SHIRU
まっ白いカミ。

90枚目:「壊れないアフロディテ」

 

急にやって来た寒波の中での学園祭。
文芸部の出店した、あんこ玉をお湯に溶かしただけの
おしるこ屋は予想外の売れゆきをみせていた。
増量されるごとに、それはどんどん透明度があがって…
「それやばいんじゃないの?」
僕は鍋の底まで透けてみえるおしるこを、
おたまでかき混ぜていた山本さんに言った。
先輩も問題に気付いていたのだろう。
僕におたまをあずけると
「ちょっと俺、書道部いってくる。」と走り去った。
おたまを放り出して偵察は終了。
僕は美術部の自陣に戻った。

シーフードお好み焼きなんて、
一体誰が言いだしたのだろう。西村部長だった気がする。
天幕の周囲にはやけに重苦しい魚介類の油彩。
赤いエビには緑に青、補色がたっぷり使われていた。
造型チームが汲み上げた巨大なスチロールの蟹(電動)。
それでいて当日の朝になっても、
小麦粉さえ揃っていないというありさま。
誰かが用意してくれると誰もが思っているのだ。
「石膏なら余っているけれど…。」
この危機にナッチが機転を利かせて、
近所のローソンで広島焼を買ってきて
それを鉄板で暖めて売ることにした。
380円で買って、500円で販売。
1万円した鉄板とバーナーのレンタル費だけでも、
ノルマは100枚ってところだ。気合いが入る。

そして僕たちが順調に
シーフードお好み焼き(再加熱した広島焼)を
転売していると、「どこがシーフードなんですか?」
…と、もっともな質問をしてきた勇気ある女の子がいた。
皆、内心で一番おそれていた事だった。
K学院中等部の制服。
ナッチと僕が当惑していると、
天幕の奥でお茶を飲んでいた部長が出てきた。
「かつおぶしが入ってんだろ。鰹はどこのものだと思ってんだ?」
可愛そうな中学生は泣きそうになって答えた。
「う、海のものです。たぶん…」
助かったけど、西村部長は人として最低だと思う。

いくらなんでも看板に偽りありだという事になって
水野さんと美沙と部長以外の全員で、
急遽シーフード対策会議が開かれた。
(ナッチは部長に隠れて女の子を追いかけると
 500円玉を返してこわいお兄さんの事を謝った。)
画期的なアイデアは何も思いつかなかった。
カニカマやあさり缶を買ってくると、さらにノルマが増えてしまうし
学長室の水槽の鯉をさばこうという意見が出たけれど、
学長が名前までつけてる鯉をお好み焼きに入れるのって
愛校精神に反すると思った。
けっきょく、シーフードの文字をポスカで塗りつぶすという
僕の提案した後ろ向きの解決法が採用された。
電動の蟹がいかにも寂しそうに動いていた。

それでも1日終わって結果からいうと、
お好み焼きは163枚も売れた。
(うち20枚ぐらいは自分たちで食べた。)
人件費や蟹の電池代は思い切り無視するとしても、
これはいちおうの成功と言ってもいい。
透明なおしることか、自重でちぎれるスパゲティーとか、
どこも怪しい食品ばかりの中で、
7名の部員全員で街中のコンビニからかき集めた
プロのお好み焼きは美味しそうにみえたのだろう。
コンビニの本部はきっと今日のPOS統計をみて、
お好み焼き界に異変が起きたとびっくりするだろう。

しかし何十万円も売り上げる
サークルだってあるのに、数千円…。
僕たちは部室でささやかに朝まで打ち上げをして、
ささやかに7人の二日酔いになった。
意識が戻ると石膏像の隙間から埃っぽく光が射し、
どうやら床に破片が散らばっていた。またか!
酔った西村部長が抱きしめて
破壊した石膏像はこれで3体目。
懲罰としてキャンバス張り50枚の刑が
水野さんより言い渡された。

石膏像は僕の気に入っていたアフロディテの像で
どことなく水野さんに似ていると思っていた。
アレスの如く怒れる水野さんの横顔。
(彼女は目覚めの悪いタイプらしかった。)
僕は手元の床に落ちていた
まっ白な耳たぶの剥片を弄びながら…、
もしかしてこれは順番が逆で。
水野さんに似ているから、
アフロティテ像を気に入ってたんだと発見した。

 

1999-11-09-TUE

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