PHILADELPHIA
お医者さんと患者さん。
「遥か彼方で働くひとよ」が変わりました。

手紙196 日本のHIV
50代男性・会社役員


こんにちは。
前回まで、わたしの外来に通ってくださっている
40代の女性に
ご自身のこと、ご家族のことを
お話ししていただいてきました。

今回は、男性にお願いしました。

この方は50代で、
数年前にHIV感染が判明して以来
わたしの外来に通ってくださっているのですが、
2年ほど前、診察を終えて帰る間際に
「何か自分が役に立てることはないでしょうか」と
おっしゃってくださいました。

今回、たくさんの患者さんに
お話をしていただくことになったのも
この方のお言葉がきっかけです。
心から感謝しています。

アメリカのドラマでER(緊急救命室)を
再放送を含めてよく見ているのですが、
あれだけ医療に関して
リアルに正確に作られている中で、
HIVに関しては
「死の病」という前提で扱われていることがあります。

とくにカクテル療法(本田・註1)ができる以前の
古いシリーズでは、
その時点での治療法を基に
作られているわけですから当然です。

そのドラマを見ている
一般の人達のHIVについての知識が、
現状とかけ離れていくのは仕方のないことでしょう。
ERでその程度ですから、
日本のドラマ、映画等各種メディアでは
さらに誤解だらけです。

それでも、
私たち患者と医療関係者だけが、
正確な情報と知識を共有しているだけで
いいのかもしれません。

しかし、それでは
はじめてHIVに感染した人の誤解、
絶望からの早まった行動を取る可能性が消えません。

「HIV、エイズは死の病でなく
適切な治療を受けていれば
普通の生活を送れる病の一つである。」
という事実が、
どうして社会に広く知られないのでしょうか?

あれほど、世界中で
エイズ患者を救うイベントが行われているのに。

それは
「HIV、エイズが恐ろしい病気である」ということで、
性のモラルが乱れるのをある程度抑制できると、
社会一般の暗黙の了解があるからでしょうか。

この病気のもつ匿名性
(私も家族を含めた周囲には一切秘密にしています。)
言い換えれば後ろめたさから、
患者側からの意見が公に出ていかないからでしょうか?

もう、HIV陽性の結果が出たあのときの自分のように、
病気に対する無知と恐れから
絶望の底に陥っている人が一人でも減ることを願うのは、
この病にかかった患者の
偽りのない感情ではないでしょうか。

HIV感染に対する体のケアー(治療体制)
本田・註2)や
社会のケアー(更生医療体制)(本田・註3)は、
自分だけではどうにもなりません。

この二つは自分が体験してはじめて知ったのですが、
日本のHIV治療体制や更生医療体制が
ここまで充実していることに、
おそらく多くの患者の人達は、驚くと思います。
(薬害エイズ問題で争った被害者の方たちの
 貢献が大きかったから?)

私は、私を支えつづけている人たちや
社会の仕組みに感謝するとともに、
自分ができて最大の効果をあげられること・・・
「自分からは絶対に感染を拡げない。」
という最低限のことは、
守らなければならないと思っています。

HIVという矢は、私の体に深く刺さっていますが、
決して致命傷ではありません。

むしろその矢のおかげで、
いろいろなことが見えてきたり、
感じられるようになりました。

HIVは、個人や社会に対して
いろんな事を考えさせる病気なのですね。

<本田・註1>
カクテル療法、というのは
HIVの治療薬をいくつか組み合わせて飲む、
とても効き目のある治療方法で
1990年代の半ばに
この方法が使われるようになって、
亡くなる患者さんの数は世界中で激減しました。

ドラマのERの第1シリーズが作られたのは1994年ですから
まだ、このカクテル療法が
ようやく始まる直前、のころのことです。
ですから、当時は「死にゆく病」として
HIVは扱われてしまっていました。

<本田・註2>
地方自治体には
「エイズ治療拠点病院」という医療機関があって、
きちんとHIV感染の治療を
受けることができる体制が準備されています。

これは、血友病の治療を通じてHIVに感染してしまった、
いわゆる「薬害エイズ」の患者さんが
全国どこでも安心して受診することができるように
整備されたものです。

もちろん、血友病以外の理由で
HIVに感染した方々も、同じように受診できます。

<本田・註3>
HIVの治療には、お金がかかります。
一般的な組合せの治療薬の費用、
検査代、受診料などを合わせると、
1ヶ月の医療費はだいたい20万円必要です。

公的な医療保険が使えるので、
自己負担は3割の6万円程度です。
残りは健康保険や国民健康保険などから支払われています。

でも、毎月自己負担の6万円もの自己負担額を
生涯に渡って払い続けるのはとても大変です。
この負担を減らすために、
各自治体は
「更生医療(4月からは自立支援医療と
名前が変わりました)」という制度を設けて、
自己負担額の一部または全額の補助を行っています。


HIVの治療に対して
医療費や社会保障費が使われている
という点から考えれば、
感染と直接関係がない方々にとっても
HIVは、すでに大いに関連のある問題です。

このことについては、
また日を改めてご紹介しようと思います。

そして、この問題について発言してくださった
この方に深く感謝申し上げます。

また、文中にあるように
「HIV、エイズは死の病でなく
適切な治療を受けていれば
普通の生活を送れる病の一つである。」
ということを、
ぜひ、多くの方々に知っていただきたいと思います。

治療を受けるための制度は、
既に日本には揃っています。

では、今日はこの辺で。
次回も協力をお願いしている方々の経験談を
ご紹介していこうと思います。

みなさま、どうぞお元気で。

本田美和子

2006-05-23-TUE

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