SHIRU
まっ白いカミ。

71枚目: 「猫を探して月に行く話。」

 

街はクレーターを城壁の様にしてその中にあった。
ここでも僕は地球人間の脚力を利用して飛び越えた。
街は混沌としていて、あっという間に
僕はスラム街の雑踏に紛れ込んだ。
とてもクールでハードな街だ。
確かにここならキアズマの手がかりも掴めるかも知れない。

月最大の表層都市ユメノギンガ。
ボロ市では都の名の示すとおり
特産品の夢と名付けられた破片が
大小色とりどり出店に並べられている。

名前の書いてあるもの、ヒビ入ったもの。
僕はなかなかペースを掴めずに街を右往左往した。
そんな様子が田舎者の良いカモに見えたのだろうか、
売り子の怖そうなお姉さんに捕まって、
嫉妬を売りつけられそうになった。
「こんなもの買えないよ!」と言うと
「固いこと言うなよ。欲しがる奴がいて、売りたがる奴がいる。
 需要と供給。この街ではそうだろ。」と凄まれた。
なんとか売りつけられずには済んだ。

それにしても良い事を聞いた。需要と供給。
僕がこうやってキアズマの事を知りたがっていると言う事は、
どこかでキアズマの事を教えたがっている人がいるという事だ。

大通りを渡ろうととすると、後ろから腕を掴まれた。
「馬鹿ッ、死ぬ気か!」若い男の人に叱られた。
「信号が青じゃないか。」男は当然の様に言う。
どうやらこの街では青信号が止まれの合図らしい。
地球から密入国した事を話すと厄介事になりそうで
「田舎から出てきて良く知らなかったんだ。」
という事にして礼を言った。

それにしても先立つものがないと…。
僕のリュックの中には、日本円さえろくに入っていない。

中央広場の職安で見つけた仕事は
デコ社、猫缶工場の作業員。
都の特産品だけにいつも人手不足で
身分チェックさえしないのだ。
それに猫関連の仕事なら情報も入るかもしれない。

その夜。僕は社宅の簡易ベットで眠って
翌朝は早くからマイクロバスで工場まで送られた。
街の外周部。ビルと工場の建ち並ぶ中に猫缶工場は有った。
すっかり工場自体が黒く汚れてしまっていて、
工場に踏み入れると機械油の臭いが凄かった。
なにより、あちこちに歯車がむき出しになっているので、
巻き込まれて缶詰に詰められないように注意が必要だった。

作業はなかなか複雑だ。
壊れた夢をさらに細かく砕いて
猫の食べやすい大きさにして缶詰に詰める。
その過程には信じられないほど沢山の工程が有った。
破砕、熔解、昇華、黒化、結晶…
僕の受け持ちは夢を溶鉱炉に放り込む所だった所だった。

次々とベルトに乗って運ばれてくる夢。
これが全て地球の生物がかつてみた夢だと思うと
おぞましかった。悪夢と夢の配合は難しい。
どちらが多すぎても少なすぎても綺麗に熔けない。

壊れてもまだ窯に入りきらなそうな大きな夢は
ベルトを止めると、別途つり上げて破砕機に運ぶ。
どこからこんなに沢山の夢は出て来るんだろう…
不思議に思ったけれど
砕かれた夢の破片をよくよく見ると
昔、どこかで僕も見かけた夢や、人に託された中古。
バラ色の変わりに安いピンク色に塗装された夢。
工場で大量生産された夢なども混ざっていた。

1週間働いて、工場が休みの日曜日。
僕は広場に行ってキアズマを探した。
配給される猫缶に集まる、都の猫達は
例外なくボテボテに太っていて毛艶が悪かった。
どうやらキアズマの背中はここにはなさそうだ。

「グルメな猫なんだけれど…?」
商店街の人々に聞き込むと
一様に皆、猫缶の質の低下を嘆いていた。
従業員として言わせてもらえば猫を養う為には
製造ノルマがあるので、最近は夢の他にも
希望や、時には欲望や嫉妬まで混ぜている。
あれは栄養価が高すぎる。

とびきり上等の夢は魚のみる夢だという。
魚は全ての叡智を仮想界から夢見ている。
地球から届く魚の夢はほんの僅かで。
猫缶に回る事は滅多にないけれど。

いまでも月の海には現存する
銀色の魚が無数に泳いでいて
海に溶けた何万匹もの夢の匂いに
ハングリーな猫達がミャオミャオと
砂浜にごっそり詰めかけているという。
僕は次の休みは有給をつなげて
ビーチへとしゃれこむ事に決めた。

 

 

シル shylph@ma4.justnet.ne.jp

from 『深夜特急ヒンデンブルク号』

1999-09-15-WED

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