PHILADELPHIA
遙か彼方で働くひとよ。
フィラデルフィアの病院からの手紙。

手紙82 HIV9 治療の大原則

こんにちは。

前回は
HIV治療薬の理屈についてご紹介しましたが
今日はその続き、
HIV治療の大原則についてお伝えすることにします。

HIV治療のゴールは、
感染した人が
できるだけ元気で長生きすることです。

これまでも何度か触れましたが、
現在のところ
体の中のHIVを全滅させる治療法は
まだ見つかっていません。
その代わりに、できるだけ体内のHIVの数を減らすことが
治療の当面の目標となっています。

HIVの特徴のひとつに
人の体内で増殖して行く時の、自らの複製のしかたが
非常に大雑把であることが挙げられます。

つまり
自らを複製しながら体内で増えていく時に、
できあがったものが元の形とちょっと違っていても
その違いはあまり気にせず、
そのままどんどん複製を続けて行くために
複製の回を重ねるにつれて、
少しずつ元の姿とは
違ったものになっていってしまうのです。

これは別の表現をすると
「変異を起こしやすい」ということになるのですが、
これはHIV治療においてとても大きな問題です。

というのは、この現象は
「体内で薬に対して耐性を作りやすい」
つまり、HIVの治療薬が効かなくなってしまう、という
HIV治療のなかで
最も厄介な問題のひとつを生む
原因になってしまうからです。

さまざまな研究を通じて、
異なった種類のHIV治療薬を
同時に飲み続けることによって
薬剤耐性ウイルスの出現を
ある程度抑えることができることがわかってきています。

現在、多くのHIV感染の専門医が合意している
耐性を防ぐための治療の原則は、
<1・少なくとも3種類の薬を、同時に始める。>
<2・「薬を飲む」と決めたら、
 必ず決まった時間に決まった量を飲みつづけて、
 絶対に中途半端な飲み方をしない。>

ことです。

薬の効かない、薬剤耐性HIVの出現を心配するのには
理由があります。

前回の「HIV治療薬の理屈」の中でお知らせしたように
HIV治療薬は3つのグループ
ヌクレオシド系の逆転写酵素阻害剤
(Nucleoside Reverse Transcriptase Inhibitor;
 NRTI)
非ヌクレオシド系の逆転写酵素阻害剤
(Non-Nucleoside Reverse Transcriptase Inhibitor;
 NNRTI)
プロテアーゼ阻害剤
(Protease Inhibitor)
に分けられますが、
その人に感染しているウイルスが
ある薬への耐性を獲得した場合、
その薬が属するHIV治療薬のグループすべてが
効かなくなる可能性があるのです。

つまり、元々それほど広くない
HIV治療薬の選択の幅が、
ますます狭められてしまいます。

ですから、
「1種類または2種類のHIV治療薬を
気が向いたときだけ飲む」、というような薬の使い方は
将来に向けて
最悪の選択をしている
、ということになるんです。

一般に、HIV治療を始めてだいたい8週間くらいたつと
体内のHIVの量は治療開始前の1/10以下、
もしくは現在の検査方法では検出できないくらい
少なくなることが期待されています。

だいたい、血液1cc中のHIVの数が
50個以下くらいになると
一般的な検査方法では検出できなくなって、
これを「検出限界以下」と呼んでいます。

しつこいですが、「検出限界以下」というのは
体内のHIVが全滅した訳ではなくて
現在の技術では数えられないくらいまでには少なくなった、
ということに過ぎません。

治療開始後2ヶ月目くらいまでの
検査の結果が思わしくない場合には、

・ 薬への耐性をもつウイルスなのではないか
・ 薬の血中濃度が低いのではないか
・ 薬の種類が足りないのではないか
・ 薬の種類を変えたほうがいいのではないか

といったことを考えながら
その後の治療を進めていきます。

こうなってくると
薬の選択はまさに職人芸の域となり、
この点からも、HIV治療の専門医を
パートナーとして選ぶことをお勧めしたいと思います。

今日は具体的な薬の名前のご紹介まで行けるかな、と
思いながら書き始めましたが、
いつものように、また長くなりすぎたので
それは次回にすることにして、
今日は治療の大原則についてお伝えしました。

では、みなさまどうぞお元気で。

本田美和子

2001-03-15-THU

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