あの会社のお仕事。TOTO株式会社 篇

外国の人に褒められてうれしいものに、
日本のトイレがあると思います。
きれいで、快適で、デザインもよくて、
勝手に水まで流れたりして。
今や「くつろぎの空間」ですよね。
でも、そこって、ほんの何十年か前までは、
「暗い・汚い・寒い」の代名詞だった場所。
日本のトイレは、いつからこうなった?
このおもてなし感覚、日本独自なの?
仲畑貴志さんの名コピー
「おしりだって、洗ってほしい。」で有名な
「ウォシュレット」をはじめ、
さまざまなイノベーションを起こしてきた
TOTO株式会社の麻生泰一常務に、
トイレのお話、いろいろうかがってきました。
土を焼いてつくる便器が、
職人さんの手先で仕上げられていくところも、
うわあ、すごいなあって思います。
全部で5回、担当は「ほぼ日」奥野です。

>麻生泰一さんのプロフィール

第1回 はじめは「40年間、赤字」。
──
学生時代なんかに
海外へ貧乏旅行に行ったりしたとき、
多くの人が実感するのは
「日本の電車やバスって、
 時間どおりに、きちんと来るなあ」
ということと、
「日本のトイレが恋しい‥‥」
ということじゃないかと思うんです。
麻生
ありがとうございます。
そう言ってもらえるのは嬉しいです。
──
おなじみ「ウォシュレット(※)」の
ありがたみをはじめ、
真冬でも便座があたたかかったり、
音を消す装置がついていたり、
最近では便座のフタが勝手に開いたり、
自動で水が流れたり‥‥。
麻生
ええ。
──
ここまでのおもてなし感覚、
誇らしいという気持ちさえあるのですが、
日本のトイレまわりって、
世界的に見ると、どうなんでしょう。

ちょっと独自な感じ‥‥なんでしょうか。
麻生
そうですね、そもそも
個室のトイレという日本のスタイルが、
必ずしも、当たり前ではないです。
──
世界を見渡せば。そうなんですか。
麻生
ヨーロッパではトイレ個別というのは、
けっこう見ますけど、
アメリカはバスルームというかたちで、
お風呂とトイレと洗面台が
同じスペースにまとまっていることが
一般的ですよね。

そのためコンセントが来てなかったり。
──
それだと、ホカホカ便座をはじめ、
いろんなもてなしが、難しそうですね。
麻生
東南アジアでも
アメリカ式のバスルームタイプが多く、
中国に関しては、
どんどんトイレが整備されていまして、
かたちとしては
個別のタイプも増えてはいますが、
日本のようなトイレ空間、
ああいう場所は、ある種特別でしょう。
──
ああいう場所‥‥と言いますと?
麻生
つまり、ほんの半世紀くらい前までは
日本のトイレというのは
「暗い・汚い・寒い」の代名詞でした。

それに対し、そうではなくて、
「トイレはこうあるべきもの」という
意識を高めてきたのは、
弊社をはじめ、
日本の人たちじゃないかなと思います。
──
では、麻生さんの思う
「トイレとはこうあるべきもの」って、
言葉にすると‥‥。
麻生
人に褒められたい場所、
ちょっと自慢したい空間であるべきと、
そんなふうに思います。
──
暗い・汚い・寒い、の真逆で。
麻生
というのはですね、トイレというのは
玄関やリビングと一緒で、
一見、内向きのスペースなんですけど、
じつは「人に見せる場所」ですね。
──
ええ、お客さんが入りますもんね。
麻生
もちろん、
トイレは玄関でもリビングでもないから、
野球で言ったら、
監督とかエースとか4番バッターとか、
ようするに、
試合全体をつくる役割ではありませんよ。

