PHILADELPHIA
遙か彼方で働くひとよ。
フィラデルフィアの病院からの手紙。

手紙74 HIV 1


こんにちは。

前回お伝えしたように
感染症を専門とする先生方のもとで学ぶ機会をいただいて
わたしは東京の都心にある病院で働くことになりました。

ここは特殊な感染症を専門としていて、
その病気に関して
患者さんに対する治療だけではなく、
臨床医学に深く関連した基礎研究も行なわれていました。

それまで、いわゆる
「アカデミックな医療機関」と呼ばれるようなところで
働いたことは一度もありませんでしたから、
だいじょうぶかな、とちょっと不安でしたが
ひとつの病気についてきちんと学んでみる、ということも
面白いかもしれない、と思い
やってみることにしました。

わたしはそれからの1年間
HIVに感染した、たくさんの患者さんに
出会うことになりました。

HIVというのは
human immunodeficiency virus の略称で
ヒトが外敵から身を護るための
「免疫」と呼ばれる防衛システムを
破壊してしまうウイルスです。

このウイルスに感染して免疫システムが壊されてしまい、
自分の身を護れなくなってしまう状態を
「免疫不全」と呼んでいます。

こうなると、普通の健康状態の人なら
十分自分でやっつけることができる、
外から入ってくる細菌やウイルスやカビなど
いろいろな感染の原因となるものが
体の中で暴れまわって、
さまざまな重篤な感染症を起こします。

もともと、ヒトには生まれたときから
自分の身を護るために
この免疫のシステムは備わっているのですが
それが後々壊されてしまう、ということから
この現象は「後天性」である、と呼ばれています。

後天性免疫不全症候群
Acquired Immunodeficiency Syndrome; 略称AIDSは
HIV感染を起した人が
こうして限りなくその免疫システムを
破壊されてしまうことによって起こります。

この病院で働き始めて最初に感じたことは
HIVは、もはや特別な感染症ではなくなっている、
ということでした。
わたしと同世代の、またはさらに若い世代の、
普通の学生や社会人として暮らしている人々の中に
HIVと戦いながら過ごしている人がたくさんいます。

HIVの治療についての研究は
現在、世界中ですごい勢いで行なわれていて
新しい薬が次々に生まれています。

でも、今のところ
HIVを完全に退治できる薬は見つかっていません。

つまり、HIV治療薬の大きな役目は
AIDSの発症を遅らせる、ということであって
感染した人をHIVから解放する、というところまでには
まだ至っていないのです。

また、今後詳しく御紹介するつもりですが、
HIVの治療に関しては、少なくとも3種類の薬を
継続的に、規則正しく飲みつづけなければ
治療効果は上がらない、と考えられています。

しかも、これらのHIV治療薬には
それはもうたくさんの注意が必要で、
量をいいかげんに飲んだり、飲む薬の種類を減らしたり、
時間どおりに飲まなかったりすると、
ウイルスがその薬に対する耐性を作ってしまい
薬が効かなくなってしまうことがよく知られています。

さらに、これらの薬にはさまざまな辛い副作用が伴います。

この病院での1年でわたしが強く感じたのは
「HIV感染について、
 特にHIVはどのようにして人から人へ移っていくのか、
 それを防ぐためにはどうすればいいのか
 ということについては
 社会的な常識として知っていたほうがいい」
ということと
「HIVの治療については
 できるだけそれを専門とする主治医を持つことが大切だ」
ということでした。

ここでは、これから数回に渡って
このHIVやAIDSについて
お伝えしていこうと思っています。

では、今日はこの辺で。
みなさま、どうぞお元気で。

本田美和子

2000-12-19-TUE

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