし、
また英語を使うプロである通訳と
教えるプロである教師では理想とする発音
(あるいは英語音声に関する能力)が違うと思います。
> 日本で何年やっててもほとんどの発音は身に付かない。
私自身、教員研修団体で
長年中学高校の教師の発音訓練に携わってきました。
それこそ、発声や口の開け方からやるのですが、
その経験から言わせてもらえれば適切な訓練と
それなりの努力があれば、時間はかかりますが
発音は身に付きます(もちろん、個人差がありますが)。
もちろんその発音は、native-likeな発音ではなく、
教えるプロである教師として必要十分な発音
(発音を教える力も含めて)という意味です。
> 本物の発音で授業をやれば効果が上がるだけでなく、
> 子どもの興味も増すはず。
日本の英語教育は
non-native speakerである英語教師によって
支えられています。
もちろんカタカナ発音は論外ですが、
ここでおっしゃっている「本物の発音」が
native-likeな発音しか許容しないという意味であれば、
さきほど言いました理由から
現実的でも望ましくもないと思います。
また逆に、
発音なんて通じればいいんだという議論もありますが、
この議論は英語によるコミュニケーションを
日本人とnative speakerの間のものとして
想定しているのではないかと思います。
native speakerは少々発音が悪くても
(その気があれば)理解してくれますが、
non-native speaker同士が
外国語である英語で話をする時は、
強い母国語訛が障害となることが、多々あります。
私自身、夏休みごとにアジア各国を回り、
アジアの英語教師と話をしましたが、
相手の訛があまりに強いと本当に苦労します。
当然日本語訛りの強すぎる発音も、
コミュニケーション、特にnon-nativespeakerとの
コミュニケーションの時に障害となるのは明らかです。
つまり、子供の頃に英語圏で暮らしたことがない人間が
目指す発音は、カタカナ発音でも、
native speakerの発音でもなく、訛は残しつつ
しかも正しくクリアな発音であろうと思われます。
この発音のことを私の所属する研究会では
カタカナ発音や、native speakerの発音と区別して
「国際英語の音声」と呼んでいます。
また、英語教師であれば、
その明瞭さ・正確さ・音量について
高いレベルが要求されるでしょう。
長々と書きましたが、英語教師の資質と
英語授業のクラスサイズの問題は、
絶対に何とかしなければならない問題だと思います。
> 先生から変える。
> 英語教育を論ずるならここから
本当に、いい言葉ですね。勇気づけられます。
辻荘一
大阪府立吹田高校教諭
ACROSS
(Association of English Teachers
for Cross-Cultural Communication)代表
英語について
こちらNYは、
零下10度20度はあたりまえの日が続いています。
アメリカにいて、車の免許もまだ取っていない私は、
冬になっていよいよ(平日は)外に出られなくなりました。
この単調な毎日……。
でも、ほぼ日おかげで日々の楽しみが必ず1つはある!
というのが、とても嬉しいのです。
今日は、鳥越俊太郎さんとダーリンの呼びかけに、
自分の英語力を省みず、ついつい反応して、
メールのボタンを押してしまいました。
でもきっと、バイリンガルな人より、
実際苦労している私みたいな人の方が
日本の英語教育を恨めしく思っているので・・・
言いたいことがいっぱいです。
英語教育について、
鳥越俊太郎さんのおっしゃる、英語の先生達を海外研修に!
という御提案、
素晴らしいと思います!
そして「英語は話してなんぼ・・」に本当に同感です!
私の通った中・高・大学はカトリック系で、
英語の先生も、シスターや外人の先生、
海外経験のある先生ばかりでした。
字幕ナシで映画を見せてくれたり、
(でも「モーゼの十戒」だった・・・。)、
交換留学生が来たり、そのおかげで、
勿論海外への興味は深まったし、発音に関しては、
“ほぼ”正しい発音方法を身に付けることが出来ました。
でも、やっぱり、日本の学校です。
英語の成績は、直接進学に結びつく為、
結局、私達の勉強の目的は、ペーパーテストで良い点を!
というのが、最優先にならざるを得なかったわけです。
それに“実際に英語を使って楽しむこと”が
当時はあまり多く提供されていませんでした。
でも今は違いますよね。
私が思う日本の英語教育の問題点を
つれづれなるままに4つ挙げてみました。
■文法重視の授業。
スピーキングの機会はあまりにすくなかった!
