SHIRU
まっ白いカミ。

第139回 お金があるというのは気分のよいものです

何が欲しいのかもはっきりしないで
ただお金を貯め込んでいる人のことを
守銭奴といいます。
私はバイトもしないで漫画喫茶にいるので、
貯金をすることはとてもかないません。
しかし、「銭勘定も趣味のうち。」というように
お金があるというのは気分のよいものなのです。たぶん。

たとえば、私はお金の中でも
いちばん大きな1万円札を気に入っていて、
とくに自動券売機に差し入れたときなど
たまらない気分のよさを実感します。
ボタンの電氣が全て点り、
「あなたはどこへ行ってもいいのですよ。」
という声が聞こえる心地がするのです。

そして私は「どこにもいかないけどね。」とつぶやき
せいぜい200円ぐらいの切符を買います。
「それならば最初から200円を入れればいいじゃないか」
と心ない人はいうかもしれません。
しかし、それではせっかく自由を味わう楽しみを
みすみす逃しているようなものです。
この連載の読者にはそんなことで楽しめる
魂の安上がりな人が多いようですので、
わかって戴けるかと思います。

たとえばこんな話があります。
これは私の年上の知人の話なのですが、
その人はイタリアで修行して帰国してから
奥さんとふたりで小さなイタリアンレストランを
原宿に開きました。
御存知のように貧乏な若者が集まる場所柄、
あまり高価な価格設定もできませんし
小さな店ですから食材をたくさん仕入れても
上手に全部を使い切ることはできません。
そしてシェフひとり、ウェイトレスひとり。
ふたりの他に人も雇えないので、
せいぜいコースをひとつ設計できるぐらいしか
メニューが用意できないというのです。

私はその相談をうけて、
「メニューだけでも増やしてはいかがですか」
とすすめてみました。
従来の2千円のディナーコースの下に
1千円のみるも無惨なフルコースと、
1皿5千円の「そんなのはいらないよ。」という
ありもしないメニューをたくさんふやしたのです。

案の定、店にやってきたカップルの
9割と5分はいままでどおり
2千円のコースを注文するようになりました。
5千円のメニューを奮発する
お客さんも時々いるそうですが
そんな時は「手長海老などの素材は、
季節によって調達できなくて」などといった
適当なエクスキューズが用意してあるのです。

おかげさまでもう1年になりますが
安いフルコースから、本格イタリア料理まで
たくさんのメニューが揃った店だと大好評だそうです。
そして驚いたことに1千円のコースが
注文されたことはいまだにないそうです。
こんなにもうまくいくとは
相談に応じていながら私も驚きましたけれど、
ともかく選択肢があるというだけで
人というのは嬉しくなれるものなのですね。

 

2000-04-23-SUN

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