超訳ニーチェ。
(「コンビニ哲学発売中」の特別篇)

第3回 それは、むだ。


ちーーーーっす。
初対面の時に、かなり変に髪を固めて逆立てていたので、
当時公開の『メリーに首ったけ』という映画にちなまれて、
darlingに名づけられちゃったところの、木村でございます。
・・・って、前ふりが長いよっ。

この『超訳ニーチェ』は、純粋に楽しみでやってるから、
そんなに長くは続けないつもりだったのですが、
「今後の展開に期待じゃ」とメールをくれる人が多くて、
そうとう光栄に思っています。

・・・と感謝を言いながらも、
今回はニーチェが狂いそうなので、おずおず、お届けです。
あのう。怒るひとは、何回か読んでからにしてみてね。
まずは、『悦ばしき知識』の超訳から、どうぞ。

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        ★ それは、むだ。


どいつもこいつも、退屈に耐えきれないようだ。
お前も、じぶんに、我慢ができなくなっているんだろう?

今、数え切れない若い人たちを、
「何かをしたいよ」という欲望が、刺激し続けている。
若い人たちは、これからじぶんの実行することに対して
もっともな理由や動機をつけるために、悩みたいらしい。

彼らは、わざわざ、困難を求めてゆく。
うそと誇張にまみれた、ありとあらゆる階級の
「今は閉塞してどうにもならない状態だ」
という主張を、よろこんで信じようとする。
すすんで、盲目的な気構えを持とうとする。
そして「じぶんは、不幸だ」と思いこむ空想の中から、
若い人たちは、架空のモンスターを作り出したがる。

「モンスターと闘うことができるように、準備をしなきゃ」
と、いもしない怪物を想定して、訓練を積んでいるのだろう?

・・・むだ。

そうしているうちに、彼らの内面は、なぜか充実する。
じぶんの内面に向けて独特の不幸を作ることにうまくなれば、
彼らの創作物は、とても精密なものになるだろう。
彼らの自己満足は、すばらしい響きを立てることだろう。
だけど、彼らの生んだものは、結果的には、
世界を苦しみの叫びでいっぱいにしているだけで・・・。

青い彼らは、苦しみを追求しているじぶんたちが
いったい何をしているのかが、よくわかっていない。
だから、「他人の不幸」を壁に描いてみたがる。
彼らは、いつでも、他人のいけにえを必要としている。

ごめんな。
そして、さようなら。
ぼくは「じぶんの幸福」を壁に描くことにするから。


   *   *   *


求めることに飽きたから、
見いだすことを、ぼくは覚えた。
風にさえぎられてからというものの、
ぼくは、その風にうまく乗ることにしたよ。

鋭いものと、やわらかいものと、
粗いものと細やかなものと、
親しげなものと疎遠なものと、
汚れたものと綺麗なものと、
ばかな奴と賢い奴と・・・
ぼくは現に、これらのすべてであるし、
また、そうでありたいと願う。

うしろをふりかえっていると、
憂鬱で気おくれをしてしまうだけだ。
じぶんを信じられる時にだけ、未来も信じられる。
ぼくはじぶんを偽りたくないから、
他人に対して、うその同情を払うことを、したくない。

つまり、ぼくは他人に服従したくもないし、
別に、とりたてて誰かに指導をしたいとも思わない。
じぶんに恐れを抱いていなければ、
誰にも恐怖を与える必要がないからだ。
恐怖を与えたい人だけが、他人を指導したがると思うし、
ぼくは、じぶんを指導することでさえ、うとましいんだ。

だから、ぼくの好きなことと言えば、
獣のように、じぶんをなくしてしまうこと。
妄想にひたりきって、うずくまること。
それで、しばらくしたら、遠くからじぶんを呼び寄せて、
また、ぼくの世界に向けて、じぶんを誘惑することだ。

ぼくは、できるだけ、
予想もつかないようなところにまで、
ぼく自身を連れていってみたいと思う。

あなたは、どう?

・・・え? 考えることを通して、
できるだけ多くの快楽を得ることと、
できるだけ不快を少なくすることを求めているって?

でも、快感と不快は、実はつながれていて、
ひとつのものをできるだけ多く持とうとすると、
もうひとつも持たざるを得ないのではないだろうか。
天にまで届くよろこびの叫びをあげようと望むひとは、
同時に、死にそうな悲しみも、
覚悟しなければいけないのではないか?

快楽が少ないかわりに、変化もなく、
苦痛も味わなくていい状態にいるのが良いか、
それとも、滅多に味わえない快楽に没入できるかわりに
代償として不快な目にもあうのが良いのか・・・。

あなたの目的が「苦痛の少ない快適な暮らし」ならば、
どうか、考えることをやめたほうがいい。
「味わう」という能力を制限して、静かにしていればいい。

やばいかもしれない新しいよろこびが欲しければ・・・
考える方向に、ゆく?


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おいおい、途中は、
ちょっとサイケデリックな世界に入っちゃったぞ。
「じゅーん」「ほたるー」みたいな・・・(違う?)。

でも、前半のほうと、いちばん最後のほうは、
勝手に訳してるぼくには、かなりおもしろかったです。
ちゃんと読むと、あちこちに考える方法のヒントがある。
このへんに書いてあることって、
前半と後半が、いっけん矛盾のように見えて、
でも実はそうでもなさそうにも見えるところが、
かなりの「ツボ」だと、ぼくは思うんですけど・・・。

で。この先、どうなるんだろーか。
無責任におもしろがって超訳をしながら、
次回、もう少し読みすすめてゆきますね。



[今日の2行]
求めることに飽きたから、
見いだすことを、ぼくは覚えた。


※「自己満足は、むだ」だとか、
 「考えることは、よろこびと苦痛を同時に生む」とか、
  こーゆう、ここで書かれてることに対して、
  賛成をしてみても反対してみても楽しめるので、
  どう感じたのかを教えてくだされば、よろこびます。
  もちろん、ほかのメールも「お待ち」ですよん。
  蛇足ですが「今日の2行」は、けっこうおすすめです。

mail→ postman@1101.com

(つづく)

2000-10-13-FRI

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