( )に入るのはどれが正しいか?
1)have to 2)have had to 3)would have to
こんな問題を、毎日毎日、慎重に、慎重に、
じーっくり間違えないように選ぶ、という事を
10年間続けた結果、今、私はとても苦労しています。
英語で話をする時、間違えることが、怖いのです。
10年間、問題用に難解に作られた英語を、
解き続けたせいで、現在完了進行形とか、
未来完了形とか・・・難しく考えてしまったり、
この単語の前につけるべきは、a か? theか?
なんていうことで迷い、
とたんに言葉に詰まってしまうのです。
海外のESL
(英語を第二外国語として学ぶ人の為のスクール)で、
日本人は、文法では必ずトップだけど、
リスニング、スピーキングでかなり下のクラスに
なってしまう、というのはよくある光景だそうです。
文法で頭でっかちになってしまった日本人は
変なプライドもあって、間違えを恐れて話さない。
でも他の国の人は、間違えた文法でも
どんどん話すそうです。
間違えば直してもらえる。
そして、体で、感覚で、覚えていけるのです。
■英語と日本語の「構造」の違いを克服する訓練が必要
日本人がなかなか、話せない理由としてもうひとつ、
日本語の言葉の構造が、英語とは違いすぎる!
という事情も確かにあると思います。
例えばフランス人や、ドイツ人が英語を習得するのは
日本人よりきっと少し楽なんじゃないかな? と思います。
それなのに、テストでは、上記のように、
与えられた文章に対して答えるという問題ばかりが多く、
思ったことを、反射的に、自分で文章を組み立てて
口に出す、という訓練は、ほとんどありませんでした。
文の組み立て方を、日本語と逆にして、
whoや that であとから説明をつなげていくという、
思考の訓練を徹底的にしたかったです。
英作文はたまにありましたが、辞書を引き引き、
頭の中で日本語を訳しながら書いていたので、
“瞬間的に”頭で英語の順序で文を構成して話す、
という事とは全く違った気がします。
■正しい発音に関して
日本人の発音、(あるいはリスニング)に関して、
邪魔をしているのは、は「カタカナ」のせいでもあると、
私は思っています。
ローマ字と英語が混同されて、
a、i、u、e、oが
アイウエオとなってしてしまっていることが
すべての間違いだと思うのです。
アルファベットはどうやったって、
カタカナ表記は出来ないですもん。
英語を日本語の文章の中に
日本語英語として表記するために、
どうしてもカタカナは必要ですが、
英語を、英語として話したり、聞く時は、
頭の中から、カタカナを一切、
排除しなければいけないと思います。
英語の教科書に「メアリー」とか「メリー」とか、
カタカナ訳を書くのも言語道断と言う気がします。
私の学校はカトリック系の教科書だった為、
こういうことがなかったのが、
とてもよかったと思っています。
そしてまず、英語を始める時は、
それぞれのアルファベットの正しい発音を、
徹底的に頭に入れてから始めないといけないと思います。
そうしておくと、聞くときも、
耳にラクに入ってくると思います。
あるとき、主人が
“box”を「ボックス」と発音しても、アメリカ人は、
はじめ、何のことだかわかってくれませんでした。
発音は「ボックス」でも「バックス」でもなくて、
カタカナでは書けない音なのです。
“POKEMON”も「ポケモン」とはいわずに
「パッキマン」に近いようなような音ですよね。
現地の幼稚園に通うコドモに、あるお母さんが
「ホワイト」と発音するのを、
「どうしてお母さんはwhiteの始めに
「ホ」っていうの?」と聞かれたそうですが、
頭にカタカナが入ってしまっていると
発音の邪魔になります。
RとLの発音等も日本の文字では
どうやっても表記し切れないですよね。
英語の発音を日本語で表記するのは、無理だと思います。
早期教育は、ほどほどにだったら、とても良いと思います。
駐在員方のお子さんは同じ時期に海外に来たのに、
大人よりずっときれいなネイティブな発音で、
ぺらぺらしゃべっていて、いつもすごくビックリします。
難しい文法だとか、カタカナ英語だとかが、
大人になって頭に入ってしまう前に
まっさらな脳で英語を聞いておくのは、
意義のあることだと思います。
■学生にとって魅力的な、実際に使える英語の素材が必要
教科書にのっているのは、長文やレポートや詩や小説、
会話は真面目で古い表現ばかりでした。
そういった堅い読み物も、
絶対に必要ではあると思いますが、
現代の、実際の生活の中で使われている会話が、
教科書にはあまりに少なかった気がします。
口語のようなものは、
テストにしにくいからだと思いますが・・・。
実際使われている英語を聞くには、
映画のビデオを何度も見る事もいいと思います。
例えば「タイタニック」のようなビデオの
字幕なしの物を、(英語と日本語訳を別冊でつけて)
学校で、貸し出してくれたりすれば、
すごくいい英語の勉強になるし、
高校生なんかもとっつきやすいのではないかな?
