インドの先生たちの、
真剣なまなざしに圧倒され
骨抜きとなった番長以下一同、
数学の探究についてはかなり忘却、
ましてやゼロへの関心は
すっかりどこかに行ってしまい、
ただの素直な人間に戻っていました。





あれ?
あの子の持っているカードは‥‥?

「なんだあれは?」

番長! あれはゼロですよ。
ほら、こっちの子のノートもです。



このクラスではみんな、
ゼロを顔みたいにして書いてます。
なんだか親しげですね。

ジャスミートさん
「そういえば、ゼロを発見した人、
 学校にいますよ」

「そうなの?」

どこに?



マティマテイックスラボ?

ジャスミートさん
「ほら、あそこにいます」

あのうちのどれかが
ゼロの発見者のようですね。
番長、どれでしょうか。

「いや、雰囲気から察して
 彼だろう」

似てますね、番長に。

「いや、似てない。
 どっちかっつーと、
 あの左端の彼のほうが似てる(冷静)」

(ホントだ‥‥)

「あとはユークリッドとかパスカルかな。
 ゼロを発見したアリヤバータさんは、
 背景が星になってるけど‥‥?」

学校の先生
「彼は偉大な天文学者でもあって、
 ほかの研究の計算をしているときに
 ゼロについて、突然ひらめいたんです。
 アリヤバータは、日本ではあまり
 知られてないんですか?」



そうですね、あんまり
有名じゃないかもしれません。

学校の先生
「そうなんですね。
 もしよかったら、これ、さしあげます。
 プレゼントです」

いいんですか!



学校の先生
「どうぞ、どうぞ」

ありがとうございます。
ちなみにですが、
あの左端の方は何をした人なんですか?

「彼も有名なインド人の数学者です。
 ゼロは発見しなかったけど」



似てる‥‥)

こんなわけで、
ゼロを発見したアリヤバータさんと、
これからの旅を
ともにすることになりました。

番長、学校は充実した時間でしたね。

「かなり興味深い体験だったよ。
 すごかったなぁ」

インド、すごいですね。

「‥‥うん‥‥」

これから夜まですこし時間がありそうですが、
どこか行きたいところはありますか?

「ある」

どこかと思ったら、楽器屋さんですか。

「やっぱり、ビートルズもインドに来たわけだし、
 せっかくだから
 シタールを見ておこうと思ってね」

あ、壁にジョージ・ハリスンの写真がありますよ。

「若いときと、年取ってからと、
 2回来たんだね」

シタールって、チョーキングで
いろんな音が出るんですよね。
振動弦がついていて、ビョーンという
あの独特の音が出る、と。
難しそうで、しかも、でかい。

「よし、決めた。
 ラヴィ・シャンカルモデルの、これ。
 オレはこれを買う」

ええ?
これをって、
これを?

「これを」

番長、これ、でかいですよ。
車のトランクに入りませんよ。
これからずっといっしょですよ。


「もしかして、オレは
 たいへんなものを買ってしまったのかな?」

ちょっとした厳しさがチーム内に漂いますね。

「しかも実質第1日目でな。
 いや、実は、自分でもまさか、と思ったよ 」

はははははは。

「うわははははははは」




歩いてても車に乗ってても、
風景のなかに驚くものが多くて、
ちょっと無口になってしまいますね。

「インドってさ、照明ついたらすごいね」

照明って、太陽のことですか。

「そ。見る景色が全部すごい。
 車に乗ってるときも、みんな、
 窓のほうを向いて、外をとにかく見てる」

特筆すべきものが、
なんだか多すぎて、きりがなくて。

「そして、カルチャーショックのあまり
 あとさき考えずに
 でっかいシタールを買ってしまったもんね」

そうですね。

「やっぱり、人がまずは多いんだよ。
 それに、それぞれの人がちゃんと特徴的というか」

街を歩いている人の中で
ボーッとしてる人なんて、ひとりもいませんね。

「学校の先生たちもそうだったし、
 人も街も、隙を見せない。
 初日だからしょうがないけど、
 いやぁ、とにかく見ちゃうね、
 見ちゃう、インドを!」

心の濃度が高くなったせいか、
夕飯は軽めで、ということになり、
マクドナルドに行くことにしました。
食べたのは、デリー名物「マックベジ」。
じゃがいものフライのハンバーガーで、
カリッとしていておいしかったです。



「濃い1日だったよ」

どしーんと、こう、何かが
重くのしかかりますね。

「うん。それは実体として
 シタールだろ?」

はい。すべてがシタールとなって
現れてます。

「オレも最後はシタールのことばかり考えてるよ」

ジャスミートさん
「明日はアグラに移動します。
 長距離の移動ですから、今夜は早く寝てくださいね。
 ホテルに向かう前に何か欲しいものはありますか?」

そうですね、飲料水を買って帰りましょうか。

「それから、ぜひ、お湯ね! ガハハ。
 水をお湯に変える魔法をください、なんつって」

‥‥ジャスミートさん、昨日、
ホテルのシャワーが全室お水だったんですよ。

ジャスミートさん
「それはボイラーが動いていなかったからです。
 フロントに言えば大丈夫です」

‥‥‥‥!!!!
そうなんですか。

「やったー!
 おい、やったな!
 ワハハハハハハハハハ!」

や、やったー! うれしいです!

「ワハハハハ、びっくりだよ!
 あれこれ言ってても、
 “お湯”ってだけで、
 人はこれだけハッピーになるのな!
 オレら、あれをこれからやんのね、って
 誰も口に出さなかったけど、
 プレッシャーがあったんだよ!
 ワハハハハハハ」

お湯が出る、お湯が出る、
なぁんだ、後半重い気持ちになっていたのは
このせいだったのか、ワハハハハ、と
夜のデリーで、マクドナルドで、
手を取り合いはしゃぐ一行、
明日は、あるひとつの目的を果たすために
アグラに向かいます。
するどい読者のみなさまは、
その「目的」については、
もうお気づきでいらっしゃるのではないか、と思います。

(つづきます)

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