SHIRU
まっ白いカミ。

150枚目:「旅路より」

 

こんにちは。元気にしてますか。
君が笑顔で暮らしていることをいつも祈ってます。
相変わらず僕は旅をしながら
再録ハチドリメールを飛ばし続ける日々。
とはいえ 僕にはアドレスも携帯天狼星もなくて
この声が君に無事に届いているかどうか
それを確かめる方法もないんだけど。
時折、聞き覚えのある君のハミングが
ちょっと混ざったような歌を歌いながら
ハチドリが飛びゆく事があったりするから
だから元気に君が暮らしていると信じて
荷物をまとめると、旅を続けることにします。
もうトラキアの村ではムパパ桜が満開でしょうね。
飛び疲れたハチドリに蜜をたっぷり飲まして
やさしく迎えてやってください。

ここ、テレマカシの村はトラキアになんとなく似ていて
トラキアで過ごした日々を懐かしく思い出します。
住人もみな心優しく植物的で
天気の良い日になると丘の斜面にみんなで転がって
腰まである緑の髪をひろげては光合成をしてます。
僕が泊まっている宿で世話をしてくれているのは
宿の子供でイリヤという目の大きな子で、
額いっぱいの複眼がチャーミング。
さっき耳から採れたてのイアーベリーをおやつにくれました。
将来はきっと美しい大木に育つことでしょう。
ただひとつ村でちょっと困ってることは
ここのところの晴れ間続きで物価が急上昇中。
乾期より雨期の方がみんなよく働くのです。
僕の財布は浮力豚のしっぽみたいに軽くなってしまって
行商人からハチドリ1匹買うのにも手間取りました。
久しぶりなので嬉しくて
ついついたくさん喋ってしまいそうです。
でも頭の小さなのしか買えなかったので
きちんとハチドリが覚えてくれるか…
もしも途中で途切れてしまっても心配しないでください。

帝国技研のN博士が低量ハチドリの
研究結果を待たずに他界されてしまって
まだまだハチドリは歌える時間も短ければ
花と蜜に溢れた地域にしか飛んでいけません。
でも、今日の僕は自分がハチドリにこうして
話を聞かせることにむなしさを憶えることはありません。
昨日、花植えの中年男達と盛り上がって
名産のパイナップル酒で朝まで飲み明かしました。
気の善い人たちでした。ああいう人たちがいる限り
いつか世界は花で埋め尽くされて
そして飛び交うハチドリが伝える歌声で
みんながみんなを知ることのできる日がくる事でしょう。

僕は二度とあのような戦争はみたくないのです。
背中から針が何千本と突き刺さっては胸から突き抜ける…
いまでもあの夜が夢にでてきます。
ちょうど五右衛門風呂に入っていた君は
釜がシールドになって被爆を免れたのでしたね。
あれは不幸中の幸いでした。
死線をさまよう僕にとって、君の声は鎮痛剤で
安定剤でも睡眠薬でもありました。
そして僕は歩けるようになると、そっと旅にでたのです。
君には見せたくなかったけれど
あの夜以来、僕の足はもう一カ所にはじっとしていられない
旅人の足に醜く変形してしまっていたのです。

道は壊れていて迷い歩くしかありませんでした。
そしてその足で歩いた世界は奇形に満ちていました。
驚くべき奇形の数々を目の当たりにして旅を続けるうち
いつしか僕は旅人の足を誇りに思い
様々な村をみて回ることが楽しくなっていました。
もちろん理解できない風習だってあります。
ある森の中には生まれついての悪人しかいなくて、
大泥棒ほど尊敬される…そんな村もありました。
僕が村人を集めて良心の基本構造を解説をした
その晩にすべての持ち物を盗まれました。
でも僕は泥棒の誇りを知ってから
それを理解はできなくても許容できるようになったのです。
荷物に入っていたたったひとつの宝物、
君にもらった腕輪は盗みかえしました。

次の村はまたどんな人たちがいるかわかりません。
でも僕は君にむかってハチドリを飛ばし続けます。
どこかの花畑でハチドリ同士の話が混ざり、変化して
そんなおしゃべりなハチドリ達によって
あらゆる変奏が世界中で歌いあげられるのです。
決して分かり合えなくても
ハチドリの歌声がラララ…としか聞こえなくても
その美しい歌声に守られていれば
いつか旅の終わりの音楽が世界に流れて
君の暮らすトラキアに帰れる気がするのです。

それまで、お元気で。
またメールします。

 

2000-07-17-MON

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