PHILADELPHIA
遙か彼方で働くひとよ。
フィラデルフィアの病院からの手紙。

手紙73 恩師2


こんにちは。

海辺の町で働いていたころ、
わたしはたくさんの高齢の患者さんを
診る機会に恵まれました。
調子が悪くなって入院してくる方の中には
肺炎や尿路感染症(膀胱炎や腎炎)の方も少なからずいて、
高齢の方にとってこのような感染症が
文字通り命取りになってしまうことも
目の当たりにしました。

感染症がうまく扱えるようになりたいな、と
ずっと思っていたのですが、
海辺の町での2年間を過ごした後
思いきって、感染症の専門家の先生のもとで
学ばせていただくことにしました。

この先生は、アメリカのケンタッキー大学で
感染症の専門医のトレーニングを終えて帰国した後
ご自分の病院だけでなく、日本のいろいろな病院で
若い医師や学生向けに
レクチャーをしてくださっていました。

当時、先生は
特殊な感染症を専門とする機関で働いていらしたので
「病気の種類が少し偏ってしまうかもしれないけど、
 いい?」と
おっしゃいましたが、
その病院で他の科に入院中の感染症を合併した患者さんを
コンサルタントとして診る機会もあるだろうし、
なによりその先生の感染症の治療を
間近に見る機会は捨てがたかったので
東京のその病院に移ることになりました。

結果的に、フィラデルフィアに移るまでの
約1年間をその病院で過ごすことになったのですが、
そこでは、いろいろと楽しいことがたくさんありました。

その病院でのことについては
次回以降にお話しすることにして、
今日は、その感染症の専門医の先生について
ご紹介しようと思います。

前回お話した
サンフランシスコの先生のことを思い出すたびに
「プレゼンテーションの極意」について思うように、
この先生についても
忘れられない言葉があります。

一般に、熱のある患者さんが来て、
その原因が感染症と診断された時に治療として使う薬は
抗生剤・抗菌薬とよばれる、いわゆる抗生物質です。

でも、すべての熱の原因が
感染症というわけでもありません。

また、製薬会社の人は
「新しくて、どんな細菌にも幅広く効く、比較的高価な」
新発売の抗菌薬についての情報を
どんどん持ってきてくれます。

でも、次々に新しい薬を使うことで
逆に、抗菌薬の効きにくい
いわゆる耐性菌を産んでしまうことも
明らかになっています。

熱がなかなか下がらない患者さんを前に
その原因がよくわからないときには
つい、「何にでも幅広く効く」抗菌薬を
使ってしまいたくなります。

しかし、この先生がいつもわたしにおっしゃっていたのは
「抗生物質は、熱さましではない」
という言葉でした。

「どの臓器が、どの微生物によって
 感染症を起こしているからこの抗菌薬を使う」と
はっきり説明できない時には抗菌薬を使わない、という
先生の基本姿勢は
当時のわたしにはとても新鮮でした。

東京で過ごしたこの1年は
この先生をはじめとする専門家のもとで
感染症治療についてまとまった経験をする、という
とても有意義な年になりました。

今年の夏、この先生は病院をお辞めになり
フリーランスの感染症のコンサルタントとして
いろいろな大学や病院で、学生や医師を相手に
感染症の基礎から、個々の患者さんの問題についてまで
幅広く講義をしたり相談にのっていらっしゃいます。

それと時期を同じくして、
先生は感染症診療のための本を出版なさいました。

臨床医の立場から
感染症に対してどのように取り組んで行くべきか、
抗菌薬をどのように選択するか、
治療の効果をどう判断するか、といった総論から
各々の臓器別の感染症についての各論まで、
わたしたちが病院の中で教わった時と同じように
とてもわかりやすく、
世界的なスタンダードにのっとって、
実際にすぐに役立てられるように書いてあります。

いわゆる専門書ですから、
医療が仕事ではない方にとっては
あんまり関係のない本なのですが、
もし、ここを読んで下さっている
医師や医学生の方がいらっしゃいましたら、
ぜひ一度手にとって目を通してみてください。

どうすりゃいいんだ、と困った時に頼れる
とても、いい本です。

この先生のお名前は青木眞先生。
本のタイトルは
「レジデントのための感染症診療マニュアル」
医学書院から出版されていて、
ISBNは 4-260-10992-8です。
値段はちょっと高くて6000円。
でも、十分楽しめます。

前回登場のサンフランシスコの先生も
巻頭に推薦の言葉を寄せていらっしゃいます。

今日は少し仕事っぽい話になってしまって
すみませんでした。

次回は
1年間を過ごしたその病院でのことについて
お伝えしようと思います。

では、みなさまどうぞお元気で。

本田美和子

2000-12-12-TUE

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