その36 津軽、地吹雪、仄かな太陽。その36 津軽、地吹雪、仄かな太陽。

ぼくが足繁く「津軽」に通うようになって、
早いものでそろそろ10数年が経ちます。
青函連絡船で北海道に渡っていた頃から
何度か訪れたことはあったのですが、
津軽という土地にしっかりと目を向けたのは、
奄美での湿板写真プロジェクトのすぐ後のことでした。
それまで南の島で撮影を繰り返してきたので、
津軽の冬は確かに凍えるほど寒く感じました。
けれども、幾度となく見る冬景色は、
カメラのファインダー越しにも、
「寒々しい」という印象はありませんでした。
とても不思議なことでした。

津軽地方は、弘前などの大きな街をいったん出ると、
あたり一面が真っ白の、何もない景色が拡がります。
津軽平野です。
とは言え、北海道ほどの広大さではなく、
遠くには集落が見えたり、
運がよければ、岩木山の美しいすがたを
見ることも出来ます。

津軽平野には、日本海からの強い北風が吹き込んできます。
それがあたりの雪を、目の前がすべて雪で被われる程に、
舞い散らします。まさに“地吹雪”です。

風が強い分だけ雪雲が薄く、天候が変わりやすいのも、
この地方の特徴のひとつかもしれません。
時には、目の前が真っ白になる程の地吹雪の中から、
突然、うっすらと太陽が現れてくることがあります。
ほんのわずかな光です。
それでも太陽の方を向くと、
ほのかな光のあたたかさを感じます。
そして、太陽の光は舞い散る粉雪をキラキラと溶かします。
手に取るように見えるその光景をなんとか写したくて、
カメラを向けるのですが、
なかなかうまく写ってくれません。
ものすごい吹雪の中での話なのですから、
手もかじかみ、時には飛ばされてしまいそうな程の
寒くて過酷な状況なのですが、
ぼくは、その「光が現れた」瞬間が大好きです。
やっとの思いでその片鱗をカメラにとらえてみたところ、
そこには、不思議と、あたたかいという印象がありました。

ぼくはある冬、弘前城の近くにある
「青森銀行記念館」という
大正時代に造られた美しい洋館の、
普段は閉鎖されている2階で、
「津軽」というタイトルの
小さな写真展を開きました。
会場のすぐ裏手にあるお蕎麦屋さんの女将さんが
何度も会場に足を運んでくださって、
「わたしが、子供の頃、毎日見ていた景色だわ」
と、言ってくれました。
「わたしも、吹雪の中からあらわれる光が大好きだった」
と。

どうやらぼくが何度も写そうとしていた光たちは、
ここに暮らす人々にとっては、
冬の、日常の光でもあったようです。

父が転勤族だったこともあって、
ぼくには故郷と呼べる特別な場所がありません。
けれどもそんなぼくにとって津軽は
あたらしい故郷のひとつになりました。
津軽の風景や
津軽の人々と触れ合ったときに感じる
あたたかい安心感のようなもの。
それはおそらく故郷とよばれる場所には、
必ずあるような気がしています。

このお正月、
もしも、久しぶりに帰る故郷に、
久しぶりにあった友人に、
久しぶりにあった恋人に、
そんなあたたかさを感じたら、
その時に、それを感じながら、
写真を撮ってみてください。
きっとまたひとつ、
大切な一枚が生まれるはずです。

では、皆さま、
よいお年をお迎えください。
そして、来年もよろしくお願いします。

2016-12-29-THU