タージマハルで、田島めぐりのゴールを
めでたく迎えた一行は、
これから夜行列車で最終地の
バラーナシに向かいます。



キラキラしたタージマハルを見て、
気分が多少高揚していたこともあり
「夜行列車だからといって、
 問題はない、何はともあれ
 寝ればいいのであろう、寝れば」
くらいに、たかをくくっていた我々でした。

しかし、ガイドのジャスミートさんは
このように言いました。

ジャスミートさん
「インドの列車はたいがい、
 2時間は遅れてきます。
 今日の列車は夜10時発だから、
 だいたい12時くらいでしょう。
 10時半に来たら、それは運がいいですね」

なるほど。
12時まで、夜の駅で列車を待つ覚悟を、と。
おそらく食堂などは営業時間外でしょうから、
ホームで大喜利大会でもやるはめになるのかな、と
ゆかいな気分で駅に到着しました。

そのときに受けた、ちょっとした衝撃は、
なんとなくですが、忘れることができません。



真っ暗ななかに、人がわんさかいます。

「人だけじゃないぞ」

動体視力のいい番長が、眉をひそめます。
駅には悲鳴のような、不気味なBGMが流れていて、
その正体のひとつは、鳥です。
ホームの屋根に、見たこともないような無数の鳥。
けたたましいピチュピチュという鳴き声。
数秒ごとに落ちてくる、あたたかい白い爆弾。
ホームのベンチは真っ白です。



痩せたのら犬が何匹も、我が物顔で構内を
トットットットッと歩いていきます。
そして、足もとには、
BGMのもうひとつの正体、
目を疑うかのような無数のねずみが
チュキチュキと鳴き声をあげながら
すばやく行き交っています。

これで、2時間。

それに加えて、
大きなシタールをかかえた日本人一行を
インドの人たちが
めずらしそうに眺めてこられます。
悪気はないのだろうけれど
ほんとうに真っすぐな視線で、
我々と目が合ったとしても
そらすことはありません。
まばたきすら感じられないほどに
眼球をピタリと静止させたまま、
人々は我々を取り囲み、
どんどん人数を増やしていき、
だんだん近寄ってきます。

上から鳥。
下からねずみ。
横から人間。

これで、2時間。

やがて列車が到着しましたが、
我々が乗るバラーナシ行きではありません。

しかし、その列車の乗降のようすが
すごかったので、
真っ暗な画像ですが、動画をぜひごらんください。

鳥の鳴き声も、再生してみてください。どうぞ。

人に取り囲まれつつあるようすも、よかったら、どうぞ。





この慣れない状況で
おそらく、全員が心の中で
「ひぇえ〜」と言っていたことでしょう。
寒い駅のホームで、
鳥とねずみに耳を刺激され、
それぞれに隠していた疲労が
顔をのぞかせはじめました。

しかし、ここで我々は思い出さなければいけません。
これまでいくつもの苦難を乗り越えた
番長の無闇な自信が、ゼロの底力が、
いつもみんなに勇気を与えてくれたことを。

荷物は、なくさないぞ。
列車は、来るぞ。
鳥とねずみは、容赦ないけどたいしたことないぞ。
インドの人は、悪いけど、追い払わせてもらうぞ。

空気を読んでください、などということが
通用しないことはすでにわかっていたので、
「ゴー」
と、ガイドのジャスミートさんに
ストレートに言ってもらうと、
インドの人たちは、
さぁーっとどこかに行ってくれました。

そして、我々の列車はこの1時間15分後、
ホームに入ってきました。



列車には、鳥のフンのない
横になれる場所があるはずです。
乗り込みましょう。



番長、緊迫しましたね。

「いやぁ〜気が張っちゃって、
 大喜利どころじゃなかったね。
 駅のあのカルチャーを浴びることだけで
 精一杯だったもん。
 ドキドキもしないし、怖くもないし、
 ぼう然とするしかない、という
 貴重な体験でした」

あまりのことに、
頭の中がサイレンスでした。

「駅が動物園みたいだったよね。
 鳥とねずみと人間と犬と、
 部屋とTシャツとYシャツと」

ちがいます。
(「部屋とYシャツと私」です)

「もうね、インドはね、
 どこ行っても
 “これでもか”の上を行ってるよ、
 ほんっっっっとに!」

ジャスミートさん
「夜があけたら、バラーナシです。
 明日からがほんもののインドです。
 おやすみなさい」

‥‥?
明日からが?
どういうこと?

靴を脱いだだけで、寝台に
なだれ込むように横になり、
一行はそのまま眠りにつきます。
番長、おやすみなさい。

明日はほんもののインドに到着します。

(つづきます)

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