大竹昭子さん、写真のたのしさ、教えてください。

6写真を見る行為を支えているもの。

大竹 日本の読者なら、
『この写真がすごい2008』を見て、
共感できるものが共通していると思うんです。
── 写真を撮った方も、見る方も日本人の場合、
ってことですよね?
大竹 そうです。でも、ちがう国の人が見ると、
まったく変わってしまうんですね。
先日、ヨーロッパの若い女性に、
この写真を見せたんです。
そうしたら、彼女の反応が突拍子もなくて、
びっくりしました。

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大竹 これは浅田政志さんという写真家が、
あるシーンを設定して、それを
自分の家族と一緒に演じて撮っている
連作シリーズの一枚なんですけど、
日本人であれば、
これを見ればすぐに居間だなって思いますよね?
── はい、居間以外には考えにくいです。
大竹 そして、居間でこんなにあられもない格好で
寝ているということは、
たぶん家族だろうって思いますよね。
── 家族っぽいですね。
少なくともとても近しい人々だと‥‥。
大竹 でも、そのヨーロッパ人の彼女は
「中国のアディダスかなにかの工場の作業員が、
 休憩時間に爆睡しているシーン」だって
言ったんですよ。
── びっくりですね(笑)。
大竹 「えー、なんで?」って思うけど、
これは面白いことだなあと思ったんです。
── そうかぁ、同じ写真を見ても、
受け取る側によって
そんなにもちがって見えるんですね。
大竹 他にも例があります。
このお通夜の写真に対するコメントも、
おかしかったです。

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大竹 私が「お通夜のシーンだけど、
不思議と安堵(あんど)するような感じない?」
って言ったら、「ぜんぜんしない!」と。
「おじいさんを失って、
 このおばあさんはどんなにか悲しいだろうって、
 それしか思いつかない」って言うんです。
このちがいは何だろうと思ったんですよ。
同じ日本人でも、人によって感じ方はちがうから、
一般化はできないけど、
この写真から私たちが受け取るのは、
悲しみだけではないですよね。
どこか安らぎのようなものを感じますよね。
── ありますね。死ぬことと生きることが
つながっていることからくる、
安堵感のようなもの。
‥‥しかも、不謹慎なんですけど、
この写真を見て
ちょっと面白いと思ってしまいました。
大竹 正直なご感想です! 
ちょっと笑ってしまうというか、
微笑んでしまいますよね。
死んでいる人と
一緒に記念写真を撮るという発想に、
なにかぶっ飛んだものがある。
── 一緒に写っている方、
ちょっと笑ってますしね‥‥。
大竹 そう、とくにお孫さんたちは微笑んでますよね。
どう振舞ったらいいのか
分からないようなお通夜の席で、
記念撮影という区切りがあることで、
みんなの気持ちがひとつにまとまって、
そこで自然と
笑みが浮かんだような感じを受けます。
── 一段落されてますよね。
大竹 写真を撮る行為には、
その場の空気を変える効用もあるんじゃないかなと、
この写真を見て思いました。
── うん、うん、うん。
たしかに。
大竹 よくなにかの会合で、
会合自体は退屈だったとしても、
「記念写真を撮りまーす」と言われて
集まったとたんに、急に気持ちがほどけて、
いい感じになったりしますよね。
会話や笑いが生まれたり、
今日という日がたしかに存在しました、
という気分にもなる。
その写真を後で送ってくれなくても構わなくて、
写真がきっかけになって
その場の空気が変わるのが、面白いです。
── そうですね。
撮影の後では、人を前より身近に感じます。
大竹 お通夜の写真ということで、もう一枚。
── はい。これも、好きな写真です。

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通夜の夜、子供がひとり起きて
亡くなったおばあさんを見つめている。
この子にとってはじめての身内の死なのかもしれない。
時の裂け目からいつもとはちがう時間が漂いだし、
見慣れた部屋の色を変えていく。
少女はそのことを肌で感じとり、
ことばにならないものが全身に満ちていくのを、
膝を抱えて待っている。明日には忘れても、
人生を通して繰り返しよみがえってくる、
不思議な予感に満ちたひとときだ。
(本書、大竹さんの文章より)
大竹 おばあちゃんが亡くなった夜、
全員寝ているのに、この子だけが起きている。
── そう、表情が分からないので
何を考えているかは分かりませんけど、
体育座りしてるってことは、
結構長い時間、ここにいるんですよね。
たぶん。
大竹 この写真についても、ヨーロッパ人の彼女は
全然ちがう見方をしてました。
「なにか殺意を抱いている感じがする」
って言うんです。
── えー! ほんとにちがいますねぇ。
ちょっと怖い想像です。
それは西洋人が仏壇を認識できないことと
関係があるんでしょうか?
大竹 そうかもしれないですね。
日本人ならこのシーンを見れば
一発でお通夜だと分かるから、
この子が殺意を持っているなんていう想像は、
あり得ないけれど、状況をつかめなかったら、
彼女の背中と、その前に横たわる人が目に入って、
瞬間的に殺意を感じ取ることは、
あり得ないことではないと思うんです。
── 思いつきもしませんでした。
こんなにちがって見えるとは。
大竹 育ってきた文化、生まれた場所、世代‥‥。
つまりその人が
どんな背景を負っているかによって、
見え方がまったく異なるんですね。
外国人だからちがうというような
単純な話ではなくて、
同じ日本人同士でも、
思いがけないちがいを発見することは
あると思うんです。
ふだんはそういうことに
気づかずに過ごしているけど、
写真を間に置くことで、
それが可能になるんですね。
この本が、家族とか、友人とか、恋人とか、
近しい人とのコミュニケーションの
きっかけになってくれたら最高です。
(続きます)
2008-11-11-TUE
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