PHILADELPHIA
遙か彼方で働くひとよ。
ニューヨークの病院からの手紙。

手紙147 訪問診療・2 赤坂(1)

こんにちは。

東京の都心の病院で働いていた時、
週に一度
赤坂にある診療所へアルバイトに行っていました。

公立の病院で、非常勤の身分で働く医師の給料は、
高校の同級生に話しても
「嘘でしょう」と信じてもらえないくらいの額です。

生活を支えるために
週に1、2回アルバイトに出かけなければ
やっていけません。

「お金のため」に、フィラデルフィアへ移るまでの
1年足らず続けた仕事でしたが、
わたしはここで、思いがけず
いろいろなことを学ぶことになりました。

今日は、その中のひとつ、
たぶんこれからも忘れることのない、
一人暮しのおばあさんの家に往診に行った時のことについて
お伝えしようと思います。

その診療所は、
地下鉄の赤坂見附の駅から民放のテレビ局へと続く、
とてもにぎやかな飲食店街の一角の、
古い雑居ビルの最上階・4階にありました。

それはとても古い建物で、
1階には管理人さんのお部屋があり、
2階と3階は、すごく古風なスナックと
何をやっているのかよくわからない事務所があって
4階の一番隅っこに、その診療所はありました。

ビルの入り口は表通りからまわりこんだところで
ちょっとわかりにくいし、
まわりのビルに囲まれて日当たりの悪いこの建物の中には、
とても薄暗い階段が続いていて、
初めて訪れる方は
少し戸惑うかもしれないような、寂しい感じの場所でした。

看板をひっそりと掲げて
夕方から夜にかけて開いている診療所でしたが、
ぽつり、ぽつりと患者さんが訪れるくらいで
それほど忙しくはありませんでした。

ある日、事務のおじさんから
今日、往診に行ってくれないか、と頼まれました。

「いいですよ。どちらの方ですか」と、
詳しい話を伺いました。

その患者さんは80代前半の女性で、
元々は赤坂の料亭で働いていたおかみさんだったそうです。
家族は娘さんがひとり。
彼女は結婚して東京の郊外に住んでいます。

この患者さんは、若い頃からずっと赤坂に住んでいて
娘さんが一緒に住もうと誘っても
なかなか引っ越す気になれずに一人で過ごしていました。

縁があって、この診療所のあるビルの管理人として
ビルの1階に住むようになったそうなのですが、
数年前から、管理人としての仕事は引退していました。

その後も、大家さんの好意で
管理人さんのお部屋にそのまま住んでいるのだ、というのが
かいつまんで説明してくれた、おじさんの話でした。

このビルの、あの暗い、管理人さんのお部屋に
一人暮しのおばあさんが住んでいたのか、と
わたしはびっくりしたのですが、
事務のおじさんの話には、もっと先がありました。

最近、このおばあさんが疲れやすくなり、
少し血圧も高めで、食欲もあまりなさそうなので、
様子を見に行ってもらえないか、と
娘さんから診療所へ連絡があったそうです。

「驚かないでくださいね。
 このおばあさん、家の中で、裸で過ごしていますから」

裸?どうして?

びっくりすることが、いくつも重なってきました。

ともかく、会いに行こう、と
おじさんと二人で、1階まで降りて行きました。

管理人室の入り口は、鍵がかかっていました。
その隣に小窓があって、
そこには
「玄関まで来ることができません。
小窓を開けると、中に鍵がありますから
その鍵で扉を開けて入ってきてください」と
張り紙が出ていました。

無用心だなあ、と思いながら
「診療所から来ましたー」と声をかけて
扉を開きました。

ちょっと長くなってしまったので、
続きは次回にさせてください。

みなさま、どうぞお元気で。

本田美和子

2002-06-02-SUN

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