PHILADELPHIA
お医者さんと患者さん。
「遥か彼方で働くひとよ」が変わりました。

手紙222 日本のHIV
30代・看護師
「病気でもなんでもいいからまだ生きたい。
 まだやりたいことがたくさんある」



こんにちは。

今日もわたしの外来の患者さんにお願いして
書いていただいたメールを紹介します。

この方は、メールの中でもお書きになっているように
現役の看護師さんとして
忙しく働いていらっしゃいます。

私は今、HIVの感染を告知されてから8年目。
私の中のウイルスは
「病気の進行が非常に遅いタイプくん」だそうで
現在も内服はせず、
看護師として3交代の病棟勤務をしています。

身体を動かすことが好きなので、
休日は岩登りをしたり
フルマラソンのレースに出たりしています。
2ヶ月休職して
8000m級のヒマラヤ登山をしたこともありました。

人並み以上に元気で、
勇気を出して友人に感染していることを告白しても
「こんな元気なHIVいるわけない」と
ゲラゲラ笑われる程です。

それでも告知された当時は
世の中で自分が一番不幸だと思ったし
「孤独」ってこういうことなのかと実感し、
しばらくは「タマシイ抜けた状態」で
ただ生きていたような気がします。
その時、私は看護学生でした。

看護師の資格をとり、
急性期病棟で仕事をするようになってから
「人の死」ということについて
考えるようになりました。

HIVに感染していなくても、
助けられない命はたくさんある
ということを知った時、
私はこの病気を
受け入れるようになったような気がします。

HIVに感染していて
他の病気と違うつらい部分は
やはり社会的差別でしょうか。

誰かに話して同情してもらったり、
いたわってもらうことはなかなか期待できません。
少しずつ身近な人に
カミングアウトするようにしていますが、
職場の人と両親には話せていないんです。

若い患者さんが亡くなった時、
残されたご両親に掛ける言葉はありません。

私は両親より長生きすることを目標にして、
HIVに感染していることは
これからも話さないつもりです。
両親には容姿と脳ミソの発達はさておき
身体だけは五体満足で
人並み以上に健康に産み育ててもらいました。

それが当たり前じゃないことに気付いた時、
両親から与えられた命を
粗末にするような生き方は
したくないと思いました。

せっかく元気に育ててくれたのに、
感染してしまってごめんなさい、という気持ちも
大きいです。

医療は日進月歩です。
粘っていれば
治療法も確立されるのではないでしょうか。
なかなか賢いウイルスですが
人間ってもっとすごいんです。

以前フロリダで
シャトルの打ち上げを見る機会があったのですが、
あの白くてきれいなでっかいシャトルが
振動と轟音とともに
青い空に飛んでいく姿を見た時、
人間にできないことってないんじゃないの?って
思いましたもん。

そのミッションのクルーに
日本人はいなかったのですが
7人中3人が女性だったので
ますます頼もしく感じたこと覚えています。

HIVの告知をされてから
どこか遠くへ行ってしまった
私のタマシイが還ってきたのは
ある山での遭難寸前の経験がきっかけでした。

私は心のどこかで
「どうせ治らない病気なんだし、
もう怖いものなんてない」と
強がっていたのですが、
いざ本当に「ヤバイ状況」に陥った時
「死にたくない」と強烈に思ったんです。

「病気でもなんでもいいからまだ生きたい。
まだやりたいことがたくさんある」って思って。

自分がこんなに生きることに貪欲で、
生きることに執着している
ということに驚きながら、
そのビバークの長い夜、
自分のやり残したことをひとつひとつ考えて、
翌日必死で下山しました。

それから私は
やりたいことをひたすらやり通してきました。

30過ぎたのでますます人の目も気にせず、
ずーずーしく生きてます。
もう立派なオバハンですからね!

1年に2回くらい風邪をひきます。
そんな時は急に弱気になって
「いよいよダメかな」と
思ってふてくされることもあります。

でも一緒です。
つらい時はつらいし、楽しい時は楽しい。
健康な人も麻痺のある人も
目の見えない人も歩けない人も、
身体は健康でもココロが病んでる人だって、
みんなそうやって一生懸命生きてるんでしょ。

メールの中でお書きになっていらっしゃるように、
この方は、ものすごくお元気です。

彼女が「山に登ってくる」とおっしゃるとき、
その行き先はヒマラヤですし、
「最近、少し走ると息が切れるようになった」と
おっしゃるとき、
その「少し」というのは「15km」です。

3ヶ月に1度、彼女と診察室でお目にかかるたびに
以前ご紹介しましたように
「HIVとともに生きる暮らし」という言葉を
わたしはいつも思い出します。

HIVの検査をお勧めしてみても、
「だって、もし感染してるってわかったら
もう死ぬしかないんだし、検査するだけ無駄だ」
というお返事をいただくことがときどきあって
残念に思っています。

でも、ここでご紹介してきましたように
健康が損なわれないうちに
HIV感染症を見つけることができれば、
仕事も、生活もこれまで通りに続けることができます。

そして、感染しているかどうかは
自分で検査を受けてみないと、
絶対にわかりません。

本当にしつこくて申し訳ありませんが、
過去にどなたかと性的な接触があった方は
HIV検査を受ける、十分な理由があります。

ぜひ、ご自分のからだと未来のために
検査をお受けになってみて下さい。

では、今日はこの辺で。
みなさま、どうぞお元気で。

本田美和子

2007-02-23-FRI

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