と思います。
(翻訳をスイッチでつけたり消したりするシステム、
そういえば、ありましたっけ?)。
感動した場面は、言葉を自然と暗記してしまうし。
日本語訳では表現出来ていない伏線など、
たくさん見つけられると、どんどん楽しくなってきます。
意味が知りたい! 思うと、必死になるし。
(インターネットの初期の頃、
PC慣れしていないおじさん達のインセンティブは、
エッチなサイトだったり、
ゲームでクリックが早くなったりしてましたよね)。
英語を、テストのためでなく、
実際に使うため、楽しむためのものとして捉えないと!
と思うのです。
今までは、島国の日本の生活の中で、
実際に英語を使う場所も、必要性も
なかなかなかったわけですが、
今はインターネットで
“英語を使って楽しむコト”が増えました。
英語を話さなきゃもったいない時代です。
インセンティブはいっぱいあります。
教育現場でも、インターネットを使わない手は
ないと思います。
いろんな工夫が出来ると思います。
クラスでHP作ってもいいし、友達募集してもいいし、
世界にいろんな質問をなげかけたり
意見交換したり・・・。
英語は“手段”だって実感できると思います。
中高生にとって英語が、ただテストのためじゃなくて、
海外の友達を作ったり、好きな俳優、モデルさんに
メールをうったりもできるし、
映画や、英語の雑誌や小説、ヒットしてる歌の意味を
理解するのにちゃんと役立つんだ!
としっかり実感できる授業だったらいいですね。
そんな、あたりまえの目的が、
今まで英語の授業では忘れられてた気がします。
つまり「学校の外に出て、英語を使いたくなる授業」が
一番の理想だと、私は思うのです!
ずいぶん長くなってしまって
ごめんなさい。
倉山 賀恵(NY)
英語のこと
ダーリンさん、鳥越さん、こんにちは。
英語のことなんですけど、
これって書き出すとすごく長くなるのですが、
とりいそぎ私の考えの要点だけ。
1)言葉はまず音ありき。
2)英語の発音はミステリアスなもんじゃない。
これです、これ。欠けている認識は。
私は日本でOLをやって
それからボストンに1年いて、
それからハワイで大学に行ったのですが、
音声学の先生がいい先生で、
体系的に英語の音のユニットを学ぶことができ、
まったく目からうろこでした。
音は空気の流れが
どこかでせきとめられたり
圧縮されたりしてできる振動。
発音とは、喉、歯、唇、舌、鼻を使って
いろいろな音を出すこと。
どことどこで空気を止めたり通り道をせばめるか、
止めてからぱっと離すのか(pなどの破裂音)
ぎゅーっと押さえて継続的に出すのか
(sなどの破擦音、だったかな)
など、ちゃんと決まっているのです。
英語の音のユニットはたしか母音が9、
子音が14ぐらいだったと思います。
それらの空気の流れ方を3D的に理解すれば、
そしてそれを自分の喉や唇でできれば、
それでいいのです。
ああ、そうそう。
3)子音を音のユニットとして理解することが必要。
音と文字の関係が
英語と日本で違うということでもあります。
スペイン語やイタリア語のように、
カタカナで表記しやすくて
日本人にとっつきやすい言葉は、
母音(アイウエオとか)が
いちいち子音にくっつくことが多いからです。
英語はそうじゃないから、だから日本人にはわかりにくい。
4)音の聞き分け能力は、一番原始的です。
つまり、生の英語に触れる年齢が低ければ低いほどいい。
私はそれが27才でしたが、
いまだにLとRはわからない時があります。
でも少なくとも高校生から触れた子はだいじょうぶです。
もちろん個人差はあるのでしょうが。
音声学の授業で、6カ月だったかの赤ん坊に
早くも耳が言語別にできているという実験の
ビデオを見たこともあります。
(ある言語では違う2つの音が
別の言語では同じに聞こえる場合、
それぞれの環境の赤ん坊がどう反応するか。
パブロフの犬みたいに、ある音に続いて