じゃあ、どんな役割かっていうと、
今日1日という「試合」の流れを決める
1番バッターみたいな、
そんな場所じゃないかなあと思ってます。
──
おお。1番バッター。
麻生
一日をスタートさせる場所が、
清潔で、快適で、居心地が最高だったら、
「今日はいいぞ!」
「今日もいける!」って思えるでしょう。
──
なるほど、トイレに座って今日の日を思う。
よくやってます、そう言えば。

で、そのとき
「1番バッター」が塁に出なかったら、
勝利は覚束ない、と。
麻生
そう、出だしで不快な思いをしちゃったら、
1日が憂鬱になっちゃいます。
──
お店なんかでも、どんなに
サービスがよかったり料理がおいしくても、
トイレがちょっと‥‥
となると、点数も辛くなりますよね。
麻生
そのためには、機能性・快適性・デザイン性、
すべてに優れていなければならない。

つまり、今の時代、「トイレ」というものは、
快適な暮らしを彩る家具、
つまり、ひとつの「インテリア」であること、
このことは間違いないと思います。
──
用が足せればそれで良し‥‥という時代では、
ないってことですね。
麻生
それは、もう「当たり前のこと」ですから。

機能性・快適性・デザイン性。
わたしたちが追い求めていくべき方向性は、
明らかに、そちらだと思います。
陶器でできている便器は、熟練職人さんの「巧みな手業」によって完成する。
──
では、麻生さんから見て、
そうやって日本のトイレ業界を引っ張ってきた
TOTOさんって、
どのような会社だと思われますか?
麻生
TOTOは今年(2017年)で創立100年ですが、
もともとは初代の大倉和親という者が、
ヨーロッパの清潔なトイレに感動し、
こんな住空間を、日本でも実現したい‥‥と。

そのために、
日本でも衛生陶器を製造して普及させねばと、
日本陶器という会社のなかに
「製陶研究所」というトイレの研究所を
私費で設立したのが、はじまりなんです。
──
衛生陶器というのは、
陶器でできた便器や洗面器のことですね。
麻生
その際、大倉は「清潔で快適な住空間」を、
ヨーロッパで感動した「腰掛け便器」によって、
実現しようとしました。
TOTOミュージアムに飾られた、初代・大倉和親の肖像写真(右)。
──
つまり、その当時の日本の人におなじみだった、
しゃがむスタイルの「和式」ではなくて。
麻生
そう、洋式の腰掛け便器です。
そちらのほうが明らかに快適性が高いから。

でも、100年前の日本で洋式トイレなんて、
誰も見たことなくて、
説明用の小冊子も配って歩いたそうですが、
まったく売れなかったんです。
──
え、そうなんですか。
麻生
そもそも当時は「汲み取り式」が一般的で、
下水道も整備されていませんから、
洋式の水洗腰掛け便器なんて、
社会の構造的に、売れるわけがないんです。
──
では、赤字事業だったんですか?
麻生
ええ、赤字も赤字、真っ赤っ赤です。

でもTOTOという会社は、その後40年あまり‥‥
具体的には、
1955年に住宅公団ができて、
腰掛け便器が受け入れられるようになるまで、
赤字のまま、
洋式の腰掛け便器をつくり続けたんです。
──
よ、40年も!?
麻生
初代・大倉和親の描いた
「清潔で快適な住空間の実現」という願いを
あとに続く者もしかと受け継ぎ、
2代目社長の百木三郎も、
3代目の社長も、4代目の社長も‥‥
一方で「お皿」をつくって輸出し、
お金を稼ぎながら、
まったくもってお金にならない腰掛け便器を、
つくり続けたんです。
──
日本の人々の住空間を清潔で快適にする、
という創業者の理念を、
40年もの間、赤字のまま追求し続けた。
麻生
そういう会社なんです。
国産初の腰掛式水洗便器(復元)。TOTOミュージアム所蔵。
試験販売にこぎつけるまで調合と試焼は「1万7000」に上ったという。
<続きます>
※「ウォシュレット」はTOTO株式会社の登録商標です。
2017-11-30-THU