PHILADELPHIA
お医者さんと患者さん。
「遥か彼方で働くひとよ」が変わりました。

手紙189 WHO・12 患者さんの共通の想い


こんにちは。

開発途上国のHIV対策のモデルケースとなっている
タイ北部の町に行ったときのお話も
そろそろ終わろうと思います。

貧しい農村に住んでいる
HIVに感染している人たちが、
月に一度集まって、病気のことだけでなく
家族のこと、生活のこと、仕事のことなどを話し合う
ミーティングに参加することができて、
いろんな経験や意見を聞くことができたのは
本当に得難い経験になりました。

最初は少々ぎこちなかったのですが、
東京の患者さんの様子などをお話しするうちに
双方がリラックスして
お話を伺えるようなりました。

1時間近くもお話を聞かせていただいて
ほんとに良かった、と
そろそろ終わろうかと思っていたとき、
ひとりの男性がこう話し始めました。

「自分がHIVに感染しているとわかったとき、
 もう、人生は終わってしまった、と思いました。
 でも、治療薬が手にはいるようになって、
 こんなに元気になって、
 今は仕事も少しずつできるようになりました。」

「今、自分の経験を
 できるだけ多くの人たちに
 聞いてもらいたいと思っています。」

「これが、今わたしが一番やってみたいことです」

この男性の言葉を聞いたとき、
わたしはとても驚きました。

これと同じ言葉を、
わたしは自分の診察室で
何度も耳にしたことがあるからです。

- 自分はHIVなんて
無縁の病気だと思っていたのに、そうじゃなかった。

- 感染していることがわかった当初は
もう、どうしていいのか、
ほんとに何もわからなくなってしまって、
とても辛かった。

- 今、HIVの治療薬を飲み始めて
だんだん体調もよくなってきた。
ようやく、自分の人生はまだ続くのだ、と
実感することができてきた。

- HIVという病気は
絶対に感染しない方が良いに決まってる。

- 自分の病気のことを
公表することはとてもできないけれど、
自分の経験をぜひ役立ててもらえたら、と思う。

- もし、自分が何かできることがあったら、
ぜひ声をかけてほしい。

診察室で、患者さんが
このようにおっしゃるのを初めて伺ったとき
わたしは、その言葉に胸をうたれました。

そして、そのようなことをおっしゃる方は
1人ではありませんでした。

どなたも共通しておっしゃるのは
『自分の時は
 何もわからなくて本当に不安だった。
 自分の経験を、ぜひ役立ててもらいたい。
 何より、HIVに感染しないでほしい。』

ということです。

わたしは内科医として10数年働いてきました。
高血圧、糖尿病、肝臓病など
多くの病気をもつ方に
お目にかかる機会がたくさんありましたが、
『自分が今持っている病気を
社会から少しでも減らすために、
ぜひ、何か自分にできることはないだろうか』と
積極的におっしゃってくださることは
普通ありません。

でも、HIVに感染している方の中には、
「HIV感染症を少しでも多くの人に知ってもらい、
社会からこの病気を減らしていきたい」と願い、
そのために、力になりたい、と
思っている方が、確実にいらっしゃいます。

患者さん方のこのお気持ちを
何とか生かすことはできないか、と考え、
まず、ここで
ご自分のことをお話ししていただくのはどうか、と
思いつきました。

これから数回に渡って、
HIVと共に暮らす生活を送っている方々の話を
紹介していこうと思います。

まず、お母さんでもある40代女性が
ご自分のことを話してくださいました。
次回からは、彼女のお話をご紹介します。

では、今日はこの辺で。
みなさま、どうぞお元気で。

本田美和子

2006-04-18-TUE

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