スクリーンに何かを映して、というやり方)。
とりあえず、一番言いたかったことは以上です。
ずっと前にほぼ日に
「英語を話す人、話せない人」があった時に
このことを書きかけたのですが、
途中でギブアップしてしまったので、
今回は乱暴ですが書いて送っちゃいます。
なかむらゆみこ
3分間で、今日のニュースを知る。係御中
鳥越俊太郎様
はじめまして。
ほぼではなく、毎日、必ず読まさせていただいてます。
アイルランド在住32才女性です。
職業は医師、現在研究目的に
2年の予定でDublinに留学中です。
英語教育の話題に、ついメールをしてしまいました。
長くなりそうなので、番号とタイトルをつけました。
てきとうに読みとばして下さい。
1.私の習ってきた英語のこと
私はもともと英語が好きだったので、
疑問も持たずにずーっと英語を学んできました。
でも、考えてみると、好きになったのは、
小学校の英語の先生のおかげだ、
ということに気付きました。
通っていた小学校〔私立)は、
2年生から英語の授業があり、歌を習って
先生と一緒に歌ったり、単語を各々がマス目に書いて、
おはじきを使ってBINGOをしたり、
というほとんど遊びのようなものでした。
でも、それがとても楽しく、
また、先生の盛り上げ方も上手だったんです。
イメージとしては、イギリス紳士のような先生でしたが
(たぶん当時40代後半)、発音はちゃんとしていた、
と記憶しています。
なぜなら、いまでも当時習った
Silent Night〔タイトルはこれでしたっけ?)や、
row, row, row your boat・・・という歌は
耳に残っていて、カタカナ英語の発音ではないからです。
それにひきかえ、高校時代〔県立)は、
英語の先生の発音はサイアクでした。
それはある日唐突に証明されました。
交換留学でうちの高校に来ていた
アメリカからの留学生に全く通じなかったのです!!
その先生は(たぶん)英語の主任教諭でした。
神奈川県で、受験校で、このレベルです。
それから、今思うとなぜなのか解りませんが、高校当時は
教科書を「よい発音で流暢に読む」のは
なぜかすごく恥ずかしいことでした。
〔今の高校生はどうなんでしょう?)
すごくむりやり、カタカナで発音するよう
心がけていました。変ですね。
そんな中で、少なくとも受験の時の「でる単」は、
絶対に役に立っています。あれがなければ
語彙が今よりさらに貧困だったと思いますもん。
ただ、私の中で英会話がブレイクしたのは、
1カ月の短期英国留学がきっかけです。
大学2年生の夏休みでしたが、
この時、間違った文法でも、
とにかく話さなくては伝わらない、
ということを知りました。
以来、間違った文法でもとりあえず話すことが
できるようになりました。
でも、まわりに日本人が一人もいなかったから
できたのかも・・・。
だって、日本人のいる前で、
間違った文法の英語って話せないですよね?
そんなことないですか?
2.発音
この間の日曜まで、BBCで3週連続で
「Bubble Trouble」という日本のバブル崩壊の
ドキュメンタリーがありました。
その番組で私にとって面白かったのは、
日本の企業トップの英語が聞けたことです。
東芝、マツダ、などのトップの方が、
インタヴューに答えているのです。
その方々は、とっても流暢に英語を話していました。
アクセントもスピードも完ぺき!
でも、よく聞いていると、
「R」や「Th」はちょっぴりカタカナ発音なんです。
発音がダメでも、アクセント次第でこんなに流暢に!
というお手本のようでした。
そして、そういう英語の上手なおじさんたちも
ちゃんといるのだ、と知って嬉しかったです。
ちなみに小渕総理には吹き替えが・・・。
わたし的には、発音には「耳」だと思います。
小さいうちからやってなくても、
耳のいい人は発音がいい、というのが私の持論ですが
いかがでしょう?
