PHILADELPHIA
遙か彼方で働くひとよ。
フィラデルフィアの病院からの手紙。

手紙49 集中治療室5 牧師

こんにちは。

いわゆる集中治療とは
とくに関係のないことばかりになってしまった
集中治療室のシリーズですが、
今回も、広い視野でとらえれば
治療と呼べなくもない程度のことについて。

今働いているところは、
特に宗教的な背景はない、普通の大学病院ですが
病棟の中に礼拝堂があって、
お祈りしたい人は、自由にそこを
使えるようになっています。

また、病院の職員の中に
宗教家、というか、牧師さんもいて
患者さんのリクエストに応じて
病室まで訪ねてきてくれます。

この病院が特別、というわけではなくて
たいていの病院には、
同じような設備と宗教家がいるみたいです。

以前、何度か触れた
(たとえばこことか、こことか、ここなど)
退役軍人病院、VAですが、
ここにも、礼拝堂があって、牧師さんも何人かいました。

VAにも、規模はうんと小さくなりますが
集中治療室・ICUがあります。
3月にVAに仕事に行っていたときのある夜、
40代の男性が、大量の血を吐いた、
といって入院してきました。

血圧は下がり気味だし、脈拍も増えてるし、
血液検査の結果も、貧血がどんどん進んでいるので
集中治療室へ移して、全身状態をとにかく落ち着かせよう、
ということになりました。

幸いなことに、意識ははっきりしていて
冗談を言う余裕もある患者さんで、
わたしたちも、安心して治療を始めました。

これから起こるかもしれない、最悪のことを考えて
中心静脈ライン、と呼ばれる
鎖骨の下を走っている大きな静脈に
太い点滴を入れることにして、その準備にかかりました。

鎖骨のすぐ下から、顎のほうに向かって
大きな針を刺すので、
時に、肺に穴をあけてしまって、
気胸を起してしまうこともありますし、
点滴のラインを通じて感染を起すこともあるので、
こういった危険性について、患者さんに説明して
署名をもらわなければなりません。

「OK。必要なんだったら、どうぞやっていいよ」と、
機嫌よく了解をもらって
レジデント2人で
針を刺す部分に麻酔をしようとしていたところ、
ひとりの男性が病室に入ってきました。

感染の可能性をできるだけ低くするために
患者さんの顔と体の上には、
注射をするところだけが丸く穴があいている、
無菌の布がかけられていているので
彼には誰が入ってきたのか、確認できません。

緊急の入院だったので、
家族が今駆けつけて来たのか、と思い
「今、点滴を入れようとしているところなんですが
 お会いになりたいですか」と、聞きました。
この時は、
急にICUに担ぎ込まれた家族のことを心配している人に、
まず一目会わせてあげようと思っていたのでしたが、
今思えば、なんで
「ご家族の方ですか? 少し待っていただけませんか」
と言わなかったのかと、悔やまれます。

患者さんの顔にかかっている布を持ち上げて
顔を見えるようにしてあげたところ、
普段着のその人は
「やあ、こんばんは。初めまして。
 わたしは、この病院の当直の牧師です」と
自己紹介を始めたのです。

何だって? と、あっけにとられていると、彼は
「集中治療室に入院する患者さんには、
 すべてわたしたちがお話を聞いて、
 少しでも心の平安を得られるよう、
 お手伝いしています」
「あなたも、何か気にかかることがあれば、
 いつでもわたしに相談してください」と、
せっかく今消毒したばかりの、
患者さんの胸の上に手を置いて
暖かく、語り掛けています。

ようやく、ここで気を取りなおして
「申し訳ありません、牧師さま。
 今わたしたちは、緊急の点滴を
 取ろうとしているところなので
 一旦外でお待ちいただけないでしょうか」と
言うことができました。

「では、病気の治療は、
 こちらのお医者さんに任せましょう」。
牧師さまは穏やかにそうおっしゃると
部屋を出て行きました。

何だったんだ、今のは。
と、レジデント同志で目配せをして、
もう一度消毒を始めようと、
患者さんに話し掛けたところ、彼は
「牧師が来るって、いったいどういうことだ?
 俺はそんなに悪いのか、すぐ死ぬのか?」と、
あっという間に不機嫌になって、
大声で怒りはじめました。

「そうじゃなくって、
 この集中治療室に入院するすべての患者さんに
 牧師さまがいらっしゃることになっているんです」と、
今聞いたばかりのことを、
さも当然のように言いつくろって
なんとか機嫌を直してもらい、
無事に点滴を入れることができました。

やれやれ、と思いながらカルテを開くと、
そこには、
<当直の牧師は新入院の患者に面接をし、
 心の平安について語りあった。>

と書かれていました。

そのあと、患者さんは怒り狂ったのに。

ともかく、この患者さんは
幸いにもその後の出血はなく、
数日で集中治療室から、一般病棟へ移りました。

末期癌のような
治る見込みのない病気を持っていて、
いろいろな意味での救いを求めている患者さんにとっては
宗教家の訪問というのは、とても意義のあることで、
心待ちにしている方も、たくさんいます。

ただ、今回の患者さんにとっては必要ないみたいでした。

では、今日はこの辺で。
次回からは、胸が痛いときの話をしようかな、
と思っています。

みなさま、どうぞお元気で。
本田美和子

2000-05-07-SUN

BACK
戻る