ピアノを小さいときからやってるだけでも
違うと思うんですけど。
というか、音へのこだわりがある人は、
もし本当の発音をしたかったらきっと出来る、
と思うのです。
発音にこだわらない人は
いつまででもカタカナで話します。
それでも通じはするんですよね。だからよけいそのまま。
私の発音ももちろん、まだまだですが、
少なくとも発音したとき自分で「これは違うっ!!」と
わかります。
そして、今も修業中。
〔今は“problem”がとっても難しいです。)
ですから、もし小学校や中学校の先生を派遣するなら、
音にこだわる人がいいと思います。
長々とすみません。
これからも毎日、楽しみにしています。
(匿名希望です)
鳥越俊太郎様 from China
イトイ様、鳥越様、ほぼ日スタッフの皆様、
いつも楽しいページをありがとうございます。
中国で日本語教師をしている山口と申します。
英語教育の件で、本日コラムが載っていましたが、
外国語教育に日本語教育の方法を取り入れてはどうか、
という提案をしたいと思い、投稿いたしました。
中国人の学生に日本語を教える時、一番苦労するのが、
「暗記至上主義」からの脱却です。
ご存知のように、中国は「科挙」の伝統があるせいか、
勉強=暗記、であり、作文だろうが論文だろうが、
オリジナリティーよりも、模範の暗記が
第一とされているようです。
多くの学習者は、日本語を書くこと・読むことは
上手ですが、話すこと、聞くことは
驚くほどできません。(教師も含めて)
一方、現在、日本語教育では、
コミュニカティブな学習スタイルが主流で、
現実にできるだけ近いかたちで
言葉や表現が使いこなせるよう、運用能力の向上を
目的とした教授法が多く採用されています。
授業に実践の場を想定したゲームを取り入れますと、
最初は学生は何をどうしたらよいのかわからず
戸惑いますが、その意味がわかりますと、
とても授業を楽しんでくれますし、
運用能力も高まるようです。
わたしは現在“青年海外協力隊”として
中国の医学系の大学に派遣されており、
会話やヒアリングを任されています。
ここの学生はいままで自分達が受けたことがない
参加型の授業をとても喜んでくれています。
中国の多くの大学では外国語の授業には
ネイティブが参加しています。
では、わたしが学生時代に受けた外国語教育は
どうだったでしょうか。
受験のための、暗記重視。
外国語が主専攻でなかったため、
ネイティブに教わることもなく、
実際のコミュニケーションを想定した授業など
1度も受けたことがありませんでした。
考えてみたら、ここの学生と
何ら変わりはなかったのです。
あの授業で外国語が話せるようになるはずがない、と、
いま、客観的に思います。
協力隊が派遣される、
いわゆる「途上国(世界各国の)」の学生の方が、
(限られたエリートだけですが)
日本よりもずっと進んだ外国語教育を
受けているというのが、最近の実感です。
日本に一度も行ったことのない学生が、
とてもきれいな日本語を話します。
中国の進学率は、日本に比べて低いのですが、
外国語教育(発音も含めて)の充実度は、
日本より上だと思います。
(もちろん学生の熱心さも上ですが)
これが、ここで仕事をするわたしの歯がゆさです。
日本語教育の考え方は、
元は全て英語教育から来ているのに、
いつのまにか本家の英語教育では
教育メソッドが知識としてだけ残り、
実践されていないのが現実のようです。
わたしも通いましたが、
多くの民間の日本語教師養成学校では、
知識とともに、かなり厳しい実践科の授業もおこない、
「学習者中心主義」を身体で学びます。
わたしの意見としては、
このような講座のカリキュラムを、
ぜひ学校の全ての教科の先生に受けて欲しい、
或いは、民間の日本語学校で、
教師がいかに切磋琢磨しているか、
見てほしいということです。
もちろん、学校の先生も努力なさっていると思いますが、
「実践的な外国語教育」という点では、
日本語教育の方が上になっているように思われます。
経験の浅い日本語教師の戯言ですが、
歯がゆさゆえに、一筆書かせていただきました。
それでは、日本も寒くなってきているそうですが、
ご自愛下さい。
山口智子
中国・遼寧省瀋陽市
www.geocities.co.jp/HeartLand-Poplar/2606
大阪、ニューヨーク、アイルランド、中国……、
ほぼ日読者っていろんなところにいるんですねぇ。
高校で英語を教えている人、留学体験のある人、
日々外国語をつかって暮らしている人からの
実感のこもったメールが読めてホント感謝してます。
鳥越さんの問いかけにたいして、
みなさん、考えていることを
ホントによく送ってくれるんですよ。
鳥越さんからの問いかけに答える、という
このスタイル、今後もやっていきましょう。
今回は、スタッフ金澤が担当しました。 |